2026.06.12 ZEBRAS
雇用を再設計せよ──2026年、労働市場を書き換えるゼブラ企業
2026年、ゼブラ企業の主戦場は静かに移動しています。気候変動やサーキュラーエコノミーが中心だった議論は、いま「労働市場」へと広がりつつあるのです。
人手不足が叫ばれる一方で、能力を持ちながら機会にアクセスできない人々が確実に存在しています。学歴というフィルター、標準労働者という前提、雇用を単なる取引とみなす発想――。こうした労働市場の“当たり前”が、世界各地で揺らぎ始めています。
社会包摂はもはや善意のテーマではありません。労働市場そのものを再設計する経済領域へと変わりつつあるのです。

なぜ今、「雇用」なのか
社会包摂や雇用創出は、これまでCSRや公共政策の文脈で語られることが多いテーマでした。しかし2025年以降、その位置づけは明らかに変わり始めています。
慢性的な人材不足とAIによる職務再編が同時に進むなか、企業は「人が足りない」と言いながら、従来の採用基準や職務設計を前提にし続けています。一方で、学歴や属性、地理的制約によって機会から排除されている人材は数多く存在します。問題は人材の量ではなく、市場の設計にあるのです。
この領域には、インパクト投資家だけでなく、従来型のベンチャーキャピタルや大企業の資本も流れ込み始めています。社会包摂は“善意の市場”から“競争領域”へと移行しつつあります。ここにゼブラ企業の思想が入り込む余地があります。
利益と社会性を対立させるのではなく、構造そのものを変えることで両立させる。その実験が、いま労働市場で始まっています。
「標準労働者」という前提を壊す──Enabled Talent(カナダ)

多くの労働市場は、無意識のうちに「標準的な労働者」を前提に設計されています。フルタイム勤務が可能で、対面やオンライン環境での即時的な応答ができ、一定の形式で自己PRできる人材。しかしこの設計は、能力があっても条件に合致しない人を排除します。
カナダ・ブランプトン発のEnabled Talentは、この前提を問い直すインクルーシブ雇用プラットフォームです。同社は障がいを持つ求職者と企業をつなぐAIベースのエコシステムを構築していますが、その本質は単なる求人マッチングではありません。
同社の特徴は、AIをアクセシビリティの補助線として活用している点です。ADHDや自閉スペクトラム特性を持つ求職者向けのAIキャリアコーチ機能、視覚障がい者向けの音声アシスタント、採用過程でバイアスを最小化するスクリーニング設計など、応募から定着までを通じて不均衡を是正する仕組みが組み込まれています。候補者の特性や必要なサポートを前提に職務設計やオンボーディングを再構築することで、「人が仕事に合わせる」構造を反転させ、「仕事が人に合わせる」設計を実装しています。
資本面では、大型VCラウンドを前提とした急拡大型というより、AWS for Startups、Microsoft for Startups、Nvidia Inceptionといったテック系支援プログラムに参加しながら成長しているフェーズにあります。UNICEF Startup Labとの連携を通じてアフリカでの展開も進めるなど、グローバルな社会インフラへの拡張を志向しています。
Enabled Talentが壊しているのは、障がいではなく「標準」という幻想です。労働市場は多様性を前提として設計されるべきインフラである。その当たり前を、テクノロジーを通じて実装しようとしているのです。
雇用を「取引」から「尊厳」へ──Atypical Advantage(インド)

雇用は長らく、契約と数値で評価される領域でした。法定雇用率、採用人数、CSRレポートの数値。しかしそこでは、仕事が持つ尊厳や自己表現の側面は周縁に置かれがちでした。
インドのAtypical Advantageは、障がいのある人材に特化した就労・タレントプラットフォームを営利モデルで展開しています。同社の事業は大きく三つの柱で構成されています。
デジタルタレントマーケットプレイスでは、企業は障がいのある求職者のプロフィール、スキル、実績、ポートフォリオを閲覧し、直接コンタクトを取ることができます。求職者側も、自身の能力や専門性を可視化できる設計になっており、単なる履歴書ベースではなく、実務スキルや成果物を通じて評価されます。
企業向けインクルージョン支援サービスでは、採用プロセスの見直し、合理的配慮の設計、マネージャー向け感度向上ワークショップ、障がい理解研修などを提供しています。単に人材を紹介するのではなく、組織文化そのものを変える支援を行っています。
さらに、タレントの可視化と機会創出として、障がいのあるアーティスト、スピーカー、パフォーマーを企業イベントやカンファレンス、広告キャンペーンなどにつなぐ活動も行っています。これにより、障がい者を「雇用率の対象」ではなく、「価値を創出する主体」として社会に提示しています。
資本面では、エンジェル投資家やインパクト志向の支援を受けながら段階的に拡大してきた企業であり、ハイパーグロース型の急拡大ではなく、企業との長期的関係を重視するエコシステム型の成長を志向しています。
Atypical Advantageが壊しているのは、「雇用=数値目標」という発想です。就職はゴールではなく、社会参加の入口にすぎません。仕事を取引から関係へと拡張することで、雇用の意味を再定義しています。
学歴という通貨を壊す──Multiverse(英国)

多くの労働市場では、いまだに「大学卒業」が能力の証明として機能しています。高賃金職への入り口は学位によって絞り込まれ、企業は効率性の名のもとに学歴フィルターを使い続けています。しかしこの構造は、実務能力と無関係な選別を生み、教育コストの高騰や社会的流動性の停滞を加速させてきました。
英国発のMultiverseは、この前提を揺さぶる企業です。同社は学位を前提としないアプレンティスシップ(実務連動型職業訓練)を提供し、若年層やキャリア転換希望者を大企業へと接続しています。特徴は、単なる職業訓練ではなく、企業と直接提携し、実務に直結したスキル育成プログラムを設計している点です。
プログラムは、データアナリティクス、ソフトウェアエンジニアリング、AI・機械学習、デジタルマーケティング、リーダーシップ育成など、企業の即戦力ニーズに直結する分野に特化しています。参加者は企業に雇用された状態で給与を得ながら、オンライン学習と実務を組み合わせた育成を受けます。大学に進学せずとも、高付加価値職へのアクセスを可能にする仕組みです。
収益モデルは企業からのプログラム契約料を基盤とし、政府のアプレンティスシップ制度とも連動しています。採用と育成を一体化させることで、企業内部に学習の回路を組み込んでいます。
Multiverseは大型資金調達を経て、米国市場への拡大も進めています。急成長フェーズにある企業ですが、中心命題は明確です。学位ではなく、スキルを市場の通貨にすること。彼らが壊しているのは、学歴という入口そのものです。
ゼブラとユニコーンのあいだで
社会包摂と雇用創出が巨大市場として認識されるにつれ、この領域には多様な資本が流れ込んでいます。インパクト投資家だけでなく、従来型のベンチャーキャピタルや大企業も参入し、包摂は「善意のテーマ」から「競争優位の源泉」へと位置づけを変えました。その結果、ゼブラとユニコーンの境界は以前ほど明確ではなくなっています。
かつてゼブラは、急拡大を志向するユニコーンへの対抗概念でした。しかしいま、社会性を掲げる企業が大型資金を調達し、市場を拡大する光景は珍しくありません。成長と社会目的は、必ずしも対立しなくなったのです。
この変化は、ゼブラにとって両義的です。包摂の思想が主流に近づくことは歓迎すべきことです。一方で、成長圧力が理念を薄める可能性もあります。重要なのは資本の種類ではなく、どの前提を壊し、どの構造を再設計しようとしているのかです。社会包摂が市場化した今、理念は周縁ではなく、経済の中心で試される段階に入っています。
日本は「課題の先進国」である
これらの動きは、遠い海外の実験ではありません。むしろ日本こそ、労働市場の再設計が急務の国です。超高齢化が進み、人手不足は深刻化しています。一方で、学歴依存の採用慣行、長時間労働を前提とした職務設計、地域や属性による機会格差は根強く残っています。能力があっても、既存の制度に適合しない人材は活躍の場を見つけにくい構造です。
Enabled Talentが問い直した「標準労働者」という前提。Atypical Advantageが拡張した「雇用の尊厳」。Multiverseが揺さぶった「学歴という通貨」。これらは日本にもそのまま当てはまります。社会包摂は、福祉の問題ではなく、労働市場の設計問題です。
ゼブラ企業にとって重要なのは、どの前提を壊すかという問いです。市場を拡大するのではなく、市場の前提を再設計する。その視点が、日本の起業家にとっても新たな選択肢になるはずです。
文:岡徳之(Livit)
PROFILE
Noriyuki Oka
編集プロダクションLivit代表。サステイナビリティー先進国・オランダを拠点に、ゼブラ企業や地域循環型モデルを調査・執筆。有力メディア(NewsPicks、東洋経済オンラインなど)や企業オウンドメディア向けにコンテンツ制作を手がける。 https://livit.media/