2026.06.29 ZEBRAS
川や海が“権利を持つ”時代に。変わるガバナンスと企業の意思決定
いま、川や海といった自然が「権利主体」として扱われ始めている。2008年にエクアドルが憲法で自然の権利を明記して以降、ニュージーランド、コロンビア、バングラデシュなどで、河川や森林に法的人格や権利を認める動きが広がってきた。さらに近年では、その対象は海へと拡張しつつある。
こうした流れは単なる環境保護の強化ではない。2023年に最終提言が公表されたTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)をはじめ、企業に対して自然との関係性の把握と開示を求める枠組みが具体化し、生物多様性や自然資本が経営課題として位置づけられ始めている。自然を「守る対象」から「経営に組み込む対象」へと捉え直す動きの中で、自然の権利という考え方は、制度とビジネスの両面から現実味を帯びてきている。
世界で広がる「自然の権利」──いつ、どこで、何が起きたのか
自然に「権利」が与えられると表現されることが多いが、法的には「法的人格(legal personhood)」が付与されることで、自然は権利主体として扱われる。企業や団体と同様に、権利と義務の主体として位置づけられる点が重要である。
この考え方が制度として初めて国家レベルで明確化されたのが、2008年のエクアドルである。同国は憲法において自然(Pachamama)の権利を明記し、自然が存在し、維持され、再生する権利を持つ主体であると定義した。これにより、個人や団体が自然の代理として訴訟を起こすことが可能となった。
2014年にはニュージーランドで、テ・ウレウェラと呼ばれる森林地域が国立公園の地位を廃止され、法的人格を持つ存在として再定義された。国家が所有する対象ではなく、独立した主体として扱うという発想への転換である。
2016年、コロンビアでは憲法裁判所がアトラト川に法的人格を認めた。違法採掘による水質汚染と生態系破壊への対応として、自然そのものを権利主体と位置づけたものである。判決は、自然は単なる資源ではなく権利を持つ主体であるという考え方を明確に示した。
2019年にはバングラデシュで、国内のすべての河川に法的人格が付与された。個別の自然ではなく、国家全体の水系を対象とした点で特異な事例である。
これらに共通するのは、既存の環境法では十分に自然を守れなかったという現実である。自然を保護対象にとどめるのではなく、権利主体として位置づけることで保護の実効性を高めるという発想が採られている。
ワンガヌイ川──自然の権利はどのように制度になったのか

自然の権利という考え方が、理念ではなく制度として成立した例として最も重要なのが、ニュージーランドのワンガヌイ川である。2017年、「Te Awa Tupua(ワンガヌイ川請求解決法)」が成立し、この川は法的人格を持つ存在として位置づけられた。
この制度の背景には、約140年にわたるマオリの権利闘争がある。マオリの人々は川を単なる自然資源ではなく、祖先と不可分の存在とみなしてきた。その関係性は、「I am the river, and the river is me(私は川であり、川は私である)」という言葉に象徴される。これは特定の個人の発言ではなく、共有されてきた価値観を表現したものである。
誰が権利を行使するのか──制度としての設計
制度としての特徴は、誰がどのように権利を行使するかが明確に定義されている点にある。ワンガヌイ川では、「Te Pou Tupua」と呼ばれる代理人が設置され、2名で構成される。1名は政府が任命し、もう1名はマオリが任命する。国家と先住民の共同統治が制度化されている。
さらに、約8000万ニュージーランドドル(約70億円規模)の資金が拠出され、制度の実行を支える基盤が整えられている。川の状態は水質、生態系、文化的価値など複数の観点から評価され、関係機関が連携して管理を行う。
ワンガヌイ川の制度において特徴的なのは、明確な刑罰の適用事例が前面に出ているわけではない点である。現時点で、この制度に基づき大規模な訴訟や制裁が行われた事例は限定的とされる。
これは制度の実効性の欠如を意味するものではない。むしろ、代理人が意思決定の初期段階から関与することで、開発や利用のあり方そのものが調整される構造となっている。すなわち、事後的な罰則ではなく、事前的な抑止と合意形成を重視した設計である。
自然の権利はどこまで広がるのか──河川から海へ
この考え方は現在、対象を広げながら拡張しつつある。従来は河川や森林といった比較的境界の明確な自然が中心であったが、より複雑で動的な領域へと広がり始めている。
その象徴が、2024年にブラジル・リニャレス市で認められた「波」の法的人格である。対象となったのはドーセ川河口の波であり、これまでの自然とは異なり、形状や位置が常に変化する存在である。
背景には2015年の鉱山ダム決壊事故がある。約6,000万立方メートルの有害廃棄物が流出し、約650kmにわたり環境被害が広がった。海にも影響が及び、波や生態系の変化が問題視された。
この制度により、波は存在、維持、再生といった権利を持つ主体とされた。ただし、ワンガヌイ川のように制度設計が確立されているわけではなく、制度の枠組みが先行し、運用が追いついていく初期フェーズにある。
重要なのは、この動きが示す方向性である。自然の権利は、河川や森林にとどまらず、より広範な生態系へと拡張している。
ビジネスにとって何が変わるのか──自然は「外部」ではなくなる
この変化は企業にとっても無関係ではない。その背景にあるのがTNFDである。TNFDは、企業や金融機関に対し、自社の事業が自然に与える影響や依存関係を把握し、開示することを求める枠組みである。
企業は今後、どの自然資本に依存し、どのような影響を与えているかを説明する責任を負うことになる。自然はもはや外部環境ではなく、経営の内部要因として扱われ始めている。
自然が権利主体として扱われる場合、環境への影響は単なる負荷ではなく、権利侵害として法的に問われる可能性を持つ。これはサプライチェーン全体に影響を及ぼす。
同時に、新たな機会も生まれている。環境データの可視化、モニタリング、再生事業といった領域は、今後の成長分野となる。
日本にとっての示唆──この変化は誰に何を迫るのか
この動きは、日本にとっても無関係ではない。企業にとっては、環境対応がCSRから経営課題へと移行しつつある。サプライチェーン全体で自然との関係を把握する必要がある。
行政にとっては、自然を保護対象から権利主体として政策に組み込む可能性がある。これは地域価値の再定義にもつながる。
スタートアップ、とりわけゼブラ企業にとっては、自然の状態を測定し、可視化し、再生する新たな役割が生まれる。自然と社会の関係を設計するインフラとしての領域が広がる。
これらに共通するのは、自然は「環境」ではなく「意思決定に関与する主体」になりつつあるという点である。
自然が「前提」になる時代へ

自然に法的人格を認める動きは、例外的な制度ではない。対象と地域を広げながら進行している構造変化である。
自然はもはや外部環境ではなく、意思決定に関与する主体、すなわちステークホルダーとして扱われ始めている。
この変化はゆっくりと、しかし確実に進んでいる。自然を「守る対象」として捉え続けるのか、それとも「共に意思決定する存在」として捉えるのか。その選択が、これからの経済と社会のあり方を形づくっていく。そしてその前提は、すでに静かに書き換わり始めている。
文:岡徳之(Livit)
PROFILE
Noriyuki Oka
編集プロダクションLivit代表。サステイナビリティー先進国・オランダを拠点に、ゼブラ企業や地域循環型モデルを調査・執筆。有力メディア(NewsPicks、東洋経済オンラインなど)や企業オウンドメディア向けにコンテンツ制作を手がける。 https://livit.media/