2022.03.15 ZEBRAS
その経験があったからこそ。刑務所出所後に起業したゼブラ企業創業者3人
出所者の社会復帰を阻む「狭き門」
今この瞬間も、日本国内で4万人強の人が刑の確定を受け、各地の刑務所で服役しています。出所後の「仕切り直し」を望む人はもちろん多くいますが、問題は出所後、彼らに開かれているその門戸が非常に狭いこと。
さまざまな調査から、「出所後の職業や居場所があるかどうか」と「再犯率」は高い相関性があることが分かっており、2006年から法務省と厚生労働省が連携して出所者の就労を支援しています。
しかし「協力雇用主」(出所者雇用に協力をする企業)の中でも、実際に雇用の実績がある会社は4%強とのこと。多くの場合、雇用主が抱く出所者への接し方やトラブルに対する不安が雇用を阻む壁であるといい、紆余曲折を経て出所者の約半分が結局は再犯者として刑務所に戻ってくるという厳しい現実も依然として存在します。
一方、現時点で服役中の人が200万人以上と、日本とはケタ違いのアメリカからは、ユニークな出所者も出現しています。中には「出所後に雇ってくれる人がいないのなら、自分が雇い主になればいい」とばかりに、自らの手で起業する人も。
今日はそんな中から、それぞれのミッションに取り組むべくビジネスを始め成功した「元プリズナー・ゼブラ創業者」3人を紹介します。
自身の体験と知識をビジネスに。受刑者と愛する人をつなぐサービス「Pigeonly」CEO・Frederick Hutson氏
まずは、Frederick Hutson氏。大麻の密輸で服役していた同氏は、その時に家族や大切な人との連絡が非常に取りづらかった経験から、刑務所の中にいる大切な人とスマホやPCで簡単で安価につながれるオンラインサービス「Pigeonly」を開始しました。
「この個人的な経験と、刑務所のシステムに関する知識をなにか意義ある形にしたかった」といいます。
当然ですが、服役する家族にスマホやPCを持たせることはできません。手紙を送ればチェックの後本人に渡してもらえますが、手間と時間がかかる上に、服役者は運営の都合で非常に頻繁に他の刑務所へと移動するため、届いたころには本人がいないというケースも。
塀の中から電話をするのはさらにに大変で、監視や上限時間(15分など)、電話をかけられる相手も決まっているなどさまざまな制限があります。そしてしばしば、長距離で高額な電話料金は時給数十セントの受刑者の給与から差し引かれるか、コレクトコールで家族の負担となってしまうため、どうしても敷居が高いとのこと。
しかし、Pigeonlyに利用登録すれば、月に約20ユーロの利用料で服役中の家族の居場所が分かり、スマホやPCからメッセージや写真を刑務所内の大切な人に送り放題になります。オンラインで送信されたコンテンツは、同社が手紙やカード、フォトペーパーなどに印刷し、刑務所に郵送してくれます。電話も同社のシステムを経由して市内電話にルーティングし、長距離通話料金を避けてくれるので気軽にかけられるようになります。
関係者によると、受刑者は「まるでサンタのプレゼントを待つ子どものように」塀の外の大切な人からのカードや手紙を待っているといいます。唯一の外の世界とのつながりである大切な人からの便りは「自分はまだ見捨てられていない」というなによりもパワフルな希望のもとであるとのこと。Pigeonlyは、その服役中の心を支えるメッセージを送る垣根を下げることをミッションとしています。
現在、倉庫や電話番などだけではなく、技術職や経営層など会社のすべての部署のさまざまなポストに刑務所出所者を配置しているHutson氏は、「私は経験から知っているのだが、アメリカの受刑者の中には信じられないほどの数の才能あふれる人がおり、それが今のシステムでは無駄になってしまっている」と、社会復帰のためのリハビリではなく、投獄と懲罰を基本とするアメリカの司法システムに苦言を呈しています。
「刑務所トレーニング」をすべての人に。「Con Body」CEO・Coss Marte氏
次にご紹介するCoss Marte氏は、マンハッタンで貧困と薬と暴力にまみれて育ったといいます。しかしながら16歳の時に、ドラッグ販売のビジネスを立ち上げ、19歳のときには20人の「社員」を駆使して年間200万ドルを稼ぎ出していたというので、ビジネスの才能があったことは間違いないでしょう。
転機となったのは、23歳でついに逮捕・投獄された際に受けた健康診断でした。身長173cm・体重104キロだった同氏は、医師から「血圧とコレステロールが高すぎるので、食事の改善と運動を始めなければおそらく余命は5年以内」と宣告されてしまいます。
刑期が10年だった同氏は「塀の中で一生を終えたくない」と一念発起。180cm×270cmの狭苦しい独房で開発したオリジナルのトレーニングで半年で30キロ落としたのち、そのトレーニングを他の入所者に指導し、人気を博しました。
釈放後「刑務所スタイルのブートキャンプ」を売りに独自のフィットネスを売り込み、出資を獲得。同氏の経営する「Con Body」では、独房を彷彿とさせるインテリアのジムで、現在までに4000人のボディメイクを指導、100人の出所者を雇用し、その100人の再犯率が0%であることを誇っています。
「出所者への偏見を取り除き、彼らの社会復帰を容易にし、刑事司法制度の制度的不公平を改めること」をミッションとして掲げる同社はまた、指導する際は「サポートはするけれど批判はしない」スタイルも貫いています。理由は「私たちは、自分が人から批判されて生きてきたメンバーで、それが楽しくないことを知っているから」。
獄中で開発したヘルシーなバーで起業。「Inside Out Goodness」CEO・Seth Sundberg氏
最後は、ガラリと趣の違う出自と開発のきっかけが衝撃的なSethSundberg氏。
裕福な家庭に育ち、2m16cmの恵まれた長身を活かして学生時代からエリート選手だったバスケットボールを極めてNBAの選手として活躍したのち、不動産専門の金融機関の支店長のポストに就任と順調な人生を送っていました。
逮捕の理由は脱税。500万ドルという巨額の不正還付を着服して投獄され、月給5ドル程度の所内の調理担当になった彼は、ある日受刑者用の食料が入っている冷凍庫で「人間向けの食用利用不可」と書かれた鶏肉(ペットフードや肥料用の鶏肉だったといいます)を見つけ、「私たちは人間用じゃないものを食べさせられているのか」とショックを受けます。
その日から配給食糧を徹底的に調べ、所内の仲間とともにもっともヘルシーな食材を組み合わせて「犯罪的においしい」シリアルバー「プリズン・バー」を開発しました。
出所・起業して1年後には、すべてのレシピをオーガニックに変え、「ヘルシー・おいしい・刑務所産まれのシリアルバー」を売りにすると、多忙な社会人が多く、新しいもの好きなシリコンバレーで人気に火がつきます。
抜かりなく自分の過去をマーケティングに利用しつつ、違うフレーバーのバーや各種のサプリメントなど、自身の経験を基にスポーツマンや健康的な食生活を志向するファミリーをサポートするオリジナル商品を次々と増やしていきました。
現在は「人びとの心身の健康をサポートすることで、世界をより良い場所にすること」をミッションに、出所者を中心に雇用と店舗販売地域を拡大しています。さらに「一つ買って、一つあげよう」プログラムを開始し、対象商品を消費者が一つ購入するごとに、一つの商品が支援団体に寄付され、再スタートに挑む出所者の心身の健康をサポートしています。
そして最も大きな目標が、自社のヘルシーでおいしいシリアルバー(現在はInside Out Barに商品名を変えている)を全国の刑務所内の人びとに届けることだそうです。
さて、今日ご紹介した3社は、いずれも各社それぞれのミッションの他に、元受刑者の雇用と人材としての活用に積極的に取り組んでいます。彼らの再犯防止や人生の再スタートをサポートすることは、社会にとってはマンパワーの適正活用という意義も。今後、人材不足が深刻化する日本にとっても意義のある取り組みではないでしょうか。
筆者は個人的に「Pigeonly」の取り組みが沁みました。ニッチなサービスに見えるかもしれませんが、この高度IT社会においても、どうにもこうにも連絡を取りにくい人は意外とあちこちにいるものです。さらに個人的な希望になりますが、筆者は「離れて暮らす高齢の親と連絡を取りやすくするためのITサービス」があったら即登録したいです。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/
PROFILE
ウルセム幸子
3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。