2025.06.13 ZEBRAS

70代と20代が手を組んで進めるキッチンシステムのサーキュラリティ「Chainable」(オランダ)


70代と20代が手を組んで進めるキッチンシステムのサーキュラリティ「Chainable」(オランダ)のイメージ

「キッチン」の変遷

突然ですが、皆さんが子どもの頃おうちの「キッチン」はどんなものだったでしょうか。

さすがに土間と竈がある「厨(くりや)」を見たことがある方は少数派でしょうが、中年な筆者が育った昭和半ば築の家の「台所」は、「居間」の隣ではあるものの間仕切りのある完全な「別室」であり、土間から「お勝手口」へと続く独立空間でした。

その後ライフスタイルや女性の地位の変化によりキッチンは徐々にリビングの一部となり、アイランド型やI型のキッチンの周りに生活空間が配置されるような構造が主流になりました。

大正デモクラシー期の台所改善運動(竈や七輪でしゃがみこんで調理する必要のあった構造から、火も水も立ったまま使える造りに)、1950年代のステンレス流し台の登場(それ以前は木製やコンクリート製で、衛生面や大量生産に問題があった)、1970年代からの「LDK」の登場(キッチンがリビングと一体化)などが日本におけるキッチンの進化における主なマイルストーンのようです。

「車がキッチンと同じように発展していたら、私たちはまだみんなT型Fordに乗っていただろう」

このように長い歴史を振り返れば目覚ましい進化を遂げているキッチン。しかし、この半世紀に関してその造りと構造的問題の変化のなさに失望し、キッチンメーカー業界にサーキュラリティと「KaaS(Kitchen as a Service=サービスとしてのキッチン)」を導入しようと起業した人がいます。それが今回ご紹介するゼブラ企業「Chainable」(オランダ・2025年1月B-corp認定)の創業者Cees van Nispenさんです。

1947年生まれの同氏は、中等教育を終えて初めについたアパレルの仕事にこそ情熱を見出せず2年で業界を去ったものの、その後興味に導かれて足を踏み入れたキッチンメーカー業界においては輝かしいキャリアを歩みました。ヘッドハンティングを重ね複数のハイエンドブランドでセールスのマネジメントやショールームの展開を手掛けるうちに半世紀近くが経過します。

しかし2010年過ぎ、大規模なプロジェクトの終了と同時に世界が経済危機に突入。引退が視野に入り始めたところで、同氏はあることに気づいて愕然とします。それは自身が業界にいた数十年の間、キッチンの基本的な造りとライフサイクル、それが抱える構造的な問題は何一つ変わっていないということ。

給水排水システムの周りを数年でダメになってしまうチップパネルで囲うというキッチンの造り。そうでなくとも流行があり、汚れやすい場所であるため頻繁にリフォームされがちなこと。チップパネルの一部が湿気を吸って劣化したらキッチンを全て取り換える必要があること。そのために国内だけで年間20万台(4万トン)のキッチンが廃棄処分になっているという構造。その全ては、彼が業界で働き始めた時から数十年たった当時も何も変わっていなかったのです。

この状況を明け透けに例えた同氏の名言にこんなものがあります。

「車がキッチンと同じように発展していたら、私たちはまだみんなT型Fordに乗っていただろう」。

孫たちのためにこの状況を打破しようと、リサイクル材で長持ちするキッチンのシステムを作る会社を作るアイディアが生まれたのはこの時でした。

孫のような年齢の若者との共同創業

経済意識とともにサステイナビリティ志向も高まっていた業界や市場は、このアイディアをおおむね好意的に受け取ってくれるも、今一つ決め手に欠ける日々が続きました。

しかしそんな中唯一、大手銀行でPaaS(Product as a Service)ビジネス融資の担当をしていた当時まだ20代のSimon Rombouts氏は厳しい指摘をします。

「そのキッチンが寿命を迎えた後に回収するところまで面倒を見ないと意味がないのでは?蛇口もリユーズできるよう、メーカーが設計してくれないとダメじゃないですか」。

自分の孫のような年齢のRombouts氏に痛いところを突かれたVan Nispen氏が、彼に対してどんな第一印象を持ったかは想像するしかありませんが、同氏はこの生意気な若者(失礼)と、こちらもまたサステイナビリティ・テクノロジーの修士号をスウェーデンで取得して帰国したての20代のJordy van Osch氏(お友達の息子さんだったそう)を巻き込んで、「超年の差共同創業者チーム」としてChainableの起業に乗り出します。

Van Nispen氏の経験とネットワーク、Van Osch氏のひらめきから生まれた、「従来のようにパネル自体が構造を支えるのではなく、スチール製の骨組みを基礎とすることでパネルの重量を抑え、かつモジュール式でダメージを受けた部分だけ取り換えることができる」という同社キッチンの基本構造、さらにRombouts氏による「不要になったキッチンは必ず引き取ってリサイクル、もしくはそもそもキッチンをレンタルするというKaaSビジネスモデル」などが形となってChainableが正式にローンチされたのが、2018年のことでした。

創業者チーム(Chainable公式より)

同社の柱は「循環型製品」「循環型ビジネス」「循環型サプライチェーン」

現在の同社のビジネスには3つの循環型の「柱」があります。

1. 循環型製品

スチールやチップボードなどのマテリアルは、廃棄予定のキッチンから「収穫」(現在リサイクル材利用率88%、常時更新中)。通常キッチンシステムの寿命は15〜20年だが、同社キッチンの基礎は60〜80年を想定し「一生使えるキッチン」を標榜。分解と組立が容易なモジュール式で、部分的な交換・リユースが可能に。新たな木材を使わず、キッチン1台につき36本の木を植樹する。

2. 循環型ビジネス

キッチンのライフサイクル全てに同社が責任を負えるよう、同社のキッチンはレンタルもしくは不要になった際に下取りするという条件でのみ販売する「Kitchen as a Service」モデル。「キッチンの機能」という「サービス」を売る=長期的なメンテナンス込みでの販売なので、利用者にとっては、常に不具合のないキッチンが使えるというメリットも。

3. 循環型サプライチェーン

サプライヤーと流通の間に立つ存在として、全てのマテリアルを「マテリアルパスポート」に登録し、サプライチェーンのパートナーと共有。どこでどの材料が使われているか、いつ返却されるか、現在どんな状態かわかることで最適なリユーズ・リサイクルのマネジメントが可能に。モジュール式なので組立前のコンパクトな状態で輸送し、組み立て方は現場で働く外国人労働者などにも分かりやすい動画で説明(コンテナにQRコードあり)。また、パーツの製造を社会的企業に依頼し、障がい者や要就業支援者の雇用創出も。

現在までに1万本以上の木を植樹し、100万トン近くのチップボードを節約し、イノベーションやサステイナビリティで様々な賞を受賞しています。

本社に行ってみた

さて今回、オランダ南部にある本社にお邪魔しました。ショールームで製品を見せていただいても至ってスタイリッシュなシステムキッチンですが、日本語が流暢なスタッフのMelissa Mehlbaumさんが「中を見ますか?」と扉を開けて収納スペースを見せてくれると、確かに内側にスチールの骨組みが。リサイクル材のグリーンスチールだそうです。

Chainableのキッチン(筆者撮影)

創業当時からの写真などが展示されているミュージアムスペースには骨組みだけの状態のものが並べてあり、確かに60年もちそうなしっかりした骨格であることが分かります。工場には出荷待ちのキッチンシステムが所狭しと並んでいましたが、人ひとりがちょうど入れるくらいのスリムなコンテナに収まっています。「コンテナひとつがキッチン一つ分です」とMehlbaumさんに言われなければ、とても「キッチン」が入っているとは思えません。

先述の「元生意気な20代」Rombouts氏とお二人でインタビューに答えてくださいました。

――いきなりですが、御社のようなビジネスモデルと利益の両立のための秘密はあるのでしょうか。

秘密はないので、挑戦の連続です。リニアに材料を採取して、製品を作って、売って終わりのビジネスの方がもちろんシンプルで短期的な利益を出しやすい。ましてやオランダでは、バージンマテリアルは安く、人件費は高い傾向が続いているので、製品ができた後のことを考えてもモノは直して長く使う方が高い。

しかしここで忘れてはいけないのは、「Linear is cheaper if pollution doesn’t cost(リニア経済の方が安上がり――環境汚染がタダならの話だが)」ということ。私たちは、消費者もビジネスもなんらかのマインドシフトが必要な時代に生きています。

――顧客に御社のようなサーキュラーな選択肢を選んでもらうために、どんなアプローチをしていますか。

まずはKaaSというモデルに向いている層にアプローチします。主にBtoBで、賃貸契約が前提の公営住宅など。オーナーはキッチンが長持ちしてくれた方が転出入時の出費が少なくて済みますよね。

また、入居者に愛着を持って使ってもらった方が大切に使ってもらえるしカスタマーエクスペリエンスの向上にもつながるので、「サービスとしてのキッチン」にいかに「私のキッチン」感を持ってもらうかも色々と研究しました。例えば天板やハンドルの色を入居者が選べたりといったことはその結果として装備しました。

それからキッチンに名前をつけて、人格を持たせるようなことも検討しました。入居者が変わったら外側のパネルをリニューアルするか、名前をつけ直してもらえばまた新しい利用者に愛着を持ってもらえます。

それ以外にもケアホームや児童養護施設など、ある程度の人数や激しい使い方が想定される施設なども、耐久性が高く修理しやすいキッチンを使うメリットが大きいので導入してくれる場合が多いです。

PaaSの真の意義

――とはいえ私たちはまだまだ、「環境や将来のためにいい」よりも「安い」に引っ張られがちではあると思うのですが。

そういう意味では「長持ちする製品の方が長期的には安上がり」であることを理解してもらったり、逆に大事に使ってくれたオーナーさんには何らかの形で利益を還元するなど、短期的なインセンティブをつけたりして、サステイナビリティと利益がつながるようにすることも大事にしています。

実際、私たちが今築いているリニア経済は思っているより脆いものです。パンデミックで世界の物流が大混乱に陥ったときにはサプライチェーンも機能しなかったし、一度売ってしまったものはどこでどんな状態で存在するのかも全く分からない。

一方私たちは半径200km以内でしかマテリアル調達をしないし、一度手にしたマテリアルは全てマテリアルパスポートで把握している。それが手元に戻ってくればまたそのマテリアルを使って利益を生み出せます。こういったことはサーキュラーの経済的メリットとして分かりやすい。

何よりもPaaS(プロダクト・アズ・ア・サービス)の最も大きな意義は、製品の作り手のインセンティブが変わるということです。メーカーが「もっとたくさん買ってもらえる製品(メンテが必要なことや、寿命が短いことはむしろ望ましい)」ではなく、「いい状態で長持ちして、富を生み出し続けてくれる製品」を作ろうとするようになること。そういう意味では私たちは業界にディスラプションを起こしていることは間違いないと思います。

MehlbaumさんとRombouts氏(筆者撮影)

文・取材:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。