2025.05.09 ZEBRAS
「ノンアルコールの最適解」なインカのジュースは社会課題解決志向、オランダ「SAPINCA」

世界的に高まる「アルコールキャンセル」傾向
筆者も含めお酒好きにとってバッドニュースではありますが、近年の様々な研究結果はどうにもアルコールに好意的ではありません。
日本の厚生労働省もアルコールは様々な疾患の一因になると警告しており、残念ながら「酒は百薬の長」は嘘だったというのが現代の医学会の風潮のようです。世界的に成人一人当たりのアルコール消費量は今世紀初頭の80%に減っているといい、特に様々な面で堅実なZ世代にお酒キャンセル傾向が顕著であるという指摘も。
こうした世界的な風潮の背景に関しては様々な指摘がなされています。健康志向の高まり、経済的な要因、「おひとり様時間」の充実、代替物としての大麻の合法化…。
アメリカで依存症治療に取り組む医師Sybil Marsh氏は、「飲酒がかっこいい大人であることの証明だった時代もありました。でも現代はリラックスするにもカッコつけるにも、他にいくらでも手段があります」とバッサリ。加えてアルコール飲料のフットプリントなどに対する認知も高まるにつれ、地球にも体にも負担をかけてまで飲酒する意味を見出さないという層は確実に拡大しているようです。
成長するオルタナティブ市場
とはいえ世界が「禁酒」に向かっているかというとそうでもありませんし、極度の我慢は逆に健康によくありません。祭事や宗教など文化的な面ともお酒は切っても切れない関係にあります。
結果として、お楽しみと健康のバランスを取りながら環境と体にやさしい上質なお酒をほどほどの量楽しみたいと考える層が厚くなっており、例として、オーガニックワインの世界的な消費量はここ10年余りで2倍以上になっているとのデータも。他にもフェアトレード、リジェネラティブ農法、ヴィーガン、ナチュラルワインなどの代替ワインの売り上げは近年急増しています。
同時に伸びているのが、いわゆる微アル・ノンアル市場。欧米の大都市では「ノンアルバー」が次々とオープンし、ホスピタリティ産業やリテールでのノンアル飲料市場の成長も注目されています。
(Image:unsplash)
「飲む楽しみと健康の両立」と「インカの子孫への利益還元」をミッションに
一方で個人マターに目を向けると、酒量を減らしたい「元お酒愛好者」の多くが直面するのが、「代わりに何を飲めばいいか分からない問題」ではないでしょうか。ソフトドリンクは砂糖や添加物が気になる上に食事に合わないし、お茶もいいけどごくごく飲めないし、水は味気ないし…。
そのニッチなお悩みに「代わりにこれを飲んでください」という最適解として開発されたドリンク用シロップ「SAPINCA」を開発製造・販売しつつ、社会課題に取り組んでいるのが、2024年末にB-corpの仲間入りをしたオランダ発のGood Rootz BVです。
(Image: SAPINCA Official Website)
カラフルな南米テイストのボトルと、ペルーから取り寄せられた10種類のインカ健康食材の組み合わせという原材料がなんともミステリアスな印象を醸し出すこのシロップは、100%自然原料、ヴィーガン、オーガニック。「飲む喜びを損なわないお酒の代替品を提供すること」「消費者の健康に貢献すること」「(原料の原産地である)ペルーに社会貢献すること」という3つのミッションを背負っています。
母親の悩みに「料理界のプリンス」が出した答え
創業者のDiederick Evers氏は、アムステルダムで人気レストランや料理学校を経営する有名人の母親のもとに生まれた、いわば「料理界のプリンス」でした。メディアやマーケティングなどでキャリアを積んでいましたが、2021年に母親に「最近、レストランや料理教室で『ノンアルで、体に良くて、料理に合って、お酒と同じくらいパンチが利いたおいしい飲み物』をリクエストされることが増えていて困っている」という悩みを打ち明けられ、その飲み物を求めて世界をめぐる旅に出ます。
(Image: SAPINCA Official Website)
その末にたどり着いた答えがなんと、「ないから自分で作る」。アジア、中東、南米などであらゆる食材を検討したのち目を付けたのが、インカの歴史からヒントを得たペルーの健康食材の組み合わせ。
生姜とアガベをベースにマカ、ヤーコン、タピオカ、甘草の根、オレンジの根、ターメリック、ガランガル、アシュワガンダを調達し、母親の味覚を借りて試行錯誤を重ねたのちに「SAPINCA」のシロップを開発しました。
数えきれない試作品を作ったのち、テスターとして試飲したお客さんから「この飲み物はどこに行けば買えるのか」と尋ねられることが多くなった時に「市場に放つ時が来た」と悟ったそうです。
名前の由来は「sap(オランダ語で『果汁』)+Inca(インカ)」と、「Sapa Inca」(インカ帝国における皇帝の呼び名)をかけたもの。低温抽出で原料の栄養素を壊さないように加工されたこの健康シロップは同時に、先述の通り「飲む楽しみ」を最大限に引き出すように作られており、ショットやソーダ割り、お湯割りなど様々な飲み方ができます。
味に関しては後述しますが、発売から2年後の2023年には欧州で「ベストノンアルコール飲料大賞」を受賞し、ブランディングのためにハイエンドなアウトレットに的を絞っているにもかかわらず販売も全国区に拡大しているので、市場の反応も上々だったとみて間違いないでしょう。
ターゲット社会課題は「ペルーの子どもの貧血撲滅」
一方でこの会社がB-Corpに認証された最大の理由は、消費者の健康とライフスタイルへの貢献と並ぶミッションである「インカの知恵から得た利益を、インカの子孫に還元する」取り組み。
SAPINCAの収益の2%はペルーの農村部で貧困に苦しむ子どもたちの生活を改善する非営利団体・Misión Huascarán に寄付されています。特に現地で罹患率の高い子どもの貧血を5%まで下げることを主目的としており、他にも安全な飲用水の供給のためのフィルターの設置、学校での高栄養食の配布、有機菜園の設置などを行っています。
現在10校を通じて750人の子どもたちを支援しており、今後5年間でその支援を1万人の子どもに拡大することがGood Rootz BV社の目標とのこと。
味は「猛烈にさわやかで情熱的」
さて、ここまでお話しして肝心の味をお伝えしないのは反則だと思い、同社パートナーの一つであるサステナ系ベーグルチェーン「Bagels&Beans」に「SAPINCA+ソーダ」を飲みにいってみました。
まさに「お酒の代わりに飲むもの難民」な筆者はかなり懐疑的でしたが、一口飲んだとたんに「なるほど」とうなってしまいました。
(Photo taken by Sachiko Ursem)
口に入れた瞬間に鮮烈に鼻を抜ける柑橘と生姜の猛烈にさわやかな香り。そして一瞬「あ、こんなにフルーティなのに甘くないんだ?」と思わせつつ、いわゆる「無糖」の無機質さを感じさせない、原料の根っこ類由来のほのかな甘みがあります。そして飲んだ後に食道から体全体に広がっていくような温かさ(おそらく生姜やウコンによるもの)。
レビューに「情熱的な味」という記述が多いのは単にイメージのせいだと思っていましたが、いわゆる「温活」に一役も二役も買ってくれそうなこのポカポカ感がその印象を抱かせるのだろうと納得しました。お湯で割ると生姜の辛みが引き立って冬にピッタリとのことですが、とてもさっぱりしているので夏にも飲みたいと思わせます。
飲んで楽しいか?楽しいです。食事の味を邪魔するほどのしつこい風味や甘さがあるか?ありません。体にもよさそうか?よさそうです。
そしてインカの知恵から作られていて、インカの子孫たちに利益が還元されると。セレブなブランドヒストリーに若干反感を覚えていたけれど、これは確かによくできている…参りました。そんな感想を抱いて店を後にしました。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE
ウルセム幸子
3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。