2025.07.22 ZEBRAS

0次産業で森を守る──Bike Park Walesに学ぶ公民連携の共生モデル


0次産業で森を守る──Bike Park Walesに学ぶ公民連携の共生モデルのイメージ

0次産業とは何か──“自然を価値にする”という新しい経済観

「0次産業」という言葉は、一般的な産業分類には含まれていない新しい視点ですが、近年注目が高まっています。一次産業(農林水産業)が自然資源を「利用」する産業であるのに対し、0次産業はその前段階──つまり自然そのものや、その風景・多様性・文化的背景などを「保全・再生」しながら、経済活動や地域づくりの基盤とする考え方です。

気候変動や生物多様性の喪失が深刻化する中、「自然を守ること」そのものを価値の出発点とする発想として、0次産業的なアプローチは日本国内でも森林環境税の導入や地域資源の再評価とともに注目されています。自然を搾取対象としてではなく「価値ある存在」として見つめ直す姿勢は、ゼブラ企業や公民連携モデルとも親和性が高く、今後の地域経済にも大きな示唆を与えるものです。

こうした視点を背景に、注目したいのがイギリス・ウェールズの「Bike Park Wales」です。自然の再生とレジャー、そして地域経済を結びつけたユニークな公民連携の実践例として、0次産業の概念を具体的に体現しています。気候変動や生物多様性の喪失が深刻化する中、日本でも森林環境税の導入や地域資源の再評価が進むなかで、こうしたモデルの学びは一層重要性を増しています。

五感で楽しむ“再生の森”──Bike Park Walesの魅力と仕掛け

Bike Park Walesは、ウェールズ南部の町、メルサー・ティドビルにあるマウンテンバイク施設です。広大な森林エリアに整備された多様なトレイルは、初心者から上級者まで楽しめる内容で、英国中から自転車愛好家が訪れる人気スポットとなっています。

施設の魅力は、その環境的意義だけではありません。実際に訪れたライダーたちが語るのは、「まるで自然と一体になるようなスリル」や「森を駆け抜ける爽快感」といった、五感をフルに使った体験です。森の中に巧みに設計されたトレイルは、初心者でも安心して楽しめるものから、熟練者向けの急勾配・ジャンプセクションまで多彩に用意されており、まさに“遊びながら挑戦できる森”として機能しています。

受付やカフェ、レンタルバイクのサービスも充実しており、道中では鳥のさえずりや森林の香りがライダーを包み込みます。単なるスポーツ施設ではなく、自然との一体感を楽しむ空間としての完成度が高く、週末には家族連れの姿も多く見られます。こうした“楽しさ”が、地域への再訪やSNSによる口コミを生み出し、持続的な観光資源として成長しているのです。

なぜこの地に?──Bike Park Walesが生まれた背景

Bike Park Walesが誕生した背景には、地域経済の転換という切実な課題がありました。ウェールズ南部のメルサー・ティドビルは、かつて炭鉱産業で栄えた地域でしたが、20世紀後半の産業構造の変化により失業率が上昇し、地域活力の低下が進んでいました。

中でもGethin Woodlandのような森林地域は、もともと炭鉱関連の目的で管理されていた土地であり、産業の衰退とともに手入れの行き届かない“忘れられた自然資源”となっていました。地域に根ざした新しい産業の必要性が叫ばれる中、自然と地形を活かしたレクリエーション型の観光資源開発が模索されるようになります。

この状況で着目されたのが、地元住民によるアウトドア文化と、英国全体で人気が高まりつつあったマウンテンバイクへの関心でした。中心人物のひとりが、元プロマウンテンバイクライダーでありアウトドア関連事業にも携わっていたマーティン・アストリー(Martin Astley)氏です。彼は、仲間であるトレイルビルダーのローワン・ソレル(Rowan Sorrell)氏とともに、ウェールズの自然と自転車文化を融合させた持続可能な施設の構想を描きました。


(画像)創業メンバー

彼らは、自身の経験を活かして「自然再生と地域経済の再生の両立」を目指すビジョンを共有し、パートナーであるアナ・アストリー氏やリズ・ソレル氏らと共に資金調達や行政との交渉を重ねました。その努力が実り、Natural Resources Wales(NRW)との公民連携のもと、2013年にBike Park Walesが開業しました。地元の起業家やライダーたちが立ち上がり、環境に配慮しつつ持続可能な観光と森林の活用を実現する構想を描き、行政機関であるNatural Resources Wales(NRW)との連携によって、2013年にBike Park Walesが開業しました。

“森を借りて守る”という契約──行政との連携がもたらす仕組み化

Bike Park Walesの最大の特徴は、施設の収益構造に「森林再生」が組み込まれている点です。運営会社はNRWと契約を結び、年間のチケット収益の一定割合を、森林の再生および生物多様性の向上に活用することを義務づけられています。

2024年には、同施設はNRWと新たに33年間の長期リース契約を締結しました。この新契約のもとでは、従来の商業林業による収益を超える賃料を支払うだけでなく、チケット収益の一部を「Future Forest Vision」と呼ばれる森林再生プロジェクトに直接投入しています。

具体的には、これまでシトカトウヒ(Sitka spruce)などの単一樹種によって構成されていた伐採林を、ブナ、カシ、シデ、ヤナギなどウェールズ本来の落葉広葉樹を中心とした多様な樹種の混交林へと転換する取り組みが進められています。伐採を目的としない“自然再生の森”へと機能転換が行われ、さらに敷地の一部は種子供給源(シードバンク)としての役割を果たし、ウェールズ全体の森林回復にも寄与しています。

この契約モデルは、民間企業が公共資源の保全に主体的に関わる仕組みとして注目されており、公共・民間・地域住民が自然を共に育てる「共生型パートナーシップ」の好例といえるでしょう。

“遊ぶ”が“守る”に変わるとき──あなたの地域で始める0次産業モデル

施設を訪れる人々は、アクティビティとしてマウンテンバイクを楽しみながら、その行為そのものが自然保護につながっているという構図に参加しています。チケット代を払うことで、自らが「未来の森」づくりの一部になれるという意識が芽生える仕掛けです。

さらに、観光客による地域経済への貢献も大きく、地元飲食店や宿泊施設、ガイド業などの新たな雇用が創出されています。Bike Park Walesは、自然資源の活用と地域振興が両立する好例となっており、「自然×レジャー×経済」の三方よしモデルとして注目を集めています。

日本各地にも、同様の潜在力を持つ地域は数多く存在します。放置林の再活用、過疎地域における観光振興、未利用公共施設の転用──。これらの課題に対し、Bike Park Walesのような「自然の価値を再生する公民連携モデル」は、多くのヒントを与えてくれます。

たとえば、市町村が所有する森林を、民間のアウトドア企業に貸与し、利用料の一部を森林保全や環境教育に充てる仕組み。森林環境税の活用と組み合わせることで、より持続可能な地域づくりが可能になるかもしれません。

かつて「生きるために使うもの」だった自然を、今度は「未来のために守るもの」へと位置づけ直す。その思想と実践が、Bike Park Walesにはあります。私たちの身の回りにも、まだ気づかれていない“眠れる自然”がたくさんあります。いま必要なのは、それらを「0次産業」として見つめ直し、次の世代につなげていく新たな視点ではないでしょうか。

文:岡徳之(Livit

写真:Bike Park Wales

PROFILE

Noriyuki Oka

編集プロダクションLivit代表。サステイナビリティー先進国・オランダを拠点に、ゼブラ企業や地域循環型モデルを調査・執筆。有力メディア(NewsPicks、東洋経済オンラインなど)や企業オウンドメディア向けにコンテンツ制作を手がける。 https://livit.media/