2022.04.05 ZEBRAS

ビル・ゲイツ氏が「ゼブラ企業」Antora Energyを支援へ。世界的な環境テック投資、さらに加速


ビル・ゲイツ氏が「ゼブラ企業」Antora Energyを支援へ。世界的な環境テック投資、さらに加速のイメージ
Photo by Dan Meyers on Unsplash

世界の環境テック投資は10兆円超え

2021年、欧米ではベンチャーキャピタル(VC)による投資が史上最高額を記録するなど世界的にスタートアップ投資が活況した年となった。

このトレンドは、社会の持続可能性と収益性の両立を追い求めるがゆえに投資が集まりにくいといわれる「ゼブラ企業」にとっても追い風。

特に環境テック分野のスタートアップにも多大な影響を及ぼしている。

PwCの調査によると、2021年1〜6月期の環境テックスタートアップへの投資額は875億ドル(約10兆円)と、前年同期の248億ドル(約2兆8457億円)から210%増加したという。

また、2021年同期の投資1件あたりの平均額は9600万ドル(約110億)と、前年同期の2700万ドル(約30億円)から4倍近く拡大した。

環境テック分野では、マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏がメディアで頻繁にその重要性を説いており、この分野ではオピニオンリーダー的な存在となっている。

自身が創設した環境テックに特化したVCであるBreakthrough Energy Ventures(BEV)を通じて投資を行っているため、その知見は専門家にも劣らないものとなっているようだ。

米メディアもBEVの投資動向に注目しており、新規投資のたびにその投資内容を伝えている。

2022年2月16日に報じられた直近のニュースによると、BEVはLowercarbon Capitalなどと、産業プロセスのカーボンニュートラル化を目指すスタートアップAntora Energyに5000万ドル(約57億円)を投資した。

プラスチック、コンクリート、鉄鋼などを製造する産業プロセスは、大量の二酸化炭素を排出している。ゲイツ氏が2021年発表の自著『How to Avoid a Climate Disaster』の中で触れ、その解決の重要性を強調している課題だ。

Breakthrough Energy Venturesポートフォリオページ

ゲイツ氏が投資するゼブラ企業「Antora Energy」とは?

Antora Energyとはどのような環境テクノロジーを開発するゼブラ企業なのか。

同社が開発しているのは、熱を貯蔵する技術だ。

製鉄産業などでは素材を加工するために熱を利用するが、既存の方法では、この熱を生み出すために天然ガスなどを含む化石燃料が利用され、大量の二酸化炭素を放出している。

Antora Energyによると、産業で利用される熱の60%は350度以下で、すでに技術的に電気に置き換えることは可能になっている。また、1500度以上の高温においても、電気で熱を発生させる技術は存在しているという。これらの技術は、安定的に供給されるグリッド電力を利用している。

Antora Energyウェブサイト

技術的には可能になっているが、熱の生成に電気利用が広がらない理由はコストにある。既存のグリッド電力による熱生成方法と化石燃料による熱生成方法を比べると、電気を使った方法は5倍のコストがかかってしまう。

しかし現在、世界各地で太陽光と風力発電によるコストが大幅に低下、一部では化石燃料よりも安くなったといわれている。

Antora Energyは、この化石燃料よりも安くなった代替可能エネルギーを産業用の熱に変換し活用しようと試みているのだ。

一方、太陽光と風力を産業用の熱に変換する上で大きな課題が存在する。それは、これら代替可能エネルギーの供給が不安定であるということだ。

太陽光では、夜だけでなく曇りや雨の日も発電できない。風力に関しても、常に一定の風が吹くわけではなく、やはり安定しているとは言い難い。製鉄産業などで熱を安定的に供給するには、電気または熱を貯蔵する手段が必要となる。

そこで目をつけたのが低コストで調達できる炭素ブロックだ。

Antora Energyは、化石燃料より安く発電できる太陽光や風力エネルギーを熱に変換し、炭素ブロックに貯蔵する技術を開発している。今後、熱貯蔵バッテリーをトラックほどの大きさに抑え、製鉄企業などに販売する計画という。

BEVのポートフォリオにみる次世代環境テック

Antora Energyの熱貯蔵技術が完成し、それが産業スタンダードになると、化石燃料使用による二酸化炭素排出量は理論上ゼロにすることが可能だ。

米環境保護庁(EPA)によると、同国で排出される温室効果ガス全体のうち、産業が占める割合は23%。これは交通の29%、電気の25%に次ぐ3番目の規模となる。普及したときのインパクトは非常に大きなものになることが分かる。

Breakthrough Energy Venturesのポートフォリオは、特に産業分野で大きなインパクトをもたらす環境テック企業を多数含んでおり、普段知る機会が少ない産業分野の課題と環境テックの可能性を探ることができる。

たとえばBrimstoneは、セメント産業の二酸化炭素排出をゼロにすることを目指すスタートアップ。

BBCが伝えたChatham Houseの調査によると、セメント産業における二酸化炭素排出量は世界全体の8%を占める。これは航空産業の2.5%を大きく上回り、12%の農業に迫る規模だ。

BEVのポートフォリオにはBrimstoneのほか、CarbonCureなどセメントやコンクリートのカーボンニュートラル化を担う企業が複数含まれている。

このほか、二酸化炭素や汚染物質の排出を大幅に取り除く次世代ディーゼルエンジンを開発するClearFlameや、グリーン水素を製造するための高効率・低コストの電解槽を開発するElectric Hydrogenなど、産業分野で課題となっているトピックに取り組む企業が多数含まれる。

BEVとともにAntora Energyに投資を行ったLowercarbon Capital代表で著名投資家のクリス・サッカ氏は、現在の環境テックを取り巻く状況は、ツイッターなどが登場した2005年頃と似ていると指摘している。その後、GAFAM企業が大きく伸びたように、環境テックが今後10〜20年で大きく伸びる可能性があるということだ。

今後、環境テック分野、そこで有望視されるゼブラ企業たちはどのような発展を見せるのか、投資や技術開発動向から目が離せない。

文:細谷元(Livit

PROFILE

細谷元

シンガポール日系大手メディアでの記者を経て、LivitでドローンやAIなどテクノロジートピックを担当。現在の関心事は、メタバース、エネルギー安全保障、クリーンテック。