2022.04.26 ZEBRAS

我が子の偏食に困った会計士パパによるベビーフードブランドが英国シェア1位に。ゼブラ企業「Ella’s Kitchen」のミッションへのこだわり


我が子の偏食に困った会計士パパによるベビーフードブランドが英国シェア1位に。ゼブラ企業「Ella’s Kitchen」のミッションへのこだわりのイメージ

イギリス土産としても人気のオーガニックベビーフードブランド「Ella’s Kitchen」

Ella’s Kitchenはイギリスで大人気のオーガニックベビーフードのブランド。クオリティへのこだわりと目を引くポップなパッケージで、最近日本でもお手軽なイギリス土産などとしてファミリー層に少しずつ認知が広がっています。

市場への本格デビューは2006年と比較的若い会社でありながら、現在イギリス国内ではベビーフード部門の売り上げシェア1位(30%)。ヨーロッパやアメリカを中心に世界35の国と地域で売り上げたベビーフードの総額はなんと144億円以上。

200種類以上をそろえる製品ラインアップは、全商品契約農家からのオーガニック原料使用、砂糖・塩・水・添加物・遺伝子組み換え原料一切不使用、食感や香りで遊びながら食べておいしい仕掛け満載…と子どもにやさしい製品づくりを徹底する同社は、今やイギリスを代表する「ゼブラ企業」としての顔も。

蛇足ながらそういった社会的な側面と同時に、子育て経験者として筆者にとって見逃せないのが、同ブランドがそれまで瓶入り一択だった欧州のベビーフード市場に、初めて吸い口のあるパウチ入りベビーフードを導入したという事実。

現在市場に溢れている「手も皿も汚れず、外出先にも持って行ける」ベビーフードのパイオニアである同社は、「子ども」と「社会」の他に「子育て中のパパやママ」にも大きなインパクトを与えていることは間違いありません。

どこでもチュウチュウ食べられるフードはありがたいのです(同社公式Facebookページより)

しかしそもそも、社名に冠されているEllaとは誰なのでしょうか? 同社の始まりと、10年足らずで国内シェア1位となった軌跡、取り組みなどとともにご紹介します。

Ellaって誰?始まりは偏食の子どもに困ったお父さんの「使命感」

赤ちゃんにやさしいベビーフードのブランド名が「Ella’s Kitchen(エラの台所)」と聞いて、我が子のことを想いながらキッチンで離乳食を作る、ステキなママのEllaさんを想像しない人がいるでしょうか?少なくとも私は同社の製品を見るたびにそのイメージを描いていました。

ただ、同じ図を想い描いたお仲間の方には申し訳ないのですが、このブランドの創立者は「おじさん」。会計士の資格を持ち、当時子ども向け番組を制作するテレビ局ニコロデアン英国支部の副社長だった、当時40がらみのパパ・Paul Lindley氏です。

Ellaは彼の娘さんの名前で、同社のビジネスは、離乳食の時期に彼女の偏食に苦労したPaul氏が、「そもそもどうして既製品の離乳食は、どれもさえない灰色のつまらない見た目で、子ども受けしない味なんだ!」「健康によくて、子どもが喜んで食べるくらいおいしい離乳食はないのか?」と不満を抱いたことから始まりました。

Paul Lindley氏とEllaさんご本人(同社公式Facebookページより)

同氏がそれをビジネスにしようと思った理由は2つあるといいます。

まずは、テレビの仕事をする中で、イギリスの子どもたちの健康と食の問題、特に肥満問題が深刻であることを実感していたこと(同国では18歳未満の子どもの約3人に1人が肥満とされています)。そして、「高級路線で、明るくてイマドキ風のパッケージで、オーガニックな製品」が、同国ではベビーフード市場にだけぽっかり穴が開いたように欠けていたこと。

「今、子どもたちの健康と食の問題に取り組まなければ、いつか後悔する」と直感した同氏は、その使命のために高給のテレビ局での管理職を辞し、25,000ポンド(400万円弱)の貯金が底をつくまでの2年間と期限を設け、商品開発と起業に乗り出します。

1000回のプロポーザル」と「赤いやつ」が店頭に並ぶまで

さて、時間ができたPaul氏は、自宅で幼い子ども2人とその友人たちを相手に試食会を重ね、彼らと同じ目線に立って離乳食を食べる子どもの五感全てに訴えかけるレシピを考案していきました。

同国レディング大学食品栄養学部のサポートを得て、彼が構想したベビーフードが栄養的に優れていることを証明したのちは、小売りを担当してもらいたいスーパーマーケットチェーンを中心に「500通のEメールを送り、500件の電話をかけて」手当たり次第にプレゼンの申し込みをします。

ついに念願叶って、スーパーチェーン国内3番手のSainsburry’sの350の支店で取り扱う契約を取り付けたのは、家族に約束した期限の4か月前のことでした。

自宅を抵当に入れて工面した資金で製造・出荷した製品が店頭に並んだ時は、「信じられない気持ちで、意味もなくスーパーのベビーフードコーナーを行ったり来たりしていた」そうです。ただそれは、離乳食を買いに来る消費者の話を聴くという目的もあったとのこと。

子どもが呼びやすいようにと、息子の案を採用して製品第一号を「赤いの(The Red One)」と名付けたほど消費者視点を重視するPaul氏にとっては、単なる市場調査の一環だったのでしょう。しかし、手に取った商品の製造会社の社長にいきなり話しかけられるなんて、消費者にとってはちょっとしたサプライズだったかもしれません。

同社ベーシックラインアップ。「赤いの」から時計回りに、「黄色いの」「ピンクの」「白いの」「オレンジの」「緑の」「紫の」 (公式Facebookページより)

シェア1位への道 

こうしてなんとか漕ぎだした同ブランドが国内シェア1位となるまでの軌道には、いくつかのラッキー要素もありました。

まず一つ目の幸運は、Paul氏がPRに「古巣」ニコロデアンの力を借りられたこと。小売りも食品メーカー業も全くの専門外だった同氏ですが、大手テレビ局とのコネクションという強みがありました。広告料を払うことができなかったので、製品の売り上げの一部で支払うことを約束してプロモーションをしてもらうことで、ブランドは上々の滑り出しを果たしたとのこと。

また、「健康にいい、子どもが喜んで手に取る見た目の、おいしくて食べることを楽しめる、便利なパッケージの」ベビーフードに、少し余分にお金を出してくれる消費者が予想以上に多かったこと。これは同氏の想像も超えていたといいます。

しかしそれ以上に、「企業には社会に貢献する責任がある」という同氏の信念のもとに、利益を上げ始めて間もなく次々と打ち出していった社会問題への取り組みが、このポリティカル・コンシューマリズムの時代に、同社のイメージを底上げし続けていたことは間違いありません。

「Ella’s Kitchenを食べて君もヒーローに!」(同社公式サイトより)

2013年には子どもの食育改善のためのキャンペーン「Averting A Recipe For Disaster」を立ち上げ、肥満や食の貧困問題を解決するために、食の嗜好性が形成される5歳未満の子どもに対する栄養と食生活の改善に社会システムからアプローチしようと呼びかけました。

働きかけは政治、教育、家庭、企業など全てのセクションに及び、2015年の国政選挙では保守党、労働党、自由民主党の3党が彼らの案を取り入れてマニフェストに幼児の健康と食問題を担当する顧問を配置することを盛り込みました。

この取り組みが評価され、2018年にはPaul氏がロンドン市長により市のプロジェクト「子どもの肥満タスクフォース」のリーダーに任命されています。

2015年のクリスマスには子どもの権利保護のための大手NGO「セーブ・ザ・チルドレン」とコラボしたパッケージを発売し、売り上げの中から一袋につき30ペンスを同団体に寄付。

リサイクルキャンペーン「Ella’s Cycle(エラのサイクル)」も立ち上げ、保育園や市内の子連れが利用する施設にリサイクルボックスなどを設置して、ベビーフードの容器のリサイクルに関する啓蒙に注力しました。

また、カナダで人気の南スーダン系アーティストEmmanuel Jalとのコラボで、教育と起業をサポートすることで、アフリカの子どもたちの未来を拓くための慈善団体「The Key is E」の活動をを開始したのもこの年です。

さらに、米国BLabにより「Bコーポレーション」(公益性の高い企業に付される認証)に認定された2016年には、離乳食に野菜を取り込むことの重要性を啓蒙する「Veg for Victory」キャンペーンも開始しています。

他にも法人・私人として行っている社会的活動は枚挙にいとまがありません。とにかく、それらの活動が知られるにつれ消費者に対しても「子どもの健康と世界の未来のためにアグレッシブに活動している企業」のイメージが強くなっていきました。

子どもが生きる未来がすこやかなものであることを願って止まない消費者が、彼らの商品に対して少々余分なお金を出す気になるのも不思議ではないかもしれません。

売却とPaul氏の現在 

さて、このように順風満帆に見えた同社ですが、実は2016年に、事業を米国のオーガニック企業HainCelestialに1億350万ドルで売却したことも話題になりました。背景には、

・Paul氏の目標だった「1億食」のセールスを達成したこと
・米国市場で大企業により類似製品が次々に発売されてしまい、その長期戦を生き残るために体力のある大企業がバックアップしたほうがよいと判断したこと
・Paul氏が一線を退いて社会的な活動にエネルギーを割きたかったこと

があるとのこと。

同時期に、Ella’s Kitchenよりもさらにミッション主導に舵を切った「Paddy’s Bathroom」というオーガニックトイレタリーブランドもローンチしましたが、こちらは倒産しており、Paul氏は「やっぱり利益も出さないと続けられないから意味ないね」とらしくない発言もしています。

同氏は現在、Ella’s Kitchenの経営チームにも留まり、アメリカとイギリスを往復するかたわら、児童福祉活動家・起業家として活動し、フードロス削減のため古いパンをリサイクルして醸造するビール「CRUST」のプロジェクトに携わるなど、サステイナビリティにも広く取り組んでいます。

近年起業家としてインタビューを受けた同氏は、ビジネスの成功の条件を3点にまとめて、

・語るよりも聞くこと。刺激を受けて新しいアイディアが浮かぶから
・ビジネスはお金ではなく、人のためにするものであることを忘れないこと。人が何を欲しいのかよく理解し、ビジネスの目的を示し、彼らがそのミッションにどう参加できるのか示せば、よいビジネスになる
・徹底的に消費者の目線に立ち、その次にチームを大切にすれば、利益はついてくる

と語りました。

そんなことを言っても、アメリカで大企業を相手に苦戦したよね?と思わないではないですが、同氏はいたって楽観的です。

「大企業は人間性は二の次で、短期的に利益を出し続ける必要があり、ミッションに取り組むためにはトップダウンで組織全体を改革する必要がある。私たちのような、まずミッションありきの企業はそれが容易なのです。これからの時代のリーダーは、ビジネスに人間性を取り戻し、もっと長期的な展望に立って、人間にとって本当に大切なことに貢献していくことが求められる。『Doing well by doing good(善を成すことによって利益を出す)』が本質である社会的企業が、これからの時代のソリューションとなるのです」。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。