2022.06.14 ZEBRAS
「Bコープ」ってなに? 新しい資本主義の時代に知っておきたい、まとめと新顔紹介
「Bコープ」とは?
このサイトをご覧になっている多くの方にとっては、「Bコープ」または「ベネフィット・コーポレーション」という言葉は、割となじみがあるのではと思います。
「お膝元」のアメリカでさえ非常によく混同されているのですが、この二つは実は別物です。それは後でお話するとして、両者をまとめてざっくり概念を言葉にすると、「アメリカ発の、社会と環境にポジティブなインパクトを与える企業を公に承認する制度。ビジネスにおける『成功』を、短期的な経済的利益から長期的なサステイナビリティへと再定義するために、2006年にアメリカの2人の実業家が始め、現在世界各国に広がっているムーブメント」というところでしょうか。
登録や評価に関わる手続きがまだすべて英語でなされていることもあり、日本でこの認証を受けている会社はまだ両手で数える程度しかありません(ダノンジャパン、石井造園など)。しかし先日、岸田文雄総理が「新しい資本主義実現会議」にふれて、
「これまで、社会的課題の解決は官が担ってきましたが、社会的課題の解決と経済成長の二兎を追う起業家のみなさんが増えてきている実感があります。(中略)官の役割だけでなく民の役割が大きくなっていると感じました。(中略)新たな官民連携の形として、資金調達面、公共調達面など全面的に支援するとともに、新たな法制度の必要性の有無について検討を開始いたします」
とコメントするなど、「ビジネスの力を利用して社会課題を解決していく」という新しいスタイルが資本主義の本流に圧力をかけるにつれ、わが国でも俄然注目度が高まっているようです。
Bコープとベネフィット・コーポレーションの違い
そもそもこのムーブメントは、自分たちで立ち上げたサステイナブルな事業が、売却後に株主の利益優先の利益追求型企業になってしまったことにショックを受けたアメリカの若き起業家2人が、「すべてのビジネスが善の力となること」を目指して始めたもの。
当初は、営利とともに社会・従業員・地域社会・環境に対するポジティブなインパクトを目指す企業が法的に登記できる、法人形態としての「ベネフィット・コーポレーション」のカテゴリーを全米の州法に整備することを目指していました。
現在アメリカの35州とコロンビア特別州によって認可されているほか、イタリアは同法人形態をモデルとした事業体を全土で承認する法律を可決した最初の国となりました。
この法律に則って「ベネフィット・コーポレーション」として登記された法人は、平たく言えば、株主のための経済的利益よりもミッションやサステイナビリティといった「公益」を優先することを「法的に」保証されます(『会社が儲ける努力をしていないから配当が少ない』と株主が会社を訴えたりした場合にも法律が味方してくれます)。
一方、「Bコープ」は、その取り組みの中で生まれ、よりグローバルに活用されることを目指した「私的な認証制度」です。州法などの法律や、先述のベネフィット・コーポレーションとしての登記とは無関係に、世界中すべての公益への貢献を自認する営利企業が申請できます。
先述のベネフィット・コーポレーションと同じ母体が運営する認証団体「Bラボ」により、会社のガバナンス・従業員の待遇・コミュニティへの貢献・環境へのインパクト・顧客と製品やサービスがアセスメントを受け、「サステイナビリティと環境へのポジティブなインパクト」が200ポイント中80ポイントを満たし、かつ透明性を保証すれば「Bコープ」認証が同団体から付与されます。
こちらには法的な効力は一切なく、晴れて認証されても年間の会員費(会社の収益に応じて500〜50,000ドル=約63,500円~635万円)を収める必要がある上に、3年ごとにアセスメントを受け直す必要があります。しかし、厳しい同認証をパスしているという勲章は企業として何物にも代えがたいブランディングツールとなり、他にも協賛ビジネスパートナーから各種のインセンティブを受けることができます。
こちらのBコープ認証、現時点では約80カ国から5,000以上の企業が認証されていますが、その中にはミッションありきのスタートアップだけではなく、大企業も数多く名を連ねています。特に有名なところではアウトドア用品のPatagonia、アイスクリームメーカーのBen&Jerry’s、世界的食品メーカーの仏Danon、コスメブランドの英The Body Shopなど。
また、今現在「Bコープ」の栄冠を輝かせているこれら5,000社のほかにも、今までに審査に挑んだ企業は世界中から20万社以上。結果がどうであれ、同団体のアセスメントを受け、社会と環境へのインパクトという視点から現在の会社の状態を客観的に知ることは、これからのビジネスに有益なこととして認知が広がっています。
つまり、もしあなたが日本でビジネスを展開する社長で、世界的な権威からのお墨付きが欲しい場合、目指すは「Bコープ認定」ということになります。
イギリスからBコープの「新顔」をご紹介
さて、ここまでほぼ大枠の制度の話ばかりだったので、最後に1つ、Bコープとして認証された「新顔」の一例をご紹介します。
「Kiteline Health」は、今年5月にBコープに認定されたばかりのイギリスのヘルスケア系スタートアップ。ビジネスは基本的にBtoBで、ミッションはクライアント企業の従業員の健康をマキシマイズし、健康上の理由による病休や離職率を下げることです。
サービスはすべてオンラインでなされ、ライフスタイルのプランニング(運動や食事など)、個別コーチング、メンタルサポート、企業へのフィードバックなどから構成されるパッケージを企業が購入すると、同社が従業員の一人ひとりにアクセスしてサポートが開始されるという流れ。
同社の始まりは、創業者の元コンサルタントCandice Hampson氏が32歳で受けた乳がんの宣告でした。
「金曜日にがんの宣告を受けましたが、医者は『このことはいったん忘れて、週末を楽しんで、月曜日にまた病院に来てください』と言いました。そんなの無理に決まってる。私はすぐにグーグルに飛びつき、(そこで見た情報から)自分が極めて生存確率の低いすい臓がんであると確信しました」。
その後、精密検査の結果、それは「単なる」乳がんだと分かり、治療も成功しました。しかし、その間に体験した不安やインターネット上の情報の何を信じればいいのかといった混乱は筆舌に尽くしがたかったといいます。そして1年後、新婚旅行中に気づいた「再発」は、彼女のメンタルヘルスをどん底に突き落としました。
いつまた再発するか分からないがんを治療している最中、患者仲間の言った「医者は体の世話をするのは得意かもしれないけれど、心や感情、魂の世話はできないよ」という言葉がHampson氏にビジネスのインスピレーションを与えます。
「どれだけ調べればいいの?再発を防ぐために、食事の改善や運動は効果があるの?ストレスに対処するために、生活スタイルを変えるべき?治療中のお財布事情は誰に相談すればいいの?いったいいつになったら元の自分に戻るの?」
そういった闘病中・後のさまざまな不安や悩みに対して、長期的に生活コーチングでサポートする同社の前身を起業したのは、2020年のことでした。
その後、がんの再発不安や後遺症を抱える人のサポートから、慢性疾患を持つ人のサポート、さらに生活習慣病や、不眠・腰痛・肥満・ストレスなどの「不調」までカバーの範囲を広げ、現在の形になりました。
イギリス国内のデータに基づいた同社のチャートによると、およそ100人の従業員のいる企業では、従業員の健康問題によって年間平均約16万ポンド(25,000万円強)の損失がもたらされているといい、同社は「従業員の健康をサポートすることで、本人たちのQOLのみならず企業にも利益になる」ことを売りにしています。先述のBコープ認証では、「従業員」と「コミュニティ貢献」が総合評価を押し上げてパスしました。
さて、世界で急流となるBコープ認証の流れ。日本はこの波にどう乗るのでしょうか。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/
PROFILE
ウルセム幸子
3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。