2022.10.24 ZEBRAS
スタートアップの目標はユニコーンよりも協同ゼブラへ「Cooperative」スタイルのスタートアップ支援団体「Start.Coop」に注目
ユニコーンモデル崩壊の時代
テック系で起業から10年以内、未上場ながら評価額10億ドル以上。そんなスタートアップのレアさを伝説の動物になぞらえて、2013年に「ユニコーン」と初めて呼んだのは、「Cowboy Ventures」のAileen Lee氏でした。
その後、テック系ビジネスの需要の加速、資金調達の多様化、大手企業が買収も視野にスタートアップに投資する傾向などにより、ユニコーン企業の数は急増。その数は2021年時点で世界で750社にのぼります。
すでに架空の動物ではなくなった「ユニコーン」のステータスは、多くのスタートアップにとって目に見える目標となり、一時は指数関数的な成長と評価額10億ドルを目指すことがスタートアップ界隈の標準となりました。
しかし最近、ユニコーンを目指すスタートアップの大きな支えだったベンチャー投資の勢いが減速しています。
背景には世界的な利上げやウクライナ危機に伴う株式市場の下落、新規株式公開(IPO)の低迷などが挙げられていますが、いずれにせよこれからのスタートアップでは従来のようなユニコーンモデルが機能しなくなっているようです。
「ゼブラ企業モデル」に注目
そんな状況の中、注目が集まっているのが「ゼブラ企業モデル」です。
そもそもゼブラ企業が目指すのは、自社評価額の指数関数的な成長ではなく、そのミッションのインパクトを拡大することとそのための持続可能な事業を創出すること。この目的の違いから、事業の過程で重要視される考え方や手段も、利益追求を第一義とする企業とは大きく異なることになります。
米ソフトウェア開発企業HexactのCEOでForbes評議員のStepan Aslanyan氏は、「ユニコーンの追求は終わりにして、ゼブラになりましょう」と題したエントリーの中で、パンデミック前後の有名ユニコーンの失脚に触れたのちにこう指摘しています。
「ゼブラはフットワークが軽く、柔軟性がある。流行に踊らされず、無駄なく賢く、持続可能にできている。先の読めない市場では、これが企業が生き生きと持続的に成長する方法だ」。
また、厳しい資金調達環境の中でVCが一般的に投資に消極的になっている今年も、環境・エネルギー関連のスタートアップに対する投資は継続する動きがみられ、いわゆるインパクト投資への関心は薄れていないことが指摘されています。
スタートアップのインキュベーションに取り組む「Start.Coop」
こうした背景に焦点を当て、スタートアップのインキュベーションに取り組む組織があります。その名も「Start.Coop」。アメリカ発で、現在北米を中心に活動しています。
「コープ」という言葉になじみがある方も多いでしょうが、その元となる「Cooperative」は、この場合、「共通する目的のために集まった個人もしくは企業者が、組合員として民主的な管理運営を行っていく相互扶助組織」のこと。
このStart.Coopはまさにその「コープ」のスタートアップ版で、ビジネスをメンバー全員で協同所有してミッションに取り組むスタートアップを支援・育成するための様々な活動をしています。
支援の対象は、「Cooperative(協同所有)」のスタートアップのみ。
同組織は、Cooperativeスタイルのビジネスこそ、ごく一部の経営者や株主のみが利益を得る経済システムに代わり、今までそういった利益の循環から排除されてきた人たちも富を創出できるようになる、これからのビジネスの選択肢であるという前提のもとに、特に人種や性志向性による不平等の打破を目指しています。
また、ビジネスとしても、企業の権利と利益を共同で所有するCooperativeスタイルの企業は生産性や成長率、5年生存率なども高いことが明らかになってきており、不平等の解消以外にも様々な利点があることを訴えています。
活動内容は大きく分けて5つ。
・未起業や起業後間もないCooperativeなスタートアップへのコーチング
・Cooperativeなビジネスの起業について学習できる無料コースの提供
・本組織から独立した資本Equitable Economy Fundによる資金提供、また外部の投資家とのマッチング
・起業家同士のパイプ・ネットワーク作り
・まだあまり一般的でないCooperative企業スタイル自体に関する啓蒙活動
インキュベートされた企業にはUberの未来のライバルも?
少しややこしいので、具体的にStart.Coopにインキュベートされたスタートアップの事例を見てみましょう。
まず一社目が、ニューヨーク発で将来Uberに代わるこれからの配車サービスになると目されている「Coop Ride」。
運営するDrivers Cooperativeは、既存の配車サービスシステムに問題意識を持つニューヨーク市のドライバーが集い結成した、配車サービスのCooperative企業。ドライバーたち自身が経営者であるため、利益は全てドライバーに還元され、経営に関する決定も共同経営者であるドライバーたち自身が民主的に行うことができます。
同社はまた、自身のミッションを「社会の配車システムの変更を通じて、ハイヤー車両業界の搾取的な状況を終わらせ、ドライバーをプラットフォーム経済の運転席に座らせること」と述べています。
その背景にあるのは、同社が「火急的変化が必要」と述べる配車サービスの現状。ニューヨーク市では、UberとLyft の「二大巨頭」がシェアを競っていますが、両社が抱える85,000人のドライバーのうち91%が移民であり、現在配車プラットフォームはその労働力の搾取により運営されていると訴えます。
各社がドライバーから徴収する手数料は最大40%。さらにドライバーはあくまで「独立した外部の請負業者」であるため、車両の購入、各種保険、メンテナンス、その他の営業上のリスクや経費の全てが自己負担になり、最低賃金も、基本的な労働者の権利も守られません。
元来、空き時間と自己所有の車両を利用して副業したい人と、プロのタクシーよりも安い移動手段を必要とする人をマッチングするためのサービスであったからこそ、サービス提供側はこの労働条件で多くの登録ドライバーを抱えてビジネスを急成長させることができました。
しかし実態は、他に仕事がない移民の「本業」となっているケースが多く、ウクライナ危機の前でさえもドライバーの70%以上が貯蓄額1,000ドル未満と、いわゆる「貧困」の状態に置かれているといいます。
同社はこれを「ニューヨーク市の深刻な人種間の富の格差と、ライドシェアプラットフォーム経済の略奪的な構造を反映している」とし、自社の目的を「ドライバーが協同所有する新しいプラットフォームの運営により、短期的にはドライバーの労働環境の是正を、長期的には公正で環境にやさしい業界への移行を目指す」と設定しています。
Start.Coopが重要視する価値
話をStart.Coopに戻します。同団体が目指すのは、「ひとつまみの勝者が財を独占するのではなく、誰もが富を産み出す方法にアクセスが可能な経済の構築」。
共同運営と協力に価値を置き、権利も富もみんなで共有するCooperativeに運営するビジネスこそが新しい経済を切り開くとして、特に有色人種コミュニティやセクシャルマイノリティといった、これまで経営の世界から排除されがちだった個人の不平等の是正に取り組んできました。
そして今年は、AARP(旧アメリカ退職者協会)とのコラボレーションのもと、Cooperativeビジネスを始めたい50歳以上の成人を対象としたグループ学習コース「Next Steps」を開講しました。人生100年時代の「折り返し地点」からゼブラなビジネスを始め、老人の貧困問題にアタックする起業家も増えてくるかもしれません。
文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/
PROFILE
ウルセム幸子
3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。