2022.10.14 ZEBRAS INSIGHT

【ゼブラ的解説】地球を唯一の株主に?パタゴニア株式譲渡の仕組みとその意図とは?


【ゼブラ的解説】地球を唯一の株主に?パタゴニア株式譲渡の仕組みとその意図とは?のイメージ

2022年9月14日、パタゴニアの創業者であるイヴォン シュイナードがシュイナードファミリーの持つパタゴニアの株式譲渡について発表しました。

パタゴニアはご存知の方も多いと思いますが、環境を大事にしてきた会社です。「1% for the Planet」と呼ばれる売上の1%を環境のために寄付をするという取り組みをイヴォンが2002年に立ち上げパタゴニア自身も寄付を行ってきています。

パタゴニアは年間100億円近い利益があり、その企業価値は4,300億円近くあると言われていますが、それらを所有する権利を放棄し全て地球や自然環境のために寄付したということで話題になっています。まさに、史上最大規模金額の寄付行為ということになるでしょう。

ただし、筆者は、今回の取り組みは個人の財産を環境問題のために寄付したこと以上の意味があると見ています。それは、これまでにない企業のオーナーシップの仕組みを作り出したことにあります。オーナーシップとは一般的には下記のように複数の権利が含まれており、一般的な普通株式というのはこれらが一緒になっています。今回はこれらの権利を分離させて、株主の経済的リターンを最大化するためではなく、パーパスと自立を両立させるための仕組みを作り出しました。

(1) 経済的価値を受け取る権利(配当権)
(2) コントロール権(議決権)
(3) 売却、譲渡できる権利

その仕組みについて下記に詳しく解説していきます。

「Earth is now our only shareholder」

パタゴニアのウェブサイトに載せられたイヴォンの言葉の一つに「Earth is now our only shareholder」とあります。今回、イヴォンはHoldfast Collectiveという非営利団体を設立し、そこにファミリーが保有するパタゴニアの株の98%を移行しました。この非営利団体に譲渡された株式は経済的価値(パタゴニアから配当を受け取る権利)を有しています。これによる特徴は3点あります。

①配当の全ての金額を環境活動に向けることができる
シュイナードファミリーが株を所有していた時は、配当はファミリーに支払われていました。もちろんファミリーが環境活動にお金を使うことは可能ですが、ファミリーに配当が支払われた時点で所得税の対象となり最大20%を税金として納めるため、使えるお金は残りの80%となります。非営利法人の所得は原則として課税対象にはなりませんので、今回、ファミリーを介さず非営利法人が直接配当を受け取ることでより多くのお金を環境のために使うことが可能となります。年間100億円と言われているパタゴニアの利益の中から会社への再投資などの必要な内部留保金額を除いたほぼ全てのお金が非営利法人に入ってきます。


②政治的ロビー活動を行うことができる
パタゴニアは、ロビー活動にも積極的であることで知られています。2017年にはトランプ大統領がユタ州にある国定記念物指定保護地域2カ所で、保護地域の範囲を大幅に縮小すると発表したのを受け、「大統領が私たちの土地を盗んだ」というキャンペーンを開始し、トランプ大統領と森林局の局長などを提訴しました。一般的にアメリカで非営利団体を設立する際は通称501(c)3と呼ばれる法人格が使われることが多いですが、今回イヴォンは501(c)4を設立しました。501(c)4と501(c)3の大きな違いは、501(c)3の活動分野は、宗教、慈善事業、科学、教育と定められており、政治的なロビー活動に関わることは部分的にしかできませんが、501(c)4は政治的なロビー活動を無制限に行えることです。また、501(c)3は寄付者を公開することが義務付けられているのに対して501(c)4は義務付けられていません。

③個人への税金還付による節税を諦めた
501(c)4と501(c)3のもう一つの違いは、寄付者にとっての税額控除です。501(c)3に寄付を行うと最大50%の税額控除を受けることができますが、501(c)4の場合は控除を受けることができません。今回の株式譲渡を501(c)3に行っていればイヴォンは個人の所得から相当額の所得税の控除を受けることができたはずですが、そうはしませんでした(仮に譲渡した株式の価値が4,300億円の98%にあたる4,214億円だとすると、そのうちの50%にあたる金額の控除を受けることができたことになります)


「Instead of going public, going purpose」


①パーパスを守る
イヴォンのもう一つの言葉として、「Instead of going public, going purpose」とあります。シュイナードファミリーは、もっと地球環境のためにお金が必要だと感じる中で株式上場や会社の売却なども検討していましたが、社員などのステークホルダーのことを考えるとどれも最良の選択肢だと思えず諦めて、今回の取り組みでは、上場に向かうのではなくパーパスに向かうのだと述べています。

先述の非営利法人に加えて、Patagonia Purpose Trust(「PPT」)と呼ばれる団体を設立し、残りの2%のパタゴニアの株式を移しました。この株式は2%の配当を受け取る権利に加えて、全ての議決権を有します。会社法では、会社の重要な決定事項は株主の承認を得ることが必要とされていますが、この承認をする権利を有しているということになります。これによって、PPTはたとえば、新株発行や定款の変更といったようなパタゴニアにとっての重要事項の最終決定権を持ちます。

では、なぜこれがパーパスを守るということにつながるのでしょうか?上場をすると一般的には議決権を持った多数の株主を持つことになります。つまり、不特定多数の株主の意向によって会社の方向性が決められる可能性があることとなります。今回の取り組みでは、不特定多数ではなくPPTが100 %の議決権を持っているため、会社の方向性を決めることができるのはこの一社のみとなります。

明確に公表されていませんが、今回イヴォンは目的信託を設立し信託設定したと筆者は理解しています。目的信託が通常の信託と違うのは、通常の信託は、受益者と呼ばれる人を定めその人が運用する資産(今回の場合株式)の生み出す経済的利益を受け取ることになりますが、今回の目的信託というのは、受益者を定めず、最初に設定した目的のためだけに資産が運用される仕組みです。例えば、所有する別荘を自分が亡くなった後にも家族が利用することのみを目的として信託するといった使われ方が古くからなされています。パタゴニアのミッションを守るといったような目的を設定することで、それ以外の目的のために保有する株式の議決権が行使されることはなくなります。これが、イヴォンのいう「going purpose」の意味だと思います。

②永続的に守られるパーパス
さらに、イヴォンはこれによって承継に関わる問題も解決しました。個人として株式を保有したままだと、自分が他界した時に株式は相続されることになるので、会社の意思決定権は被相続者たちが属人的に持つことになります。目的信託に株式を信託することにより、永続的に安定してパーパスが守られる仕組みを作ったのです。


他の創業者の取り組み

過去にTrip Liteという会社の創業者だったBarre Swedish が同様にMarble Freedom Trustという非営利団体(501(c)4)を設立し1,600億円以上の寄付を行いました。その後、Marble Freedom Trustはこの株を全て売却し現金を得ています。非営利団体の収入は原則として非課税なので、この売却によって、パタゴニアのイヴォンのように個人で売却していればかかっていた税金についての節税を行いながら政治ロビーイングに使えるお金を獲得しました。しかし、今回のパタゴニアの取り組みは、それだけではなくパタゴニアのパーパスを守る仕組みが取り入れられています。


「Dark Money」?

このように新たな仕組みのパイオニアとなったシュイナードファミリーとパタゴニアですが、一方で、政治への個人資金の活用と見る目もあります。501(c)4は、政治への影響力を増やすために使われてきた歴史もあり、特にその寄付者を公開することが義務付けられていないことから「Dark money」とも呼ばれます。今回のシュイナードファミリーによる寄付は発表されていますがそれ以外の寄付については透明性が低いとも言えます。また、非営利法人、目的信託ともにシュイナードファミリーが「ガイドする」とパタゴニアのウェブサイトの発表にはあります。どの程度の影響力を持つのかまでは知らされていませんが、引き続きシュイナードファミリーが意思決定に関わっていくと思われます。PPTへのシュイナードファミリーの関わり方、今後の意思決定者の人選や透明性なども引き続き注目していきたい点です。

ただし、今回の件が企業のオーナーシップのあり方や目的の再考について一石を投じたことは間違いないと言えるでしょう。遠い海の向こうの話と感じる方もいるかもしれませんが、実はアメリカでも日本でも株式の持つ権利は基本的には同じです。例えばZebras Uniteが作ったExit to Communityという概念は、企業のステークホルダーに株式を持ってもらうというもので、多くの事業承継を考える方がご興味を持たれ、お問合せ・ご相談をいただくことがありますが、環境のように人以外のもの(例えば伝統・文化なども)もステークホルダーとして捉えパタゴニアのような仕組みを活用していくことはできるかもしれません。

Zebras and CompanyやパートナーのZebras Uniteもオーナーシップのあり方やガバナンスについては試行錯誤しながら、さまざまな新たな仕組みを考え試行してきており、共感してくれる企業を後押ししていければと思っています。パタゴニアの今後やこれに続く企業についても引き続きウォッチしていきたいと思います。

参照

Patagonia’s tax break, explainedPatagonia Transfers Ownership to Patagonia Purpose Trust & Holdfast Collective – Boardsport SOURCE
What is the Holdfast Collective?
30. Procedure for declaring dividends | Rulebook
Clothing company Patagonia to donate annual profits of…
Patagonia Billionaire Who Gave Up Company Skirts $700 Million Tax Hit
501(c)(3) Vs 501(c)(4)- Key Differences and Insights for Nonprofits
Social Welfare Organizations | Internal Revenue Service
501(c)(4) – Ballotpedia
What is a 501(c)(4) Social Welfare Organizations? | Nolo
Understanding Patagonia and Perpetual Purpose Trusts
What Is a Purpose Trust? – SmartAsset
Patagonia Trust Analysis: Values Driven or Money Driven?
The Patagonia Structure in the Context of Steward-Ownership | by Purpose | Sep, 2022 | Medium
Planning With Purpose: Non-Charitable Purpose Trusts – Evercore
アメリカの NPO 税 制
Dividend Tax Rate 2021-2022: Find Out What You’ll Owe – NerdWallet

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