2022.12.23 ZEBRAS

「有害な男らしさ」からの男たちの解放を目指す。AU発スキンケアブランド「Good Stuff Global」


「有害な男らしさ」からの男たちの解放を目指す。AU発スキンケアブランド「Good Stuff Global」のイメージ
Image : STUFF Official Website

「有害な男らしさ」で苦しむのは誰?

「有害な男らしさ(toxic masculinity)」は近年、ジェンダー平等の文脈で頻繁に目にするようになったキーワード。カジュアルに使われる場合は、女性や社会的弱者への影響の視点からフォーカスされることが多いようです。概念の中身としてはざっくりと、男性が「男らしさ」の名のもとに行使する様々な形での暴力や横暴、共感性の欠如などを指す頻度が高め。

しかし、この「有害な男らしさ」という言葉、登場したのは1980年代から90年代にかけてと意外と古く、そもそも男性たち自身に対する影響やあり方を語る際に使われたものでした。

当時アメリカの作家や団体を中心に起きた、マインドフルに男性のアイデンティティを見直すことを促す「神話的男性運動(mythopoetic men’s movement)」の中で、家族を養ったり熱心に仕事をしたりといった「本当の・深い・自他ともに大切にする」タイプの「伝統的男らしさ」との対比として、「ステレオタイプで自身や他者に悪い影響のある」=「有害な」男らしさ、というコンセプトとして生まれました。

つまり、この概念が生まれてから30年が経過したことになりますが、どうでしょうか? 現代の男性たちはこの呪縛から解放されたでしょうか。

「強く、優秀でなければならない」

「競争に勝たなければ負け犬」

「怒り以外の感情や弱さを見せてはいけない(男の子は泣いてはいけない、甘えてはいけない、などのバリエーションあり)」

「常に家族を養えなければいけない」

男性が子ども時代から社会や同胞から受け続けるこういった暗黙の圧力は、いじめやうつ病、薬物乱用などとの関連性が今に至るまで繰り返し指摘され、「有害な男らしさ」の典型が局地的文化として蔓延するアメリカの刑務所では、受刑者の自殺率との関連も見出されています。

「有害な男らしさ」からの男たちの解放を目指すオーストラリア発のスキンケアブランド

「うちの広告に腹筋(を見せつけるマッチョな男性モデル)はいらない」という同社の方針を体現するトップページ。なんというか、新しいタイプの男性化粧品モデルだ(同社公式サイト

ここで今回のゼブラ企業の話です。2020年に創業され、同年2月にB-corp認証されたオーストラリア発の「Good Stuff Global」は、そんな「有害な男らしさ」の圧力から男性たちを解放するミッションをサポートするメンズスキンケアブランド。

活動の話をするのが待ちきれませんが、まず同社の製品をご紹介しますと、とにかく「利用者にも、その他の命にもやさしい」ことを徹底しています。商品ラインアップは煩雑な選択を省くために非常にシンプル。全製品ヴィーガンで動物実験不使用、パラベン、アルミニウム、硫酸塩不使用。国内製造。リサイクル素材、もしくはリサイクル可能容器。

たとえば、欧米で男性用化粧品と言えば真っ先に浮かぶのがデオドラントですが、同社はそのデオドラントもロールオンタイプの「シダースパイスの香り」の一商品のみ。商品説明欄には「魔法のように恋人候補が押し寄せてくるような効果はありません。しかし、うちのデオドラントはいい香りが長く続いて制汗もします。それでよくないですか?」と、どこかのブランドを仄めかしながら自社製品の誠実さをアピール。

利用方法に「蓋を取り外し、脇に適量塗ります。入浴後のシャツを着る前が最適ですが、シャワーを浴びる時間がなくリフレッシュしたいときにもオススメです。バッグや引き出し、車の中にひとつ放り込んでおきましょう」と、丁寧かつ明け透けに説明があるのも好感度が高いです。特に初めてデオドラントを使う中学生男子や、忙しくてついデオドラントを忘れがちな社会人にやさしい説明だと感じます。

同様にバスルームで利用するものは「全身ウォッシュ」の1本のみ。「髪の毛からボールたちを経由し、つま先までこれ一本で洗えます」と、「とにかくどこでも洗える」ことをしつこく強調する製品ページには、「なによりも、シャワーブースに置くボトルが1本で済めば場所をとりません。空いたスペースでカラオケでも空手でも好きなことをしてください」と強い信念が明記されています。

髭剃りなどの関連商品があるため、フェイシャルは少し製品の種類が多めですが、そちらも基本的に「一機能一製品のみ」とシンプルを徹底。こだわり製品なのに価格も多くが13AUドル程度(約1200円)とプチプラなのもユーザー目線の設定が感じられます。

最大株主は同一創立者による心の教育団体「The Man Cave」 

そんな同社の創立者は、Hunter Johnson氏という1991年生まれの生粋のオーストラリア人で、元スポーツ少年。ラグビー一直線だった16歳の時に重度の骨折をし、最大のアイデンティティのよりどころを失い苦しむ彼に祖父が、「そんなにスポーツが得意だったのなら、そのエネルギーをもっと有意義なことに使えないかと考えるんだ」と助言したことが、彼を起業家の道へと誘ったといいます。

Johnson氏(同社公式サイトより)

その後、システム論、同国における家庭内暴力や自殺といったメンタルヘルス由来の社会問題の大きさを学んだことをきかっけに、そうした問題への早期介入・予防に携わる仕事をしたいと考えるようになります。

国連やNPOなどで子どもや青年のメンタルヘルスに取り組むキャリアを経たのち、2018年に立ち上げたのが、今回紹介しているGood Stuff Globalの最大株主である『The Man Cave』。主に思春期の男の子を対象とした「心の知能指数」の教育団体です。

Good Stuff Globalの売り上げは自動的にこの団体に投入され(そもそも同社はThe Man Caveの資金調達の一手段として創業された会社)、同団体が国内各地で開催する思春期前後の(主に社会経済的に貧困とされる地域の)男の子たちを対象としたワークショップの運用に活用されます。 

「15歳から44歳までの男性の死因第一位が自殺であり、週に1人の女性が恋人や配偶者といったパートナーによって殺害されている」という痛ましい同国の男性のメンタルヘルスをめぐる状況を、男性の「心の知能指数」の教育を通じて改善するというミッションを負った同団体のキャッチフレーズは、「男らしさへの旅を再定義する」。

「男になるため」に飲酒や性行為、度胸試しの危険行為などに走りがちな文化の地域の男子に、安全な空間で自分なりの男性像を描く健康的な「成人儀礼」を体験させることが目的です。

すでに4万人近くの少年が参加したワークショップでは、心理士のファシリテーションによるエビデンスベーストのプログラムにより、自分自身・人間関係・コミュニティが豊かな生活を送るために必要な感情的および社会的スキルを育てることを目指します。

基本的に3部構成のこのプログラムでは、まず典型的な社会のジェンダー規範が今までに自分にどんな影響を与えてきたかを理解し、自分独自の価値観を探ります。ロールモデルとなる多様なファシリテーター(ノンバイナリーを含む)にも出会います。

2日目は特に女性との関係において、健全な人間関係を築くための様々な方法を学びます。他者をサポートする方法、共感、摩擦の解決、求めや誠実さの表現など。

3日目は自分のいるコミュニティにどのように貢献できるかを考え、3日間の体験を締めくくります。

すべては座学ではなくグループセッションで、3日間を通して弱さも優しさも持つ、ありのままの自分を受け入れ、安心して表現し、かつ他のメンバーの話に耳を傾ける体験(と、そのために必要な言葉、空間、時間など)を提供します。

参加した男の子たちが、この(現代社会、特に貧困地域ではなかなか得難い)体験を心に「より良い人間」として大人になり、その自己受容と共感の文化をコミュニティに吹き込むことで、結果的に将来「有害な男らしさ」文化を緩解することを目指しているといいます。

安全な空間で感情を表現するワークショップの様子(同社公式サイト

参加者からの評価も非常に高く、98%が「他の男子にも勧めたい」とフィードバックしています。「人生が変わった」「今日のことはずっと忘れないと思う」というコメントも。

そもそも団体の名前であるThe Man Caveは、創立者のJohnson氏が米作家Joseph Campbell氏による「The cave you fear to enter holds the treasure you seek(あなたが求めている宝物は、あなたが入るのを恐れている洞窟にある)」という一節にインスピレーションを受けてつけたもの。

自分の中にある弱さや恐れ、男性らしさへの疑問を見つめるのが怖いと特に感じがちなやんちゃな地域の男の子たちにとって、この体験が特別なものであることは想像に難くありません。

「いい男って、どういうことだろうね?」というファシリテーターの問いかけに神妙に聞き入る参加者の少年たち(同団体公式サイトより)

B-corpの新顔であるメンズスキンケアブランドのGood Stuff Globalと、その母体である教育団体The Man Caveをご紹介しました。日本にも上陸してほしい試みです。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。