2023.05.17 ZEBRAS

6歳の孫娘の問いから始まったおじいちゃんの「紙革命」。オランダサステナ製紙会社「PaperWise」の紙の原材料は意外なもの


6歳の孫娘の問いから始まったおじいちゃんの「紙革命」。オランダサステナ製紙会社「PaperWise」の紙の原材料は意外なもののイメージ
(Image:PaperWise Official Facebook Page)

マテリアルとしての「紙」の利用とサステイナビリティ

サステナを語る際に今さら紙を持ち出すのは無粋な感じもしますが、改めてみなさんは、資源としての「紙」にどんな思いがあるでしょうか。

1978年生まれの筆者にとって初めて身近に感じた環境問題は、1980年代に話題となった「森林破壊」で、当時原因の一つとして紙の浪費に焦点が当たりました。それから40年が経ち、私たちは「環境を守る」ために紙に取って代わったはずのプラスチックが原因の環境汚染に悩んでいます。

一方で、「取って代わられた」はずの紙の消費量は増加の一途(国により状況には差がありますが、2021年の紙消費量は世界総計4億800万トンに上り、2032年には4億7600万トンまで増加すると見積もられています)。

デジタル化以降訪れると噂されていた「ペーパーレス」の時代は遠い感がありますが、その背景には単に経済や人口の成長に伴う消費量の増加に加え、パンデミック中に急増し、そのまま私たちの生活の一部となったEコマースの利用などがあると指摘されています。

(Image:unsplash)

ただ、サステナ大国オランダにおけるサステイナビリティの第一人者の一人であるコンサルタントのTom Bosschaert氏は、折に触れ「紙は決して悪いマテリアルではない」と言及しています。

「紙は100%自然の有機物で作ることができ、原材料の調達もいくらでもサステイナブルにできる。利用の最中に毒性もない。リサイクルもしやすく、廃棄された後も環境を汚染しない。プラスチックはすべてがその逆」というのがその大まかな理由です。

「ただし、現状では製造も利用も必ずしもサステナではない紙も多くある。常にライフサイクルアセスメントを念頭に置く必要がある」。

オランダで「サステナな紙」の代名詞となったゼブラ製紙会社「PaperWise」

(Image:PaperWise Official Facebook Page)

前置きが長くなりましたが、今日ご紹介したいのはそのオランダでサステナな紙メーカーの代名詞となっている「PaperWise」というゼブラ企業です。

創立者のPeter van Rosmalen氏は元来エンジニアでしたが、健康上の理由から転職したのちはパッケージングの会社に勤務し、サステイナビリティに情熱を見出して充実したキャリアを築いていました。

しかし2014年のある日、当時55歳だった同氏が6歳の孫娘に「おじいちゃん、あなたが資源を全部使ってしまったら、私が大人になる時には何が残っているの?」と尋ねられ、返答に困ったことが転機となります。実は同氏はサステイナビリティに特化したパッケージ会社で経験を積む中で、「地球の未来のためにはもっと速い変革が必要」と感じていたのです。

「自分が変わらなければ、人が変わるわけがない。変革はいつも自分から始まる(同氏のモットー)」と一念発起した同氏は、安定した職を捨てて家を売却し、孫娘の未来に資源を残すための新事業の設立資金を作ります。こうしてPaperWiseをスタートしたのが、孫娘との会話の翌年の2015年でした。

Peter van Rosmalen氏。確かに孫に甘そうだ(Image:PaperWise Official Facebook Page)

「もったいない」精神が生んだ農業廃棄物から作られた紙

話は創立の少し前にさかのぼりますが、革命的な製紙会社を起業しようと思いついた時点で同氏は、以下のことを知っていました。

・世界中のほとんどの人々の主食である麦や米といった穀物の植物の中で、可食部はたったの15〜20%であること

・非可食部には紙の製造に必要なセルロース(植物繊維)が豊富に含まれていること

・しかしそのほとんどは産業廃棄物として焼却処分され、大量のCO2を排出し、大気汚染の原因となっていること

「そんなもったいないこと、耐えられなかったのです」と同氏は語ります。そこでそれらの穀物の非可食部から紙を作る会社を起こすことにします。

(Image:PaperWise Official Facebook Page)

おじいちゃんの「紙革命」がぶつかった一つ目の壁「工場がない」

しかしここで大きな壁にぶつかります。製紙会社を起業するには、当然製造を請け負ってくれる紙工場が必要です。しかしここで、「既存の製紙工場では、農業廃棄物から紙を作ることは不可能」という壁が立ちはだかります。

そもそも欧州では木や古紙から紙を作るため、麦や米の葉や茎(いわゆる『わら』)から紙を作るための設備はありませんでした。またヨーロッパにおいては多くの製紙会社が原料を自社調達するために林業も運営しており、外部から原材料(しかも既存の設備で使えない)を購入して自社の工場で紙を製造することに興味を示す会社は一切なかったのです。

見出した意外な活路、しかし譲れない条件が

出航したとたん座礁しかけた同社ですが、紙革命おじいちゃんこと同氏は生粋のオランダ人でした。「国内にないなら、海外に探しに行けばいいじゃない」と世界の製紙事情を調査した結果、南米とインドには穀類の農業廃棄物から紙を作る施設があることを突き止めます。

ただし提携には譲れない条件がありました。自社の工場は地域社会にとって有益な存在でなければならないと考えていたため、農業廃棄物から作った欧州市場の品質基準に見合う製品を安定して供給してくれることに加え、従業員への研修・インフラ・健康保険への投資をしていること、製造プロセスが安全・ゼロウェイスト・再生可能エネルギー使用・CO2ニュートラルで、地域の生態系を保護していることなど、バリューチェーン全体がサステイナビリティにフォーカスしている工場のみをパートナーとして選びました。

二つ目の壁「サステナだと証明できない」 

生産の見通しが立ち、マーケティングを考える場面で同社はまた壁にぶつかります。ヨーロッパ市場で全く新しいタイプの製品だったため、既存の認証マークなどに認定してもらってサステイナブルであると証明するラベリングをすることができませんでした。また「原材料はサステナでも、海外の工場から輸送する過程でフットプリントを残すのでは?」といった消費者からの疑問も尽きませんでした。

そこで同社はアムステル大学のLCA(ライフサイクルアセスメント)研究チーム・データベースのIVAMに調査を依頼し、同社の紙製品の原材料の栽培から廃棄後までライフサイクルにおけるフットプリントを、原材料の抽出から輸送に至るバリューチェーン全てにおいて包括的に分析しました。

結果、従来の木のパルプを利用した紙のフットプリントを100とした場合、「再生紙」が74、「PaperWiseの紙」が53という「お墨付き」を得たのです。

次々と申し入れられた大企業との提携、今後のビジョン 

「再生紙よりもフットプリントの少ない紙」には、ほかにも多くの付加価値がついていました。同社のビジネスを支援することで、より多くの農業廃棄物に第二の人生を与えられること。焼却処分を防ぐことで、CO2排出を抑えられること。インドや南米の工場の従業員や、廃棄物を売却した農家の経済的安定を支援できること。

メディア露出が増え、「次世代起業家賞」「サーキュラーアワード」など受賞が重なると、ストーリーに惹かれた企業が次々に同社との提携を申し入れました。

欧州で最大のオーガニック食品物流会社Aotaをはじめ、「生産過程に奴隷労働なし」を目指してオランダ1のチョコレートメーカーとなったTony’s Chocolonely、同国を代表するビールメーカーであるHeineken、隣国ドイツのコスメブランドWELEDAなどが自社商品のパッケージにPaperWiseの紙を採用。また、航空会社Lufthanzaは機内で提供する飲食物の容器をプラスチック製のものから同社の紙でできたものに切り替えました。

(Image:PaperWise Official Facebook Page)

「私たちの紙は少しだけ高いので、安さで売り込むことに慣れている仲介業者には敬遠されました。なので直接、ブランドオーナーにアピールしたのです(Van Rosmalen氏)。」

2021年の時点でVan Rosmalen氏は「創業以来お客様とともに、すでに1,070万kgを超える農業廃棄物に第二の命を吹き込みました。それらが焼却されなかったことで、1万6,000トンの CO2 を節約したことになります。私たちが農業廃棄物から紙を作ったことで31,800本の木が守られ、30.5 km²の森林破壊を防ぎました。私はこれをとても誇りに思っています」と語っています。

そんな同社の今後のビジョンですが、実は起業当時潰えたかに見えたヨーロッパでの生産の目標もまだ諦めていません。既存の設備を流用することはできないため、新しい工場を一から作る必要があります。ヨーロッパの農業廃棄物を分析し、それに適した設備を研究し、それを含む工場を建設するには、2年の時間と1億ユーロの資金が必要になると見積もられています。しかしVan Rosmalen氏は前のめりです。

「でも、知ってます?ヨーロッパで今、使われずにほとんど焼却処分されてしまっている農業廃棄物のたった2%で、ヨーロッパ中の紙の需要をカバーできるんですよ?」

実はこの「紙革命おじいちゃん」の目的は「サステナな紙を作ること」ではありません。同氏は折に触れ「製紙業界に『紙を作るために木を切る必要はない』ということを身をもって示すこと」がビジネスの目的であると明言しています。同社の最終的なビジョンは、「世界の子どもたちが学校で『紙は、農業廃棄物からできている』と常識として教えられる日が来ること」だといいます。

蛇足:「わら半紙」を思い出してもやもやしている方へ

最後にこれは完全に蛇足なのですが、「わら」と「紙」が登場した本稿を読んで昔懐かしい「わら半紙」の存在を思い出した方はいらっしゃるでしょうか。学校でわりと重要度の低いプリントなどが刷られていた、いかにも安っぽい砂壁色の紙のざらざらした手触りを覚えていらっしゃる方もいらっしゃるかもしれません。

日本の「わら半紙」は明治初期に登場しましたが、名前の由来となった「わら」を利用していたのはほんの数年だけでした。その後は木材パルプや古紙から作るようになり、「わら半紙」の名称だけが下級印刷用紙を指す一般名称として残りました。90年代にオフィスでプリンターやコピー機が手軽に使われるようになると紙詰まりを起こしやすいことから急速に利用されなくなり、姿を消したそうです。

(Image:写真AC

日本では歴史の中に埋もれてしまった「わらでできた紙」が今、オランダで紙に革命を起こし、これから世界のスタンダードになっていくかもしれないと考えると、ちょっとワクワクしないでしょうか。

ちなみにPaperWiseの紙は「わら半紙」とは全くの別物で、木材パルプから作ったものと見分けがつかない高品質です。どうぞご安心を。 

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。