2023.08.17 ZEBRAS

世界最大の協同組合「モンドラゴン協同組合」。自律的で持続可能なアメーバ組織の成長とその仕組み


世界最大の協同組合「モンドラゴン協同組合」。自律的で持続可能なアメーバ組織の成長とその仕組みのイメージ

歴史ある世界最大の協同組合でありビジネス組織

協同組合に関わりのある方なら、『モンドラゴン協同組合』(スペイン語:Corporación Mondragón)の名前をご存知かもしれません。同組合は、スペインのバスク州ギプスコア県アラサーテ・モンドラゴンに基盤を置く労働者協同組合の集合体です。

とはいえそのビジネスサイズは、私たちの抱く「協同組合」のイメージをはるかに超えています。

同組織のビジネス領域は、金融・工業・小売そしてナレッジの4つ。その4領域において、たとえば2019年の年間収益は122億ユーロ=約2兆円。その規模はバスク地方のビジネスランキングで第1位、スペインでも常に10位以内に入っています。

国内の組織は95の独立した自治協同組合、約8万人の従業員と14の研究開発センターで構成されているほか、世界中で事業を展開しており、37カ国に141の生産工場、53カ国で商業事業、150カ国以上で販売事業を行う国際企業としての顔も。

Image: Official Website

あくまで自治的な「協同組合」、アイデンティティのジレンマも

「自治的な協同組合の集合体」であると自らを定義し、国際協同組合同盟の定義に従って運営しつつも、ビジネス的な手法も否定しない同組合は、多面的な顔を持つために様々な疑問も投げかけられています。

まずは本領の「協同組合」としての顔。このアイデンティティは、どの組合もどれだけ収益を上げても株式公開などをせず、あくまで労働者主権を旨とし全従業員の民主的な運営により経営されることに由来します。

モンドラゴンでは、「労働経営者」と呼ばれる経営に携わる仕事をする組合員と、それ以外の職場・出先や工場で労働し最低賃金を得る組合員がおり、組合の経営に関する決定は全員が等しく価値のある一票を投ずることによりなされます。

管理職にあたる労働経営者の賃金は最低賃金の3~9倍の間と決まっており、各組合において管理職としての仕事にどれくらいの価値があるかの投票をしてその比率が決定されます。ただ平均的には労働経営者の賃金は最低賃金の5倍程度であり、後述の教育システムのおかげで最低賃金のみを得ている労働者はほとんど存在しないため、実際にはこの格差はもっと小さいとのこと。たとえば、アメリカにおいて2020年のCEOと一般的な従業員の報酬比率が351対1 (経済政策研究所調査) であることなどを考慮すると、その差は格段に小さいと言っていいでしょう。

収益はもちろん株主に配分されたりすることなく、組合とその構成員に還元されます。組合の収益が直接、自分の報酬に響くため、出世しても報酬の上昇は緩やかであるにもかかわらず従業員のモチベーションとパフォーマンスは一般的な企業よりも高い傾向があると指摘される一方、一部の文化圏からは「社会主義的だ」と懐疑的な目を向けられる憂き目にもあっています。

一方で同組合は、大きな収益を上げている複合企業としての顔も。特に海外事業などで現地スタッフを雇用したり業務を外部委託した場合、全ての関連従業員が組合員ではないという現象も起こるため、「結局安い外国の労働力を利用もしているのだから、バリバリの資本主義だ」という批判も。しかし海外では法律の問題で現地協同組合の設立ができなかったり、他の企業に対して競争力を持つために価格の低い労働力や原料を使うケースがあったりで、これも一筋縄ではいかない問題のようです。

ある人は「社会・共産主義的な共同体」と感じ、またある人は「所詮資本主義の営利目的企業」と感じる。こういったアイデンティティのジレンマ問題も、同組織が他に例のないユニークな存在であることを証明しているかもしれません。

また先述の管理職と報酬最低賃金の比率に関して、まだ小さいとはいえ発足当初の「最大3倍」からじりじりと格差が広がっている事実に「民主主義が徐々に薄れている」と嘆く関係者もいるとか。

教育機関としての顔には歴史的な背景

さて、そんなモンドラゴンですが、その成り立ちから「教育は私たちのDNAである」と自負し、教育機能も充実しています。

教育組織は博士号まで取得可能なモンドラゴン大学(学生数5,600)、学びとインターンシップを両立する学生協同組合、2つの工芸(工科)学校の4つ。いずれも教育と協同組合のうち一つでのプロジェクトやタスク遂行を交互に行うことで、専門的なサポートを受けながら仕事の経験を積んでいくことができる「デュアル教育」のシステムです。

ビジネスを実践し利益を上げる企業体としての協同組合と教育機関が近しい距離感で協働することで実践的な学びが身につき、また別の面では、モンドラゴンで就いた仕事が合わない場合には退職して学び直すこともできるとのこと。

彼らがその教育機能を「DNA」と自認する背景は、モンドラゴンの起源にさかのぼります。そもそもモンドラゴンの前身はJosé María Arizmendiarrieta氏という若きカトリック司祭が、1943年にまだ内戦の影響で貧困や飢餓がはびこるモンドラゴンに設立した職業訓練校でした。

José María Arizmendiarrieta氏(Wikipediaより)

社会正義と人間の尊厳に対する意識の高かった彼は「モンドラゴンの協力体験」と銘打ち、労働者と地域社会の利益のために多くの団体を立ち上げました。

その中で、中世から金属工業の盛んだった同地域でも主力だった鍵屋協会が提供していた小規模の職業訓練校に意義を見いだし、地域の全ての若者に訓練・教育の機会を与えたいと考えたのです。「知識の社会化が真に権力を民主化する」が彼のモットーでした。

当初は労働時間を削って教育を受けさせることに経営者たちの賛同が得られず、生徒たちは11カ月の修学中は午前4時間働き、午後6時間学ぶという時間割を組みました。これが現在まで大切にされている「働きながら学ぶ」デュアル教育の核となっています。

1955年にその学校の卒業生の中から優秀な5人を選出して、パラフィン・ヒーターを製造する小さなワークショップを設立したのが、現在まで続くモンドラゴンの最初の協同組合でした(同組合は後にスペイン最大の家電メーカーに成長しています)。

最初のワークショップ(Image: Official Website)

その後、最初の15年間は閉鎖経済の中で順調に利益を上げ、1959年、組合の一事業として信用協同組合が、1966年には社会福祉事業として保険業が設立されました。1969年には地元にあった9つの消費者生活協同組合をスーパーマーケットチェーンとして統合し、1997年にはモンドラゴン大学を開校と、着々と現在の形態に発展しました。

危機はどう乗り越えた?組織の持続可能性 

さて、そんな同組合ですが、当然ビジネスを経営する上で厳しい時期もあります。

先述の最も古い協同組合で後にスペイン最大の家電メーカーとなったFargoは、欧州の経済危機、アジアからの競争力の高い製品の流入、スペインの住宅難などが重なった結果2013年に倒産しています。しかし、これはモンドラゴンでは非常にまれなケースで、基本的には全体として非常に持続可能性の高い運営が成立しています。

モンドラゴン内で最大の協同組合であるEroskiスーパーマーケットチェーンのソーシャル・ディレクターであったEmilio Cebrián氏は、「(モンドラゴンの協同組合が不況に強いのは)、私たちがフレキシブルだからです」と語っています。

景気が悪い時、経営が厳しい時は、組合員みんなで決めて一律に人件費を削減するとのこと。管理職にあたる労働経営者が配当を放棄し、真っ先に給与の見直しをすることももちろんです。

また、組合の中で人員が余剰になった時に、モンドラゴン内の他の組合に再配置するということも盛んだそうですが、これには先述の仕事の現場に密接した教育システムも大きく貢献していると見られます。再配置された先の仕事にトレーニングを受けながら慣れていけることで、人員の流動性は格段に高まるでしょう。 

先述のCebrián氏が「お金でも同じことをするシステムを発明した」と表現する、組合間で資金にも柔軟性を持たせるためのモンドラゴン財団も存在します。純利益を計上した組合は、一定の割合を財団に基金造成しますが、その基金は損失決算だった組合への支援にも充当されます。ただしこの基金は教育活動や研究開発プロジェクト、新しい組合の創設資金など前向きな支援に使われる割合がより多くなっています。

それぞれの組合はまた、純利益の中から一定の割合を「地域社会基金」として財団に積み立てます。この基金でモンドラゴン財団がする地域社会貢献は、主に教育や起業、研究開発などに対する資金提供。これはもちろん地域貢献として行っている事業ですが、そうして生まれた事業や研究プロジェクトと組織内の組合が協働したりと、モンドラゴンのフレキシビリティを組織内だけでなく組織外にも広げています。

受け継がれるモンドラゴンの竜伝説 

自治的でフレキシブルで、持続可能性の高いアメーバ組織・モンドラゴン協同組合。これにはもちろんガバナンスのあり方、創業当時から受け継がれるデュアル教育の完備などシステムの貢献が大きいのは言うまでもありません。ただ一つリサーチする中で、もしかしたらクリエイティブで協働的な土地柄が元々あったのかもしれないと思わせた伝説がありました。

むかしむかし、モンドラゴンの山から下りて来ては生娘をさらって食べる竜がいたそうです。退治するために一致団結したモンドラゴンの人々は知恵を絞り、蝋人形で美しい娘を作って竜に差し出しました。ワックスが口の中で溶けて竜が面食らった隙に、鉄工が全員、自分の作った道具を手に襲い掛かり竜をやっつけた、というものです。

西洋の竜伝説といえば、困っている村人を助けに来てくれるヒーローがつきもので、その人が村の聖人としてまつられていたりするケースが多い印象ですが、ここでは村人が協力して解決しています。

伝説が何らかの史実に基づいている可能性を考えると、この土地で「世界最大の協同組合」が生まれたのも偶然ではないのかもしれません。

文:ウルセム幸子

編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。