2024.01.11 ZEBRAS

オランダ、「サステナアレルギー」の極右政党勝利によりサステナ界がピンチ…かと思ったら?2024年のサステナ動向予想


オランダ、「サステナアレルギー」の極右政党勝利によりサステナ界がピンチ…かと思ったら?2024年のサステナ動向予想のイメージ

「極右勝利」がニュースになったサステナ大国

2023年終盤の総選挙の結果により、オランダの極右政党が最大政党となったニュースをご覧になった方もいらっしゃるかと思います。

世界でナショナリズムやポピュリズムが台頭する時代にあっても、何世紀も続く開けた国家運営でリベラルをアイデンティティとしてきたオランダまでが、まさか…!?というのが、多くの人の印象だったのではないでしょうか。筆者の身の回りのオランダ人や各メディアの報道も実際、おおむねこのニュースはセンセーショナルな扱いでした。

というのも、あくまでオランダの田舎町で生活するいち日本人としてですが、特に近年国民が右傾化しているという印象は受けません。この「極右政党」PVVの勝利の背景には、13年続いた現政権(特に移民対策で迷走したこと)への失望や、「国内でのイスラム活動を一切禁止する」とエキセントリック路線を突っ走ってきたPVVがこのたびの選挙にあたって妥協の余地をアピールしたことなど、複数の要因が指摘されています。

その中でも彼らにとって軽視できない追い風になったと見られているのが、現政権がサステナ政策をめぐって「リベラル」と同じくらい国民のアイデンティティである「農業」と軋轢を生んでしまったこと。環境政策をアグレッシブに進める中、窒素排出量の規制案が農家を圧迫すると反感を買い、現窒素大臣の「天敵」である新興勢力の農家市民運動党が春の地方選で大躍進を遂げたことは記憶に古くありません。

「ファーマー」であることはオランダ人の大きなアイデンティティ(筆者撮影)

サステナ界各組織から嘆きのコメント

元々「ケチで合理的すぎる」と周辺諸国からも不評なオランダの国民性は、開拓精神でイノベーションが生まれやすい風土ともあいまって、サステイナビリティへのかじ取りを強力に推進してきました。

総選挙の直後に発表された2024年度のCCPI(気候変動パフォーマンス指数)でも、資源再利用率や再生エネルギーへの取り組みなどが評価されて同国の順位は前年度の13位から8位に上昇しています。それだけに、各業界でサステナに取り組む関係者は今回の選挙結果に悲嘆を隠しませんでした。

英国発の環境保護団体、エクスティンクション・レベリオン(XR)オランダ支部のヨランデ・スヒュール氏は、選挙結果を受けて「今回の選挙で明確になったことが一つだけあるとすれば、政治は私たちの救いにはならないということだ」と嘆きのコメントをシェアしました。

グリーンピースも選挙の2日後にはコラムを更新し、PVVの党首ヒェルト・ウィルダース氏を明確に「気候変動否定論者」と呼んで批判。「地球だけでなく私たちの財布にもやさしく、ウクライナ戦争でもさらに必要性が明確になった自然エネルギーへの移行を中止するのは、まさに愚行」「同氏が連立を組むことに成功し、政権を握れば、本来は急ピッチで加速していかなければならない気候対策に、少なくとも2024年から2028年までの間大きなブレーキがかかることになる」と懸念を表明しています。

オランダにおけるサステイナビリティの第一人者であるコンサルタントのトム・ボスハールト氏も、「(PVVの勝利は)みんなの時間の無駄遣いだ。オランダ人の4分の1があんな人を支持したなんて、世界に対して恥ずかしい」と肩を落としました。

長年いろもの扱いだった「キャプテン・オキシドール」のサステナ観 

ここまで言われる「極右」PVVリーダーのウィルダース氏は、海外メディアにはしばしば「オランダのトランプ」と表現され、またイメージ戦略のため長年髪を明るい金髪に脱色していた(実はインドネシアの血を引いています)ために国内メディアからは「キャプテン・オキシドール」などと揶揄されてきました。

若き日に世界を放浪した際に目にしたイスラム文化の不寛容性に嫌悪感を覚えたことが、彼の最大の主張である「反イスラム」を形成したと言われています。政治家としてのキャリアの中でも差別的な発言で有罪判決を受けたり、安全上の理由で英国への入国を拒否されたりしたこともある、控えめに言って少々お騒がせな人です。

ウィルダース氏(Wikipediaより)

また反イスラム主張の陰に隠れがちですが、サステナ政策に関しても普段から「こんな小国が何をしても、気候を救えるわけがない」「(科学者が予言するような)気候変動による災害は、実際には起きていない」「(サステナ政策は)無意味な趣味」と否定的な発言を次々に繰り出しています。

今回の選挙に際してもほとんどの政党がそれぞれのサステイナビリティ政策を打ち出す中、PVVは「サステナサステナうるさい!」と、現在大量にエネルギー改革に注入されている税金を他の用途に使うべきだと主張した唯一の政党でした。

環境やエネルギー対策はもちろん、同氏が「反イスラム」で皮肉にも否定してしまっている平等とインクルージョンはサステイナビリティの重要な要素です。そういった意味で全方位からサステイナビリティの理念と真っ向対決する同氏がこのサステナ大国で勝利を収めたニュースは、多くの人にとって驚きとともに迎えられました。

楽観的な見解を支える土台―国民性とEU 

しかし、このPVVの勝利に眉を顰めるオランダのサステナ業界が希望を失っているかというと、意外と楽天的なコメントが目立ちます。

まず第一に、先述の通りオランダのサステイナビリティ改革はトップダウンの政府主導ではなく、合理的で自然を愛する国民性をベースとして「民・産・学」のイノベーションが推進してきたという背景があります。

エネルギーコンサルタント会社のディレクターであるキース・ファン・デル・レウン氏は、オランダの議員のほとんどが「現状維持」を支持している事実も含め、「オランダの気候政策は、EUとの約束やロシア産ガスへの依存を脱却する必要性、各企業の熱意によって導かれている。気候政策が大幅に遅れる可能性は低いと思う」とコメントしています。

第二に同氏も触れている通り、一国の権力者が変わっても国が参加しているEUの取り組みはそのまま続行です。オランダも例外ではなく、温室効果ガス排出量のほぼ半分はEUの規則の対象となっています。2050年までにEUの排出量を実質ゼロとする欧州グリーンディール戦略、その核となる欧州気候法、2030年をめどとした欧州生物多様性戦略などの取り組みにも参加しており、内閣はこれに従わなければなりません。

もちろん反EU派のウィルダース氏はこういったヒエラルキーも踏まえ、「ブレクジット」ならぬ「ネグジット」の可能性にも繰り返し言及しています。しかし、国民の脱EU支持率は年々低下して2023年の時点では1割強に留まっており、これを過半数までに引き上げるのはどんなリーダーでも至難の業。また、移民制限のための国内法整備を最優先事項に据えている同氏が脱EUにそこまでのエネルギーを割くことはなかろうというのがおおかたの推測です。

最後に、EUという「上から」、国民性と民間努力という「下から」の圧力に加え、同党には「横から」の牽制も。先述の通り、PVVはサステナへの取り組みを否定した唯一の政党ですが、今回の選挙で議席数を伸ばしたとはいえ下院150議席中の37議席。実際の法改正などに必要な過半数には遠く及ばず、また政権成立のために必要となる他党との連立の形成に苦戦している様子も早くも報じられています。

つまり、そもそもウィルダース氏にとって「首相」のポストはまだ約束されていない上、さまざまなハードルを超えてその権力を手にしたところで暴走は許されないシステムなのです。

総合的に見てPVVの勝利は、すでに理想的とはいえないサステナ対策のスピードに対する関係者のやきもきを少々悪化させる要因ではあっても、サステナ業界の取り組みにそこまでのブレーキをかける原因にはならないというのがもっとも現実的な見方のようです。

オランダの2024年サステナ動向は?

「極右政党の勝利により、オランダはサステナ志向から大転換!」といった内容を期待してくださった方には申し訳ない地味なご報告になりましたが、2024年もオランダはこれまでと同様にサステイナビリティへの取り組みを推進していく模様です。

2050年をめどとしたEUサステイナビリティ戦略の中間地点でもあり、国としても物流業界のモビリティから排出されるCO2をゼロにするなど、さまざまな目標の締め切りに設定されている2025年の前年となる2024年。一国の首相(に、無事なったとしても)のサステナアレルギーなどに気遣ってはいられないというのが、業界の本音かもしれません。

文:ウルセム幸子

編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。