2024.01.18 ZEBRAS

経済学の考える「理想の社会」と、ゼブラ企業の果たす役割 ―株式会社陽と人の場合―


経済学の考える「理想の社会」と、ゼブラ企業の果たす役割 ―株式会社陽と人の場合―のイメージ

はじめに

社会課題解決と経済性の両立を図る、ゼブラ企業の取り組みは、これまで経済性を重視してきた従来の企業とは異なるあり方であるように見えます。

経済学は、ヒト・モノ・カネといったリソースをどのように配分し経済を回していくかについての理論を構築してきた学問です。

ゼブラ企業を経済学の観点から捉えると、どのような示唆が得られるのでしょうか。
このコラムでは、ゼブラ企業を経済学の視点で捉えてみたいと思います。

経済学における「理想の社会」とは?―「社会厚生」が最大であること

経済学において、理想の社会はどのように捉えられるでしょうか。
その答えは、「社会厚生」が最大である状態、となります。

「社会厚生」は、経済学上の社会状態の尺度として開発された概念です。
ここではまず、社会厚生とは何かということについて説明したいと思います。

図1

この図は、価格(P)に対してどれくらいの需要があるかを示した需要曲線(D)と、価格(P)に対してどれくらいの供給があるかを示した供給曲線(S)を描いた図です。

この曲線は、Poで交わっており、Po(例えば100円)で、取引が成立し、Qo(例えば1個)の売買が実行されることになります。

ここで、社会厚生とは、消費者余剰(CS)と、生産者余剰(PS)の合計の、青とグレーで色塗られた部分を指します。

消費者余剰とは、消費者が支払ってもいいと考えている金額と、実際に支払った金額との差で表されます。

需要曲線は、無数の消費者の需要曲線を足し合わせて出来たものであり、実際にはPoより高い金額を支払ってもよいと考えている消費者にとって、その金額と実際に支払う金額との差が、消費者余剰(CS)として計算されています。

生産者余剰は、生産者が実際に販売する価格から、その製品を生産するのに必要な費用を引いた金額をさします。

供給曲線は、無数の生産者の供給曲線を足し合わせて出来たものであり、実際にはPoより低い金額を売ってもよいと考えている生産者にとって、その金額と実際に販売する金額との差が、生産者余剰として計算されます。

社会厚生は、市場参加者が市場価格の取引から得られる満足感に近いものとしてとらえることが出来ます。
そして、経済学では、この社会厚生が最大となる取引が、最も効率的に人・カネ・モノを配分出来ている、よい取引とされています。

「社会厚生」が最大となる取引とは

では、「社会厚生」が最大となる取引とはどのような取引でしょうか。

それは、「完全競争」が保たれている場合、ということになります。

これは、大勢の生産者と消費者がひとつのマーケットに参加し、生産者と消費者の間に情報の差がない状態で、一つの財を決められた価格で自由に売買する状態のことを指します。これは経済学のモデル上の仮定で、非現実的のように見えるかもしれませんが、それに近い状態を現実の経済から模して考えていくのが、経済学の考え方になります。

裏を返すと、「社会厚生」は、「完全競争」が実現出来ていない、すなわち、「不完全競争」であるとき、「市場の失敗」が存在し、最大化出来ていないと言われています。それが、「不完全競争市場」です。

例えば、消費者と生産者には、現代社会においても、財・サービスにおいて圧倒的な情報格差があると考えられています。代表的な例は、不動産や中古車で、サービス提供者は財の本来の価値を把握していますが、消費者はそれが分からない状態で、説明を受けて購入することになります。これにより、消費者は品質の低い財やサービスを需要せざるを得なくなってしまうのです。

ここでは、消費者と生産者の情報格差が解消された場合、それは需要曲線あるいは供給曲線に加味することで、社会厚生を最大化出来ると言えます。

ゼブラ企業「株式会社陽と人」の場合

Zebras and Companyの第1号案件でもある「株式会社陽と人」の事例を見ていきたいと思います。

「株式会社陽と人」は、福島県の農業課題の解決と、女性の健康課題の解決を目指して、小林味愛さんが設立した会社です。※こちらの記事も参照

このうちここでは農業課題について取り上げたいと思います。

「株式会社陽と人」は、福島県の桃農家と事業を推進しています。

地方の桃農家にとって、現在の桃の規格と市場価格は、原材料の高騰、高齢化による生産性の低下、気候変動による追加の対応を要する労働量等に比して必ずしも報われないと思ってしまう構造になっていました。

戦後の社会需要とそれに応えるための流通構造上、形が揃っていて見た目がきれいな桃だけが食料の安定的・効率的な供給の観点から価値あるものと捉えられ、生産量の約1割、多くて4割が規格外品として廃棄、あるいは格安で加工用原料として買い取られていました。つまり、通常食品ロスの統計として出てこない「生産段階での見えない食品ロス」が多く出ています。

そこで、「株式会社陽と人」は、これまで廃棄されていた規格外の桃を、消費者が購入できるようにしました。福島の桃農家とともに適正価格を捉えなおし、同時に不要なコストも削減することで、生産者の手取りを増やすことができ、かつ、消費者も購入しやすい価格と流通経路を確立させました。

これを経済学で捉えると、消費者にとっては、生産量の多くが規格外品となっていることを知らずに、市場に流通するきれいな桃だけを安価で購入しているという情報の格差が存在しており、「不完全競争」による「市場の失敗」が存在していたことになります。

「株式会社陽と人」は、規格外の桃という、本来価値のある商品を市場の中に生み出し、成立させたことで、情報の非対称性を解消した市場を実現させ、「社会厚生」を増大させた、ということです。

ここで、桃農家は生産者、消費者は桃を買い取る消費者を指しています。

市場では取引されていなかった規格外の桃の市場が出来ることにより、消費者は規格外の桃という商品の存在を知り、それを購入することで市場全体の厚生を増大させたのです。

実際、消費者には、見た目はきれいでなくても美味しい桃を手頃な価格で自家用に購入したいという需要があり、これまで価値がないものとされてきた規格外の桃はこの需要に応えることに成功しました。

桃農家は、規格外の桃を販売出来ることで、低収益の構造的な原因を解消し、後継者不足や気候変動対策といった新たな課題への対応への余力を得ることが出来ました。

また、「規格外品」を流通させる構造をつくる、という試みの結果、桃の美味しさが消費者に浸透し、お値打ちの規格外品のみでなく、相乗効果で正規品や贈答品も多く売れるようになりました。これは、市場規模拡大により「社会厚生」が増大するという副次的な効果も得られたことを示しています。

ゼブラ企業「株式会社陽と人」のさらなるチャレンジ

「株式会社陽と人」は現在、高齢化が進み生産性が落ちていくという桃農家の課題に対して、保全農法を取り入れ土壌を再生する取り組みを通じて、1個当たりの桃の付加価値を上げるということにもチャレンジしています。

これを経済学で説明すると、以下のようになります。

肥料・農薬・燃料などのコストを削減することで、桃農家にとっての技術革新となり、同じ価格でもより沢山の供給量を実現出来ることから、供給曲線が右にシフトします。(図2①)

また、高品質の桃を作ることで、1個あたりの桃の価格を上げることにも成功しており、同じ需要量でもより高価格の桃の需要を生み出していることから、需要曲線が右にシフトしています。(図2②)

新しい供給曲線S‘と新しい交点P’、Q‘の作り出した「社会厚生」(①+②)が、増加したことになります。

図2①
図2②

「株式会社陽と人」は、高齢化による生産性減少という課題についても、技術革新を起こすことで供給曲線を右シフトさせ、人口減少により需要が先細っていくという需要減に対しても付加価値の追加という形で需要曲線を右シフトさせ、「社会厚生」を増大させる取り組みを行っているのです。

ゼブラ企業「陽と人」の取り組みの経済学的な意義

本コラムでは、経済学上での望ましい価値基準となる「社会厚生」の解説と、ゼブラ企業「株式会社陽と人」の取り組みの経済学的な意義について述べてきました。

「株式会社陽と人」は、情報の非対称性という業界構造の課題について、「規格外品」を流通させる構造をつくることで、また農家の高齢化という課題について、土壌の再生という技術革新を達成することで、経済学上の社会の尺度である「社会厚生」を増加させることに成功していると考えられます。

ゼブラ企業は、社会課題解決と経済性の両立を通じて、社会に対し様々な貢献をしていると考えられますが、今回は経済学の「社会厚生」という観点から、考察を行いました。

今後も、様々な形で、ゼブラ企業についてのコラムを発信していきますので、ぜひチェックをお願いいたします。

PROFILE

相澤なつみ

コンサルティングファーム勤務、東京大学未来ビジョンセンターにて客員研究員も務める。 「経済性と社会課題解決の両立」を担うゼブラ企業経営の理論化に向けて、コラム執筆を担当。 趣味は読書と観劇とお笑い。