2024.05.28 ZEBRAS

「最もサステナが遅れている業界」医療業界からB-corp入り。Nu-Green(イギリス)・Abstractive Health(アメリカ)


「最もサステナが遅れている業界」医療業界からB-corp入り。Nu-Green(イギリス)・Abstractive Health(アメリカ)のイメージ

「最もサステナでない業界」?

突然ですが、「サステイナブルでない業界」といえばどこでしょうか。

「飛び恥」でおなじみの航空業界?環境汚染や労働問題が広く知られてきたファッション業界?毎日大量のフードロスを出している外食産業でしょうか?

様々な視点から特にSX(サステイナビリティシフト)の早急な加速が望まれる業界は多々ありますが、オランダにおけるサステイナビリティコンサルタントの先駆者であるTom Bosschaert氏は多くの国で最もサステナ議論が遅れている業界として「医療業界」を挙げています。

医療には人命や健康を守るという大命題があります。サステイナビリティも詰まるところは人(特に未来の世代)の健康や命を守るためのものではありますが、多くの場合、環境や社会のシステムを通じた長期的なアプローチ。一方、今目の前にある人命の救助が最優先の医療業界においては資源やエネルギーといった他のサステナ要素はもちろん二の次です(例えば自分の子どもが生き延びるために必要な手術が環境フットプリントが大きかったとして、あきらめる人はいませんよね?)。

また、高齢化やコロナ問題などによる医療現場の人手不足、安全性や衛生の問題、法律やプライバシー問題など、医療をめぐる様々な状況が「サステナより大事なことが山とある」この業界のSXを阻んでいます。

グリーンディール、医療領域が別個にゴールを設定

しかし、サステナシフトに聖域はありません。オランダでは2015年から、欧州グリーンディールの医療部門版ともいうべき「Green Deal Duurzame Zorg」(グリーンディール・サステイナブル・ヘルスケア)の取り組みが始まり、加入国を増やしています。

同取り組みにおいては、気候危機を人類の健康に対する最大の脅威と認めた上で、一方で同国の医療部門が国のCO2排出量の7%、廃棄物の4%を占めているという矛盾を打破するために、①市民の健康推進、②医療関係者への環境問題啓蒙、③CO2削減、④資源のサーキュラリティ、⑤薬品の適正利用、の5本柱で様々な取り組みを行っています。

ビジネスにおいても、先述のような背景でサステイナビリティがほとんど顧みられてこなかった医療業界は、逆に伸びしろが大きいと見る向きもあり、医療業界からB-corpの仲間入りをするゼブラなスタートアップも世界のあちこちで出現しています。

廃棄物のサーキュラー化に挑む「Nu-Green Consultant」(イギリス)

そのうちの一つが、医療現場で出る廃棄物のサーキュラー化に挑むNu-Greenコンサルタント。イギリスNHS(国民健康保険サービス)からスピンオフした、研究主導の持続可能性コンサルタント企業で、2023年11月にB-corp認定を受けています。

元々は、医療業界における廃棄物削減の可能性を研究するNHSのいちプロジェクトとして始まったもの。特に無菌性・滑らかさ・加工のしやすさなどからどうしても乱用されがちなプラスチックの廃棄物のリデュースやリサイクルの方法を見つけることを意図していました。

しかし、その中で現状においては、プラスチックを代替品に替えた場合、どうやってもCO2の増加や廃棄費用の上昇などの形で環境や国民への負担が増えてしまい、決してサステイナブルでないことが明らかになりました。

そこでサーキュラーエコノミーを専門に、医療廃棄物のリデュース・リユーズ・リサイクルの効率的な方法を研究し、実際にフットプリントを削減してサステイナブルな文化を構築することに専念する企業として独立したものが同社です。

現在、医療機関などへのコンサルテーション、研究機関とコラボしてのイノベーションの研究・開発、医療業界におけるサーキュラリティ教育などを行っています。

廃棄物削減コンサルテーションにおいては、現場からの聞き取りと一定期間に渡る廃棄物サンプル収集・分析から、システムアプローチをベースとした新戦略の構築・実装、その後の評価まで包括的にカバー。研究・開発部門における目下最大のプロジェクトは、大学と協働で進めている医療廃棄物を建築材にリサイクルする技術です。

創設者のClare Atkinson氏の「(現状では)推定年間15万6,000トンの医療廃棄物が排出され、その処分費用に年間約7億ポンドの税金が費やされている」「それらの廃棄物は主に焼却か埋め立てで処理されているが、どちらも大気や土壌を汚染し、人の健康を損ねることにより医療費の高騰という形で国民健康保険サービスに負担が巡り返って来る。私たちはこのサイクルを止めたいのです」というコメントに、国の健康保険システムの運営に距離が近い企業ならではのダイレクトな危機感が伺えます。

人的資源を持続可能に。Abstractive Health(アメリカ)

もう一つ、Nu-Greenと同じく2023年11月に医療業界からB-corpの仲間入りをしたのが、アメリカ発のAbstractive Health。少しイメージのつきにくい企業名は、同社開発AIツールの得意技である「概要(abstract)の作成」に由来しています。

同社は医療機関における臨床記録を合理化するAIツールの開発により、「診察時間の倍以上を費やしている」といわれる医師の書類作成・精査・要約作成などの作業をサポートしています。結果として臨床医がバーンアウトすることを防ぐとともに、「患者と向き合う」という医師本来の仕事をできる時間を確保することで医療サービスの質の向上に貢献します。

共同創設者兼CEOのVince Hartman氏は、ヘルスケア業界で管理職として10年以上経験を積む中で、医師の労働時間のほとんどがペーパーワークに費やされていることに気づきました。

当時、アメリカではすでに医療データは電子医療記録 (EMR)として管理されていましたが、例えば他の医療機関と連携する必要がある時や、治療方針を立てたり診察をするために現在までの医療記録を見返すときなど、医師が過去の全てのデータに目を通し、重要なデータを見立てて要約するという気の遠くなるような作業を手動でしていました。

特に慢性疾患のある患者や高齢者などの場合は、患者の医療記録自体も膨大なものとなり、ミスにより真実でない記述が混じる割合も高く、なによりも重要な情報が埋もれてしまって見つかりにくかったりしがちです。

Hartman氏はそういったデータ管理や概要作成の仕事を、機械学習を通じて自動化されたAIツールで行えば、貴重な医師の人的資源を有効に活用でき、コストも削減できると考えました。そこで「古巣」であるコーネル工科大学の大学院に戻り、業界初の概要生成ツールを開発したとのことです。

共同創業者の残り二人であるRitika Poddar氏とGiordana Pulpo氏は北米医療部門で2024年度のForbesが選ぶ「30under30(影響力のある30歳以下の30人)」に選出され、医療テックを牽引するイノベーションの担い手として注目を浴びています。

議論が活性化する「医療業界における資源の有効活用」

人命を扱う仕事であるためなんとなく「聖域」のイメージのあった医療業界ですが、時代の流れにより様々な改革が動いています。

SXの他にも大きな動きとして、EUの「European Health Data Space」なども注目したいところ。同取り組みはとてもおおまかに言うと「EU市民すべての健康・医療データを取りまとめたもの」で、実現すれば個人がEU内のどこにいても病歴を踏まえて診察や緊急時の投薬・処置を受けられるようになるほか、マスデータとしての二次利用により研究やイノベーションに多大な貢献をするこをが期待されています。

個人的にはこの「患者データという資源を国をまたいで有効活用するために共有する取り組み」が、それこそプラスチックや医療機器といった物理的資源や、医療スタッフなどの人的資源、さらにはナレッジや研究機関といった領域まで広がったら…などと妄想してしまいますが、さて。

文:ウルセム幸子

編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。