2024.05.22 ZEBRAS

セルフ・マネジメントの専門家 ジェレミー・ハンターさんと語る。ゼブラ経営者に求められるセルフマネジメントとは


セルフ・マネジメントの専門家 ジェレミー・ハンターさんと語る。ゼブラ経営者に求められるセルフマネジメントとはのイメージ

Zebras and Company(以下、Z&C)は、社会性と経済性を両立させるゼブラ企業の在り方についての理論化を進めています。その一環として、さまざまな領域の専門家を招き、ゼブラ企業について語り合う連載企画をスタートしました。

第3回目にお話を伺ったのは、米ピーター・F・ドラッカー大学院 准教授およびTransform 共同経営者 / パートナーとして「セルフマネジメント」を教えるジェレミー・ハンターさんです。

社会性と経済性を両立するゼブラ企業の経営には、「成長こそ正義」といった単純な方程式では表せない難しさがあります。当然、より複雑な経営における意思決定が求められるからこそ、目の前の状況に適切に対応し判断するための「経営者のセルフマネジメント」は欠かせません。

ゼブラ企業の経営者に求められるセルフマネジメントとはどのようなものか。経営者自身のマネジメントと社会変革にはどのようなつながりがあるのか。ジェレミーさんとZ&C共同代表 阿座上陽平さんの対話形式で紐解きます。

以前から親交のある二人の掛け合いもお楽しみください。

Jeremy Hunter(ジェレミー・ハンター)
米クレアモント大学院大学 P.F ドラッカー経営大学院准教授兼エグゼクティブ・マインド・リーダーシップ・インスティチュート代表。2003年よりドラッカースクールでセルフ・マネジメントやエグゼクティブ・マネジメントを教える。同大学院でプロフェッサー・オブ・ザ・イヤーを8回受賞。東京都のマネジメント・コンサルティング会社Transformの共同代表。フォーチュン50に入る金融機関や芸術関連機関、NPOを含む様々な組織に向けてリーダーシッププログラムを提供。2019年に南青山にオープンしたメディテーションスタジオ「Medicha」の監修も務める。著書に「ドラッカー・スクールのセルフマネジメント教室 ―― Transform Your Results」(2020年、プレジデント社)。

“IRマップ”とセオリーオブチェンジ。本当に望む結果を生むためのロードマップ

阿座上:今日、ジェレミーと話したいのは、ゼブラ企業の経営者のセルフマネジメントについてです。社会に関わり、社会をより良く変えようとするなかで、経営者自身はどのように自分をマネジメントするといいかを聞きたいと思います。

ジェレミー:OK。僕の専門分野ですが、セオリーだけを語っても面白くないと思います。Yohei(阿座上)の具体的な体験談を聞くなかで、少しずつ明らかにしていくのはどうでしょう?最初に会った5年前よりもどんどんYoheiの目が優しくなっていると感じます。This clarifies the point. きっとそこにヒントがあると思うので、Z&Cを創業した背景から聞いていきましょう。

ジェレミー・ハンターさん

阿座上:ありがとう。ジェレミーらしくていいですね。

ジェレミーと最初に会ったのはスタートアップ企業にいたときか、そこから離れて次にどんな活動をしようか考えていたときだったと思います。その頃に考えていたことが2つありました。

1つ目は企業を支えるお金の流れに関わること。事業の計画や実行の領域にいた僕が、金融や投資にまつわる領域に興味を持ったのは、以前勤めていた会社のオーナーが変わったことにありました。それにともない優先順位が「大切にするもの」から「KPI」に変わり、社会との関わり方まで変わったように感じました。**お金の流れが会社や経営の方針に大きな影響を与えるということを実感したんです。

もう1つは「売れる・かっこいい」会社は真似されるということ。営業の経験もあるので感じるのですが、人に何かしてほしいときは、説得するのではなく、やりたいと思ってもらうほうが、早く人が動いていきます。

だとすると「売れれば売れるほど社会や自然がより良くなる事業」が人から見てかっこよく、こうなりたいと思われれば、そのような事業を作る人が増えるのではないか。そんな事業が増えれば国のお金に頼らずに、起業家や経営者とその周りの思いある働き手の日常的な活動によって、世界が勝手に良くなっていくのではないかと思っていたんです。

そんなときに、同じような考えを持っていたZ&C創業者の田淵さん、陶山さん、そしてゼブラ企業の概念に出会い、せっかくの機会なので一緒に活動を始めさせてもらうことになりました。

阿座上陽平さん

ジェレミー:そこから3年で着実にZ&Cは会社として形になってきていますね。そこに私たちTransformとのセッションはどう影響していますか?

阿座上:ジェレミーのセッションを受けたときに作成した「IRマップ *」にはすごく助けられていると思います。自分自身が本当になにを望んでいて、そのためにどんな選択肢があって、どのように取捨選択していくかを、毎日/毎秒の意思決定のなかで考えています。

もともと、『イシューからはじめよ』や『ジョブ理論』など目の前の課題の本質やシステムを捉えるような思考は心がけていましたが、IRマップおかげで思考の順序が明確になり、やるべきだと思うことに集中できるようになったということはベースにあります。

さらに、自分の考えを周りに伝えることに課題感を持っていたのですが、フレームワークがあることで周りのメンバーにも、考えや意図を伝えられるようになりました。以前よりは短時間で考えの共有が可能になり、社内外のコラボレーションが効率的になったことも、少人数かつ短期間で大きな成果が出せた要因の一つだと思います。

*IR(インテンション・リザルト)マップ:自分の本当に望む結果(意図)を生み出すための、意識、認識、選択、行動の各ステップを言語化したロードマップ。ジェレミーさんが共同創業者を務めるTransform LLCのセッションにて、阿座上さんも作成しました。

ジェレミー:なるほど、自分自身の考えが明確になり、周りに伝えられるようになった。そして、周りもYoheiの考え方がわかるから、効果的なコラボレーションが生まれていったと。そんな個人の変容も美しいですよね。でも、この3年間の変化は個人だけではなく、会社組織としての行動にも秘密はありそうですね。

阿座上:そうですね。Z&Cにはセオリーオブチェンジ(TOC)という社会的インパクトを生み出すための戦略図/変化の地図があります。細かいことは本論からそれるので一旦省きますが、TOCはインパクト投資における手法の1つです。このTOCを創業初期に作り、これに沿って実行しているということは大きな要因かもしれません。

TOCには、ゼブラ企業への投資・経営支援を実践し、ゼブラ的な経営の理論を体系化し、ムーブメントとして広げていくこと。そして、コラボレーションを通じて、Z&Cが中心となるのではなく、みんながゼブラ的な経営を真似(実行)できるようにしていくことを描いています。

それに沿ってZ&Cの活動は広がり、経済産業省・中小企業庁との「地域の社会課題解決企業支援のためのエコシステム構築実証事業(地域実証事業)」が始まったり、総理が国会でゼブラ企業について言及してくれたことは、大きな一歩でした。投資をした4社も順調に事業を伸ばしててくれているのも嬉しいですね。

「経営者が良い人であること」が投資判断基準の一つ

ジェレミー:私たちのセッションやIRマップがそんな結果につながったというのは面白いですね。ここでようやく最初の問いに辿り着きました。最初に出会った当時と比べてYoheiの印象も変わったけれど、これまでの間になにか変化がありましたか?以前から賢い人という印象はあったけど、今はそれに優しさや寛容さがプラスされたように感じますよね。**

阿座上:ありがとう。そうですね、大きく2つの変化があったかもしれません。

1つは「お金への恐れ」を少し克服できたこと。以前は、お金を媒介させたつながりに怖さを感じていました。もともと、人とのコミュニケーションに苦手感があるからか、稼ぐということや、お金を受けとって価値を生み出すことにどこか抵抗感がありました。

それが、以前のスタートアップでの経験や、独立して1人でお仕事をいただけていたことや、さらにZ&Cを始めてから投資という行為を通して、今までとは違う関係性で新しい価値を生み出せたことによって変化したんです。お金との関わり方が昔よりフラットになり、「やりたいことのための1つのリソース」として捉えられるようになりました。

もう1つは、人間関係の築き方が変わったことです。さっきも言ったように、人とのコミュニケーションに苦手意識があるので、その場その場での人の顔色をうかがうところがありました。

そこから40年も生きてきて、社会人としてもそれなりの時間も経ち、様々な経験をさせてもらってきたなかで、短期的には好印象を持たれなかったとしても、きちんとやり続けていれば長期的にはリカバーできるということを学びました。人からの評価を気にしすぎなくなったとも言えるかもしれません。

また、長期的に一緒に働く良い関係性を築くには、居心地の良さだけではなく、目的に向かうために適度なプレッシャーを掛け合うことも必要だと学びました。さらに、すごい肩書を持っているかどうかや、カリスマ性があるかどうかといった表面的な要素だけでは、人を判断しないようになりました。

ふわっとした話になりますが、結果的に「バイブス」が合うと感じる人と一緒にいることが多くなったなと思います。ただ、こうした考え方だと付き合う人が狭まりそうなものなのに、Z&Cを始めてからバイブスが合う人が増えていっていることは不思議ですね(笑)。

ジェレミー:美しいですね。自分自身や他者に対する感覚を信じられるようになったんですね。

阿座上:そうですね。それがZ&Cにもつながっているようにも思います。いくつかある投資判断基準の一つに「経営者の人間性」という項目が入っています。ゼブラ企業は群れとなって課題を解決していくので、損得とは別の次元で「一緒にいたい」と思う人でないと仲間になれないなと。

ジェレミー:事業性やリターンの可能性といったものだけではなく、人間関係や経営者のキャラクターも重視しているのは興味深いですね。なぜそれが重要だと思いますか?

阿座上:1つは、僕らが長期的な関係性を築くことを前提にしているからです。一般的な金融のセオリーは、投資したお金をなるべく早く大きくすることが第一優先であり、経営者のキャラクターや人間関係の築き方は二の次。しかし、僕らは短期的な成果のために関係性が壊れるくらいなら、無理に事業を伸ばさなくてもいいと考えています。

あとは、ゼブラ企業が生み出したいインパクトがお金だけではないことも理由です。文化や自然といった、経済性のみを追求していたら壊れてしまうものを守り、再生させるようなインパクトも生み出したい。そのためには、経営者と周りの人、社会、自然の関係性が「良い状態」でなければいけません。

そして、それにはまず経営者自身が「良い状態」であることが大切だと思うんです。

経営者が“グリーンゾーン”でいることが、より良い社会づくりにつながる

ジェレミー:

Z&Cの現在、そして過去の経験や発見を教えてくれてありがとう。ここからテーマだった「ゼブラ経営者とセルフマネジメント」の話に近づいていきましょう。

まず、Yoheiの言う「良い状態」とは、自分が本当に望む結果を出すための行動を常に選択できる状態のことだね。つまり、セルフマネジメントができている状態。

マネジメントというのは、「他者を管理すること」と捉えている人も多いと思うけれど、その本質は「自分が直面した状況に対して、適切な対応ができること」。目の前の状況に効果的に対応することで、次に訪れる状況をより良くすることです。

阿座上:そう。絶対的にいつも良い人であるかではなく、良い状態を保てる人かが大事ですよね。

ジェレミー:セルフマネジメントの理論に照らし合わせるなら、それは「グリーンゾーン」を保つということです。

グリーンゾーンとは、交感神経と副交感神経のバランスが取れている状態。このゾーンにいるとき、人は適度にリラックスして、思考は澄み渡り、自分を適切にコントロールしながら望む結果に向かうことができます。グリーンゾーンにいると、その人のエネルギーは最大限解放され、周りの人に生命力と活力を与えられるんです。

一方、交感神経が強まりすぎている状態は「レッドゾーン」といって、焦燥感や不安に苛まれ、感情に行動が支配されます。逆に副交感神経が強まりすぎると、活力がなくなったり、塞ぎ込んでしまったりする「ブラックゾーン」に陥る。この2つの状態は、敵が襲ってきたり、エネルギーが枯渇しすぎたりといった、生存を脅かす状況下では効果的ですが、通常時は人間関係に問題を生じさせます。

より詳しい説明はTransformのブログからご覧ください

阿座上:ジェレミーのセッションを受けてから、ゾーンを意識するようになりました。以前、家の近所を歩いていた際、一方的に旦那さんに暴言を吐いている老婦人がいました。この枠組みで言えばレッドゾーンで喧嘩している人たちを見て、関係ないはずの僕の心が痛んだことがあります。レッドゾーンは、その人自身も周りの人も傷つけてしまうということも感じました。

ジェレミー:そうですね。レッドゾーンの環境では、周りの人もレッドゾーンになってしまいます。ビジネスシーンでいえば、たとえば競合を打ち倒すことや事業を急成長させることばかりに、目が向くようになってしまう。

Z&Cがやっていることは、その逆だと思います。投資先に対して「短期的な利益を生み出せ」という圧力をかけていないし、経営者が周囲や社会といった大きなものに関心を持つようにサポートしている。

それによって、グリーンゾーンでいやすい環境を作っています。するとその環境にはグリーンゾーンの人たちが集まってきて、活性化された彼らの行動は、金銭的なものを超えた社会的な価値を創造するのです。

ゼブラ企業は、繰り返される「誰も望まないシステム」の変革の担い手

阿座上:なるほど。たしかに、自分自身がグリーンゾーンにいることを意識してから、より周りに人が集まるようになったことを感じます。グリーンゾーンを保ちやすくするには、なにが大切でしょうか?

ジェレミー:痛みや恐れをポジティブに変容させる術を身につけることが一つの手段だと思います。私たちがレッドゾーンに入ってしまう一つの原因は、過去の体験から生まれた痛みや恐れの感情が、理性を上回ってしまうこと。痛みや恐れを反射的に回避しようと攻撃的になったりすることが、望んでいる結果から私たちを遠ざけます。

Yoheiの場合は、お金や人間関係への恐れを克服したという話がありましたね。それはすごく重要で、自分の恐れの感情をコントロールし、反射的にではなく本当の望みに基づいて、力強く自由な行動ができるようになったということ。

阿座上:そうですね。

ジェレミー:そうなると人は、自分の恐れの対処に意識を割かれることなく、周りの人や世界に活力を与えることに意識を向けられるようになる。結果、その活力は周囲の人、組織、社会、地球へと広がっていきます。

恐れや怒りという感情が悪いのではなく、それに支配されないこと。感情の裏にある本当の望みを理解し、自分の意識や行動をコントロールできるようになれば、グリーンゾーンを維持しやすくなります。

阿座上:自分の感情や意識や行動をマネジメントすることが、周囲や社会との関係性をより良い状態に保つことにつながり、望ましい社会的インパクトを生み出すということですよね。ゼブラ企業が社会性と経済性の両方を追求するうえで、すごく大切な視点だと思います。

もし、グリーンゾーンにい続けることができたとしたら、ゼブラ企業は社会に対してどんな影響を与えられると思いますか?ジェレミーが考えるゼブラ企業について、最後に教えてほしいです。

ジェレミー:長期的な目線を持って、周りの人や文化、自然を大切にしながら経営するゼブラ企業の在り方は、本来あるべき企業の姿だと思う。この考えが当たり前ではない社会のほうが疑問に感じます。

世の中には考えなしにやっていることが多すぎると思います。先日行ったある地方の街では、歴史的な価値のある建物が売りに出され、新築マンションや駐車場に変わっていました。すでに空き家も駐車場もたくさんあって、使う人よりも多くあるかもしれないのに。

解体や建築をした業者が一時的にお金を得るだけで、コミュニティの大切な場所や魅力を破壊してしまうことは長期的に見れば誰も得しません。それなのにこれまでと同じシステムのなかで、考えなしに同じ行動を繰り返してしまっている。

本当は誰も望んでいないけれど、なにをすればいいのかわからないのだと思います。そこにZ&Cやゼブラ企業が新しい選択肢を提供することで、問題の解決を後押しできるでしょう。

「本当に望む結果を出すマネジメント」をゼブラ企業の経営者が身につければ、既存のシステムから脱却して、より良い社会のシステムを作ることにつながるはず。数十年後には、みなさんが先駆者だったと言われるようになるだろうね(笑)。

PROFILE

ゼブラ編集部

「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。