2021.07.27 ZEBRAS

世界のゴミ、半分以上は「建設」から。”自然を再生する家づくり”で革新起こすゼブラ企業「BIOHM」


世界のゴミ、半分以上は「建設」から。”自然を再生する家づくり”で革新起こすゼブラ企業「BIOHM」のイメージ

「奪う」建設産業

この世に存在するゴミの半分以上がどこからくるかご存知でしょうか? 実は「建設」なのです。

建設産業は資源を採掘し、建物をつくっては壊すことを繰り返すことで発展。元々環境負荷の大きい産業ですが、特に80年代以降は接着剤やセメントを多用するようになり、その負荷はさらに増大。

そうした素材を使用した場合、建材同士がべったりと接着してしまうため、それぞれ剥がすことができなくなり、剥がせないとなると建物を解体するときに廃棄するしかなくなってしまう。

つまり、自然から採掘した資源を、自然に還すことができないゴミに変えてしまう。これが建設産業で起こっていることなのです。

ドイツにおける廃棄物の内訳「Statistisches Bundesamt, Statistisches Jahrbuch 2019」より

近年では世界中で都市化が進み、建設のスピードはますます上昇。

2060年までには、世界の建築物の総量は今の2倍に増えると予測されています。その量は、毎月ニューヨーク市1つ分の建物をつくるのに匹敵します。

そのため、必要となる資源の量も急増していくと考えられます。地球上の資源はものすごいスピードで建設産業によって奪われているのです。

毎月ニューヨーク・シティ1つ分の建物がつくられることになる/Image via Unsplush

食品廃棄物と菌糸体で建材をつくる

そんな「奪う」建築産業を変えようと取り組むスタートアップがあります。

イギリス・ロンドンが本拠とする「BIOHM」は、自然の仕組みを模倣しモノごとを発想する「ビオミミクリー」という方法論で、食品廃棄物と菌糸体から建材をつくり出すスタートアップです。

小麦や麻を栽培する農家、レストラン、カフェなどと契約し、オレンジの皮やカカオの殻などの食品廃棄物を資源として確保。それらと農業副産物を菌糸体に食べさせ、必要な形に成長させることで、パネルなどの建材にします。建材としての役目を終えれば、生分解して自然に還すことができるのです。

BIOHMの技術で食品廃棄物と菌糸体からつくり出された建材(出典:BIOHMウェブサイト

それでいて、BIOHMがつくる建材は市場に出まわる既存のものよりも安価で、高品質。

菌糸体からつくられるパネルは断熱性に優れ、高い防火・防水効果があります。さらに、コンクリートなどと比べると、製造工程で排出される温室効果ガスの量も120%少ないそう。

この「120%」という数字は、排出されるよりも吸収される温室効果ガスのほうが多い、いわゆる「カーボン・ポジティブ」を意味するもの。

つまり、BIOHMは建設産業に食品廃棄と菌糸体を持ち込むことで、産業全体を有機資源が循環して自然を再生する「サーキュラー・エコノミー」の仕組みに変えようとしているのです。

「プラスチックを食べるキノコ」の実用化も

BIOHMは2019年、個人投資家によるスタートアップ企業への投資を容易にする、株式投資型クラウドファンディング「Seedr」で60万ポンド(約9200万円)の資金を調達。

また同年、イギリスの小売大手「Waitrose & Parners」が100万ポンド(約1億5300万円)の資金を投入する、プラスチック汚染のない未来を実現するスタートアップを支援する「Plan Plastic Prize」の支援金も勝ち取りました。

BIOHMはこれらの資金を元に、先述の既存の事業に加えて、プラスチックを消費する菌糸体に関する研究と実用化も進めています。

プラスチック製のスポンジを食べる菌糸体(出典:BIOHMウェブサイト

BIOHMの研究によると、木の硬い部分を「リグニン酵素」を使って分解する菌糸体は、同じ酵素でプラスチックなど複雑なポリマーも消化することが判明。そうした真菌類をゲノム編集することで、ポリマーの消化能力を高める技術開発とその実用化に向けた準備を行っています。

さらに、菌糸体は一定の条件下に置くことで、セメント、重金属なども「食べて」分解し、堆肥化することが確認されています。つまり、その性質を応用することで、すでにこの世に存在する多くの建物さえも、廃棄物ではなく資源として自然に還せるようにする可能性を秘めているのです。

研究の成果により菌糸体が改良され、より強力かつすばやくプラスチックを消化できるようになりつつある(出典:株式投資型クラウドファンディング「Seedr」のBIOHM掲載ページ

高失業率や低賃金問題にあえぐ地域にも貢献

BIOHMは2021年後半には、世界初となるコミュニティ主導のバイオ製造施設を建設する予定。

イギリス西部の港町ウォチェットを拠点とする公益法人「Onion Collective」と協働し、その施設を地元から出る農業廃棄物を菌糸体で消化し、建築用パネルをつくり出す拠点にしたい考えです。

その場所としてウォチェットを選んだのは、高い失業率や低賃金が地域の問題となっていること。そこで新たなビジネスモデルを確立することで、廃棄物から資源を生み出し、地元の雇用も生み出す。同様の課題にあえぐほかの国にも展開し、さまざまな地域、産業、環境、社会にポジティブな変化を起こすことを見据えています。

ウォチェットの住民とプロジェクトメンバーのミーティングの様子(出典:BIOHMウェブサイト

すでに、BIOHMはサーキュラー・エコノミー界の権威であるイギリスの「エレン・マッカーサー財団」、またヨーロッパ、北アフリカ、アメリカ、南アジア各国の政府からの支援を得て、それぞれの地域での活動も始めています。

建設産業の仕組みを「自然の仕組み」に変えたい

BIOHM創業者のEhab Sayed氏(出典:BIOHM Facebookページ

BIOHMの創業者は、エジプト人エンジニアのEhab Sayed氏。彼は大学院在学中、イギリスにおける廃棄物の流れに着目し調査したところ、建設産業から出る廃棄物の量に驚かされました。

Sayed氏はイギリスのオンラインメディア「マテリアル・ソース」の取材で次のように語っています。

「大量の廃棄物が出てしまう原因があまりにも多く、どこから手をつければ良いのか、理解することすら困難でした。産業の至るところで分断が起き、規格や工程が統一されておらず、情報共有の手立てがあまりにもなかったのです。最善の策は建設産業に関わる人たちの認識を変え、政策や規制にも影響を与え得る製品を開発することだと考えました」。

そんなSayed氏の想いに、土地開発の専門家、デザイナー、エンジニア、科学者らが賛同。

物理化学研究などの分野で20年以上の経験を持つ元NASAの研究員Dr Irene Barnett氏、バイオミミクリーと菌類学の専門家であるToon Driessen氏、イギリス政府公認の廃棄物管理士でサーキュラー・エコノミーにも精通したDavid Greenfield氏らがチームに参画しました。

そして、Sayed氏らは前出の技術に加え、接着剤を使わずにパネルを組み合わせてつくる、廃棄を出さない建築様式「TRIAGOMY」を考案。研究と実験を重ねる過程では、産業全体を廃棄を出さない仕組みに変えるには、「自然の仕組みに変える必要がある」ことに気づいたそうです。

ウォチェットのバイオ製造工場建設予定地にてプロジェクトメンバーと(出典:BIOHMウェブサイト

循環する建設産業は、自然資源を「奪う」ではなく「与える」

現在BIOHMは、建設会社に向けた組み立て可能なパネルの製造販売、建設・不動産会社に向けた対循環型建築に関するコンサルティングサービスの提供を主な収益源としています。

また、先述のウォチェットの工場は今年秋に稼働を開始し、農業廃棄物でつくられた建築用パネルを建設会社に販売することで、最初の3年以内に300〜500万ポンド(約4億5500万円〜7億5900万円)の売上を見込んでいます。

この計画が実現すれば、これまでは廃棄するしかないと考えられていた「人工物」だったものが、菌糸体が消化して土に還してくれるおかげで、新たな建材を育てるための「栄養」になる。つまり、建設産業は「奪う」のではなく「与える」ものになり得るのです。

もし、そのように建設産業が変わると、資源が途中で失われずにループ状に循環し続ける建物や街が実現します。

そうした取り組みはBIOHMのほかにもあり、アメリカ・シアトルの「ブリットセンター(Bullitt Center)」は、太陽光や雨水など自然の恵みからエネルギーや水を完全に自活する仕組みでつくられており、「生きたビル」と呼ばれています。

ブリットセンターの屋上は575枚の太陽光パネルで覆われ、常時244キロワットもの電力を発電することができる(出典:ブリットセンターウェブサイト

BIOHMのように、産業が自然環境に与える悪影響を減らすだけでなく、再生という良い影響をもたらすアプローチは「リジェネレーション」と呼ばれます。

これは、今の自然環境を維持することを目指す「サステイナブル(持続可能)」では、進行中の気候変動や資源の枯渇、生物多様性の崩壊のスピードに間に合わないため、環境を元の状態に戻す必要があるという声が高まり、生まれました。

リジェネレーションは、建設産業のみならず、循環型で、真に持続可能な社会をつくるうえで最も重要な考え方の一つ。BIOHMのようなアプローチが、ほかの産業にも波及していくことを期待したいです。

文:西崎こずえ

編集:岡徳之(Livit

PROFILE

Kozue Nishizaki

オランダ在住サステナビリティ・サーキュラーエコノミースペシャリスト。オーストラリアで高校・大学卒業後、現地でマーケティング分野で勤務した後に帰国。東京を拠点にPR・CSRコンサルタントとして国内外のブランドを支援。2020年1月よりオランダ・アムステルダムに拠点を移しサーキュラーエコノミーに特化した取材・情報発信・ビジネスマッチメイキング・企業向け研修プログラムなどを手掛ける。