2024.09.02 ZEBRAS

魚養殖の最大サステナネック、餌の問題を菌糸で解決。スイス発ゼブラ企業「KIDEMIS」


魚養殖の最大サステナネック、餌の問題を菌糸で解決。スイス発ゼブラ企業「KIDEMIS」のイメージ
(KIDEMIS 公式Youtubeより)

サステナなお魚は、天然?養殖?

お寿司なしには生きられない私たち。特に「天然もの」のタイトルを背負ったネタを見ると期待にときめいてしまいます。しかしお魚も限りある自然の恵み。よりサステイナビリティへのダメージが少ないのは、天然物でしょうか、養殖物でしょうか。

もちろん海洋環境の保護という意味では、私たちが食べたいからと自然界から特定の魚や海の生物を大量に捕獲することには大きな問題があります。特に個体数の減少が問題視される種の消費に関しては、国際問題や生態系の破壊のおそれも。

恩恵も課題も山積みの「養殖」

そういった問題へのソリューションをある程度提供してくれるのが養殖技術です。

人間が食べたい魚を自然の生態系から奪うのではなく、自分たちの手で育てて賄う養殖。供給も品質も安定しており、寄生虫の可能性もとても低いです。また特定の魚種だけを隔離された環境で育てるので、捕獲の際に他の生物も犠牲になってしまういわゆる「混獲」の問題もありません。

一方で、そんな養殖も様々な課題を抱えています。莫大な餌代やいけすの管理費、餌の食べ残しやフンによる水質汚染、密集による病気の蔓延と予防のための抗生物質の乱用など。

その中で経済的にも環境的にももっとも負担が大きいと指摘されているのが、エサと個体のエネルギー交換率(いわゆるFIFO=Fish In–Fish Out Ratio)の問題です。

養殖場で私たちが大好きなサーモンやマグロが食べている餌は、主に海で捕獲した天然のイワシやニシンの魚粉や魚油。つまり養殖は、平凡な魚をより人気の高い高級魚に変える錬金術のような面もあるのですが、問題はそのエネルギー効率の悪さです。

たとえば近年世界的に需要が高騰しているマグロは、可食部1キロを育てるのに15キロの魚粉が必要とも言われます。これではエネルギー変換という意味で近年問題視されている牛や豚の肉よりも悪いという計算に。

また、サーモンなどの身に脂をのせるために与えられる魚油は、絞った後の身の需要が少なく廃棄されている場合もあり、必ずしも飼育の過程で食べる量の魚だけを消費しているわけではないとのこと。

つまり、「魚が足りないなら養殖すればいいじゃない」と思えば、実は「自然界に魚がいなければ、養殖の魚もできない」という残念な皮肉に陥ってしまうのです。

(Image : Unsplash)

とはいえ2030年に不足問題が臨界点を迎えるとも言われるたんぱく質の供給源として、魚は平均的には家畜よりも効率がよい貴重なリソース。乱獲や健康への意識の高まりや世界的な寿司ブームも相まって、天然物の漁獲量は横ばいの中、養殖のそれは年々増加しています。

「魚で魚を育てる養殖」からの脱却への取り組み

このエネルギー交換率問題に取り組むために、天然の魚以外の原料から餌を作る技術の研究も進んでいます。

一例として、養殖関連のビジネスに60年以上の歴史を持つノルウェーのSkretting社は「脱魚粉化」を掲げて昆虫や微生物由来のたんぱく質、藻類由来のEPAなど様々な原料を模索中。

またお魚大国である日本でも、イエバエやカイコの幼虫など昆虫由来の原料を利用した飼料の開発が進んでいます。

スイスKIDEMIS発、「菌類」生まれの飼料

2022年にスイスで創立された企業「KIDEMIS」は、そんな養殖漁業用飼料問題の最前線に立ち、「菌」のパワーで取り組むスタートアップ。

農業廃棄物をアップサイクルした媒地をベースに菌糸体タンパク質=マイコプロテインを培養し、それを飼料にすることで、年間数十億トンにのぼるとされる農業廃棄物の軽減と同時に、「サステナで、清潔で、栄養価が高く、安価な」 飼料、そして天然の魚の保護を実現する会社です。

KIDEMIS創始者、Sean Wassermann氏(本人提供)

将来的に天然魚や大豆(こちらも言わずと知れた業界に闇の深い作物)由来の飼料をすべて自社製品に置き換えることで、海洋生態系や気候・森林の保護に貢献することをミッションとしています。

「マイコプロテイン」は耳馴染みのない言葉かもしれませんが、フィサリウムという菌類の菌糸体から作られるたんぱく源で、イギリスでは1980年代から代替肉の材料として商業利用されてきました。知名度が高くない理由は、商品化から20年間はベジミートブランド「QUORN」が特許を持っていたため。2000年代に入って特許の期限が切れてから多様な利用法が模索され始め、近年ではヴィーガンレザーの材料などとしても利用されています。

目的やコストの問題から植物性の培地で栽培されることが圧倒的に多く、オマーン投資庁も余剰在庫を抱えることの多い自国産のデーツを培地にマイコプロテインを産み出すビジネスに力を注いでいます

KIDEMIS社では、油を搾った後のいわゆる「搾りかす」やヒマワリの種の殻といった農業廃棄物を加工して無菌の培地を作り、そこに菌を栽培します。生育の過程で培地から養分を吸収した菌は固形の菌糸体となり、飼料の材料として収穫されます。

マイコプロテインは必須栄養素と共にビタミン、ミネラルにも富み、さらに菌糸体の持つ免疫刺激作用により、養殖時の抗生物質の利用も抑制できるとのこと。

メリットの多いマイコプロテイン飼料(同社SNSより

起業から日も浅く、生体を利用した実証実験を慎重に重ねながらビジネスを進めているため未だ大量生産段階には至っていませんが、マスプロダクションが軌道に乗れば、今後枯渇が問題となる天然魚油来の飼料の70%程度の価格での販売が実現できる見込みとのことです。

アイディアの原点とKIDEMISの見る夢

3人の共同創業者のうち、ビジネスコンサルタントのConstantine Marakhof氏とバイオテクノロジー専門家のSean Wassermann氏は、7年間の交友の中で常に一緒に起業したいと考えていたそうです。

2人で出し合ったビジネスアイディアの中にはPTSDを持つ人のリハビリ事業などもあったというので、ミッションに駆り立てられるタイプの血はもともと彼らに流れていたのでしょう。

Tetra Pakプロテインイベントの2人(Marakhof氏LinkedInより)

ある時菌糸体の可能性に気づいた2人は、いわゆる「コーヒーかす」を培地に人間用のプラントベースミートを作る技術を編み出しました。しかしある時、養殖用飼料の問題がいかに深刻かを知り、その技術を飼料に応用することを考え始めた瞬間から「すべてが動き始めた」と、Marakhof氏は語ります。

日本市場上陸の日も?

先述の通り、同社の目標は「全世界の養殖用飼料を同社の製品に置き換えることで、海洋生態系を守ると同時に、世界のだれもがお手ごろでおいしい魚を食べられるようになること」。

しかし現在世界では、年間何千万トンもの養殖用飼料が消費されているといいます。いかに急上昇中の注目株としてTetra Lavalなどの巨人も産業化パートナーにつけている同社でも、ここまでのスケールアップは長く険しい道のりです。

「でも私たちはミッションで稼働している企業ですから、できると信じています。年間数百万トンの海洋生物を絶滅から保護できると考えれば、やる気も出るでしょう?」(Marakhof氏)。

同社は現在、お魚大国ジャパンの養殖魚にも自社製品を食べて育ってほしいと、日本での事業パートナーを募集中。国内生産ラインのインプリ、同社飼料を使ってくださる養殖業者の方、もちろん投資家など、どんなことでもご一緒できる日本のビジネスを探しているとのことです。

お寿司の国、日本は世界の漁業関係者の憧れ(Unsplashより)

地球と人とお財布にやさしいKIDEMIS社の養殖用飼料で育ったお魚が、私たちの食卓に並ぶ日はそう遠くなさそうです。 

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。