2024.10.03 ZEBRAS
日本再建の鍵は地方にあり。地域に根ざす「兄ゼブラ」の存在意義を、ウエダ本社・岡村充泰さんと考える

これまで「ゼブラ企業」は、ユニコーン企業と対比して語られることが多く、スタートアップやベンチャー企業を指すものと理解されてきました。しかし、実際には、地方の中小企業や、大企業のなかにもゼブラ的経営を実践する企業は多く存在し、Zebras and Company(Z&C)では企業のフェーズにより3つに分類しています。
- 子ゼブラ:創業・成長期の比較的若いゼブラ企業
- 兄ゼブラ:事業規模こそ大きくはないが、地域や産業のリーダー的存在として、子ゼブラの規範となり共創を促すゼブラ企業
- 親ゼブラ:ゼブラ的経営を実践しながら全国規模で事業を展開し、新規事業やCVC等により企業や事業を育てられるゼブラ企業
今回は、兄ゼブラの実態をより深く知るために、多くのゼブラ企業経営者から慕われる、株式会社ウエダ本社 代表取締役社長の岡村充泰さんにお話を伺いました。
ウエダ本社は「働く環境の総合商社」として、事務機器販売やオフィスの設計、コーポレートデザイン、不動産のリノベーション、地域の拠点創出、ローカル企業支援など幅広い事業を展開しています。2008年から15年にわたり、京都の価値を再認識し世界に発信するイベント「京都流議定書」も実施した、“地域×ソーシャル”の草分け的存在でもあります。
京都流議定書の開催や、地方の活動に注力されている背景にはどんな考えがあるのか。ウエダ本社の成り立ちや目指す社会とは。Z&C共同代表 阿座上陽平さんと岡村さんの対談を通じて、日本における「兄ゼブラ」の存在意義について考えます。
▼プロフィール
岡村 充泰
京都府京都市生まれ。商社を経て独立し、輸入貿易や商社への企画提案・営業代行を行う。2000年、ウエダ本社の代表取締役副社長に就任し、長年赤字だった家業の再建に着手。2002年、代表取締役社長に就任。翌年から負債整理を進め、2008年に無借金経営を達成。その年から15年間、毎年「京都流議定書」を開催。現在は、北海道厚真町など多数の地域で、地域活性や起業家育成の取り組みに従事している。
“24時間戦えますか”の時代から、働く人の個性に着目してきたウエダ本社
阿座上さん:「働く環境の総合商社」として様々な事業を展開されているウエダ本社ですが、そもそもは事務機器の販売会社として知られていたそうですね。まずは、会社の変遷から教えてください。
岡村さん:ウエダ本社は母方の祖父が創業した会社で、創業当初は文具卸業をしていました。そこから事務機器を扱うようになり、京都では業界の老舗として知ってもらえるようになったんです。しかし、1990年代後半に業績が悪化。自分は三男なので継ぐ予定はなく、別の会社を経営していたのですが、家業の危機だということで入らざるを得ない状況になりました。そこから再建に取り組み、僕自身は20002年に代表取締役に就任。2008年には負債を整理し、無借金経営を達成することができました。
阿座上さん:どのように再建まで導いたんですか?
岡村さん:様々なことをやりましたが、一貫して「人の個性を活かす会社」への変革を目指してきました。代表に就任した当時は、バブルの名残がまだあり、働き方は「24時間戦えますか*」の時代。社員は会社の指示通りに動くものとされ、個性を活かすなんて考えはありませんでした。
だからこそ、個性を活かす会社になり、社員の力を引き出せれば、戦略上の独自性が生まれてウエダ本社の存在意義がつくれる。そこにこれまで培ってきた地盤やネットワークを掛け合わせれば、強い会社に生まれ変われる、と考えたんです。ファクトはなく、仮説を持っていただけですが、それを証明しようとしてきました。
事業としても「働く人にスポットをあて、人の個性を活かし、可能性を引き出し、それらをかけあわせて価値を生み出していく」をテーマに、事務機器販売だけではなく、企業のオフィスの設計やコーポレートデザイン、さらには不動産、地域、社会のデザインへと提供価値の幅を広げてきました。
阿座上さん:「人の個性を活かす」ようなオフィスづくりとは、具体的にどんな方法で行われて、どんな変化を企業に生み出しているのですか?
岡村さん:ウエダ本社のオフィスづくりの特徴は、お客さんの社員さん向けのワークショップを実施しながら、一緒につくりあげるところです。「あなたの仕事や役割は?」「会社が目指していることとのつながりは?」「どんな環境で、どんな働き方をしたい?」といった問いに、一人ひとり答えてもらいながらレイアウトや家具を決め、「自分ごと化」できるオフィスをつくっていきます。
すると、完成したあとも、社員さんみずから「もっとこうしたい」と考え、生き物のようにオフィスが成長していくんです。ハードの格好良さやおしゃれさのみを考えてつくられたオフィスは、完成日がもっとも価値が高いですよね。でも、命の宿ったオフィスは、使えば使うほど価値が高まっていきます。
さらに、オフィスづくりを通じて、社員さんたちの考えが言語化され、日々の仕事と会社のことがリンクしていくんです。オフィスだけではなく、会社のことも自分ごと化されることで、組織や会社もどんどん良くなっていきます。
阿座上さん:会社の方針と、日常的な仕事が結びついている状態はとても大事ですよね。ウエダ本社は、オフィスというパーソナルに一番近いところからそれを実現しているんですね。
岡村さん:そうですね。社員が会社を自分ごと化できて、役割に納得しながら働けたら、会社は良くなるに決まっています。でも、当初はその考えを証明するエビデンスはなく、あまり理解はされませんでした。オフィスは基本的に総務が担当する領域だったので、1円でもコストを抑えることの優先度が高くて、受け入れてもらえなかったんですよね。
そこで、エビデンスがないならつくってしまおうと、2015年からはワークプレイスデザインの第一人者の京都工芸繊維大学 仲隆介さんと共同研究を開始。仲さんのメソッドを活用してウエダ本社のオフィスをリノベーションしました。その経験をもとに、先ほど話したワークショップ型のオフィスづくりを完成させたんです。
一部の大企業は個々でワークプレイスデザインに力を入れていましたが、もっと幅広く、中小企業のみなさんにも活用いただきたいと思っています。
*栄養ドリンク「リゲイン」のCMキャッチフレーズ。当時の働き方を表現するのによく使用される
自社の新たな事業展開と、伝統と革新が交差するコミュニティを京都に生み出した「京都流議定書」
阿座上さん:2008年には無事立て直したウエダ本社ですが、そこから、一見本業とは関係のない京都の価値に着目したイベント「京都流議定書」を開催していますね。どうして始められたんですか?
岡村さん:京都で企業を経営するなかで、「京都には数値化されない価値がある」と感じていました。みなさん、その見えない価値を重んじているんです。例えば、売上が大きい企業や短期上場を果たした企業よりも、売上は数億円だけどいい素材を100年追求しているような企業のほうが褒め称えられる文化があります。
少子高齢化が進み、GDPの順位も落ちている日本にとって、こうした数値化されない価値を掘り起こし、掛け合わせていくことが大事。でも、伝統や文化のど真ん中でやっておられる方々が混じり合うような機会は多くありませんでした。
阿座上さん:なるほど。もったいない感じがしますね。
岡村さん:そうですね。そこで、地場で古い中小企業でありながら、元々の継承者でもなかったというある種“中途半端”な立ち位置の自分だからこそ、これまでにない企業の掛け合わせができるのではないか、と思って始めたのが京都流議定書です。
阿座上さん:外ではない、内側のエッジにいるからできる。
岡村さん:立地的にもそうですね。ウエダ本社がある五条は、京都の中心と認めてもらえる(笑)碁盤の目のギリギリに位置していて、ちょうどいい場所なんですよ。
阿座上さん:京都流議定書のテーマはどのように変遷してきたんですか?
岡村さん:初回は、本業には関係がない、僕とつながりがある人を全部リストアップすると、「教育、環境、伝統産業」の3つにカテゴライズできました。それを京都で開業して間もないハイアットリージェンシーさんに持ち込んだら、当時の総支配人が「折角3つのテーマがあるなら3日間で開催しましょう!」と言ってくださって。
多大な協力のおかげで、3日間ハイアットリージェンシーを借り切って行えることになりました。知事や市長、経済界のトップ、伝統系の重鎮のなかに、当時はソーシャルという言葉もなかったですが、“若手で面白い活動をしている人”を交えて、予想以上の手応えを得ました。
そこからテーマを少しずつ本業にも近づけて、第3回には「素晴らしい企業の価値観」、第4回には「生き方、ライフスタイル、価値観の大転換」を開催。今回、兄ゼブラとして取材してもらっていますが、第8回「ソーシャルとビジネスの交わるところ」を開催した2015年には、経済性と社会性の両立を打ち出していました。
阿座上さん:そこから2022年の第15回まで開催しましたが、京都流議定書の開催によって、ウエダ本社や京都の町にはどんなインパクトがありましたか?
岡村さん:自社に関していえば、「事務機器のウエダ」から「働き方やソーシャルのウエダ」へとポジショニングを変えていけたのが大きかったです。初回開催時は、事務機器卸と建築業の下請けが事業の柱でしたが、時代的にそれでは先が見えづらい。イベントのコンセプトやキャスティングを通じて、ウエダ本社の考え方や価値観を発信したことで、新しい商流を生み出せました。
ありがたかったのは、「ティール組織」の嘉村くん(嘉村賢州)など、いま第一線で活躍する若手が社会に広く知られる前からイベントに登壇してくれたことです。数年後に話題になるテーマをいち早く捉えている会社として、周りからの信頼を得ることができました。実際、イベントがきっかけとなり、京都信用金庫や松栄堂といった伝統と格式のある企業からオフィス設計のご依頼をいただき、そこから人伝いで事業が広がっていったんです。
阿座上さん:自社の考えを発信することで、共感する人や企業との接点を生み出し、事業の新しい展開につながった。まさにソートリーダーシップやコミュニティづくりの好例ですね。ソーシャル領域における変化はありましたか?
岡村さん:偉そうなことは言えませんが、嘉村くんや「esse-sense」の西村くん(西村勇也)たちが登壇する機会をつくれたのはよかったと思っています。嘉村くんは、ことあるごとに「よくあの重鎮たちが集まる場で、どこの馬の骨ともわからない自分たちに登壇の機会をくれましたね」と言ってくれるんです。
西村くんが東京でやっていた「ダイアログBAR」も、うちのビルの地下につくったイベント会場で「ダイアログBAR京都」として定期開催することになりました。その場に、「和える」の矢島里佳ちゃん、「NOSIGNER」の太刀川英輔くん、「issue+design」の筧裕介さんらが出入りして、伝統と新しい価値観の交わるコミュニティが生まれたんです。
兄ゼブラだからできる、長期的な「地域や文化への投資」と子ゼブラに対する「信頼の付与」
阿座上さん:若者に場やチャンスを用意してきたことが、多くのゼブラ経営者に慕われるゆえんになっているんですね。ここから「兄ゼブラ」の話に移っていこうと思うのですが、2020年ごろから「北海道厚真町」などの京都以外の地域における活動も始められました。なにかきっかけがあったんでしょうか?
岡村さん:以前から付き合いのあった「GOODGOOD」の野々宮さんが、厚真町役場に紹介してくれたんです。厚真町は地域おこし協力隊の仕組みをうまく使い、移住して起業する人に3年間の金銭的サポートをする取り組みによって起業家を増やしました。ただ、3年経ったら補助は打ち切りになるので、それまでに自立できる起業家を育てなければいけない。そこで、僕がメンターとしての役割を担うことになったんです。
現在はそれ以外にも様々な役割をやらせてもらっていますが、北海道は一言でいえば「めっちゃ面白い」ですね。自治体の多くが人口5000人〜1万人くらいなので、本気でやれば街を変えることができます。ガッツリ関わらせてもらえるし、信頼が得られればどんどん役場から困り事を相談されるようになる。手触り感がありますよね。
阿座上さん:取り組むなかで感じる地方の可能性はありますか?
岡村さん:地方が変われば、日本が変わると思っています。そもそも、多くの人が「日本=東京」だと思っているかもしれませんが、いうなれば東京は「経済特区」ですよ。むしろ、地方のほうが本来の日本です。
いろんな地域にいきましたが、どんな小さな町にも、地域や社員さんのことを考えながら利益もしっかり出している素晴らしい企業があります。そして、地方にお金も回るようになってきて、スタートアップも生まれ始めている。
地方を支える中小企業とスタートアップが連携することで地元に根が残り、新たな事業や取り組みが生まれる可能性は大いにあります。それをみて、地元の学生が地域に残るようになり、後継者問題も解決していけるかもしれない。そんな可能性を感じていますね。
それに、ひとつの地域で成功事例ができれば、先例主義の役場や行政がパイプとなって、他の地域にも広がっていくんです。民間と比べたら、行政における経済や人口規模の差はそれほど関係なく、小さくともいい事例は広がる。オセロゲームみたいに、地方からどんどん日本が良くなっていくんです。
阿座上さん:そうしたなかで、地域に根ざす「兄ゼブラ」の役割はどのようなものだと思いますか?
岡村さん:ひとつは、地域や企業に長期的な目線で投資をすることだと思います。短期的なリターンを求めるものではなく、CSRやボランティアとも違う。地元の企業と事業連携を図ったり、お金や人の面で支援したりしながら、地域や文化を育んでいく。そうすることで、地域に深く根ざしている「兄ゼブラ」にとってもプラスの影響が出てくるでしょう。
もうひとつは、投資のフィルタリング機能を果たすことだと思います。例えば、「GOODGOOD」に出資させてもらった際、「ウエダ本社が出資するなら、私もしよう」という方が現れました。歴史と信頼がある兄ゼブラが出資することで、出資先企業の社会的信用を高めることができるんです。
阿座上さん:10年、20年といった長期的な目線で地域や文化を育むこと。そして、触媒的な機能として子ゼブラに信頼を付与すること。これらは、たしかな経営母体と歴史を持つ兄ゼブラだからこそ担える役割ですね。
地方の中小企業から日本を変えていけると証明したい
阿座上さん:最後に、今後の目標や取り組みの展望を教えてください。
岡村さん:僕個人で取り組んでいる地方の活動と、ウエダ本社で行っている中小企業の働き方づくりと、どちらもピッチを上げていきたいです。地方の可能性は先ほど話した通りですが、加えて「中小企業」も日本を立て直すために大事なポイントだと考えています。
2023年には、同じ敗戦国で人口も日本より少ないドイツにGDPが抜かれました。ドイツの強みは色々あると思いますが、一つが製造業をはじめとした「中小企業の厚み」だというんです。でも、中小企業の母数や厚みなら日本だって負けません。大企業の躍進を願うよりも、たくさん存在する中小企業をなんとかしていくことが、現実的な勝ち筋になると思います。
少子高齢化先進国である日本が新しい活路を見出せたら、もう一度周りからリスペクトされる国になるはず。そして、同じく少子高齢化を迎えるアジア諸国のモデルケースにもなれる。「地方の中小企業から日本を変えていける」という仮説を証明するのが、いまの目標です。
阿座上さん:お話を伺って、一貫して岡村さんは「価値があると思ったことを、実践して、事例をつくる」というのをやり続けているんだなと思いました。そして、京都の企業でありながら、日本とアジアまで視野に入れて活動されているのも興味深かったです。地域に兄ゼブラがたくさん存在することが日本の強みになる、ということを感じさせてもらえたインタビューでした。ありがとうございました。

PROFILE
ゼブラ編集部
「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。