2024.11.18 ZEBRAS

地域の視点(レンズ)から、都市の未来を構想する。日建設計×ゼブラによる共創事業「FUTURE LENS」に込めた思い


地域の視点(レンズ)から、都市の未来を構想する。日建設計×ゼブラによる共創事業「FUTURE LENS」に込めた思いのイメージ

2024年11月、建築・都市開発に強みを持ち「渋谷駅周辺地域の再開発」などの大規模プロジェクトを手掛けてきた株式会社日建設計と、Zebras and Company(以下、Z&C)との共創型社会環境デザインプログラム「FUTURE LENS(フューチャーレンズ)」がスタートします。

本プログラムに採択されたゼブラ企業には、日建設計から年間最大500万円×2年分の研究資金が提供されます。さらに、「社会課題の可視化」や「事業価値の体系化」の知見を持つ日建グループの職員が、課題や事業のエビデンスづくりに伴走。日建設計としては、地域の課題にいち早く取り組むゼブラ企業との共同研究を通して、新たな視点(FUTURE LENS)を受け取り、未来のまちに反映することを目指します。

なぜ、日建設計は共創パートナーとしてZ&Cを選んだのか。日建設計が創業から大切にしてきた考え方と、ゼブラ企業や地域に感じる可能性とは。日建設計 代表取締役社長の大松敦さん、同社の共創プラットフォーム「 PYNT(ピント)」企画・運営者の吉備友理恵さん、Z&C共同創業者の阿座上陽平さんの3名で、「FUTURE LENS」に込めた思いを語りました。

▼プロフィール

大松 敦
学生時代にパブリックスペースの開発も含む規模の大きな建築に興味を持ち、1983年に日建設計に入社。埼玉新都心や汐留エリア開発などのプロジェクトに関わり、都市のあり方を模索してきた。近年では、東京駅八重洲口や六本木ミッドタウン、渋谷駅周辺地域の再開発などに携わり、「パブリックスペースをどうつなぐか」をテーマに一貫した取り組みを続けている。2021年から同社の代表取締役社長に就任。

吉備 友理恵
1993年大阪府生まれ。東京大学大学院新領域創成科学研究科修了。2017年4月、日建設計NAD室(Nikken Activity Design Lab)入社後、一般社団法人Future Center Alliance Japanへの出向を経て、社内外のコラボレーションをデザインするイノベーションデザインセンターで活動。共創を概念ではなく誰もが取り組めるものにするためのツール「パーパスモデル」を考案し、書籍化。2023年より、本社内の共創の場PYNT(ピント)の企画・運営も担う。

人、組織と建物、都市をつなぐ、日建設計の社会環境デザイン

阿座上さん:日建設計は大規模な都市開発などを手掛けています。改めて業務内容や大切にしている価値観を教えてください。

大松さん:日建設計は「社会環境デザイン」を行う会社です。街や建物といった目に見えるもののデザインだけではなく、その根底にある仕組みや制度、条例、組織、あるいはステイクホルダーとの「つながり」をデザインしています。

社会環境は、まるで生き物のように時代によって求められるものや課題が変わってきます。その変化に応じて優先度の高い課題を解決するために、関係性をデザインし、最終的に街や建物に落とし込むということを、創業から一貫して行ってきました。

大松 敦さん

阿座上さん:どのようなプロジェクトを手掛けてきたのでしょうか?

大松さん:日建設計の前身となる会社が創業したのは1900年、明治時代のことです。当時は近代化の真っ只なかで、その流れとともに様々なプロジェクトを手掛けました。最初に取り組んだのは、市民が西洋の知識や知恵に触れるための図書館(現・大阪府立中之島図書館)の設計です。さらに、資本主義を根付かせるための銀行(現・三井住友銀⾏⼤阪本店)の設計や、貿易を広げるための港湾開発なども行ってきました。

出典:日建設計

戦後には復興のために、港湾の埋め立て地における物流倉庫、製鉄所などの設計を担いました。臨海工業地帯にある製鉄所や工場などにも、日建設計が携わった施設が多くあります。そこで培った鉄骨設計の技術を活かして、電波放送が始まる際には、東京タワーの設計もしました。ひとつの課題を解決することで得た知見や技術を、次なる課題の解決にあてるサイクルを繰り返してきたんです。

出典:日建設計

2000年代に入ると、社会の課題は複雑化し、ハードだけでは解決できないことが増えてきました。そこで、仕組みや関係性といったソフトのデザインまで業務の領域を拡張。2017年には、現在のブランドタグライン「EXPERIENCE,INTEGRATED」を掲げ、「プロジェクト関係者の経験をつなぎあわせる」ことに注力するようになりました。

バブル崩壊後も「社内株主制度」を守り続けた日建設計

阿座上さん:事業もそうですが、会社の経営も特徴的ですよね。特に、外部資本を入れず、「社内株主制度」による独立経営をされてきたことは、ゼブラ的な新しい会社のあり方にも、近しい文脈があるように感じています。なぜ、そうした制度が生まれたんですか?

大松さん:「社内株主制度」は、現役社員に株を所有してもらって、退職時には会社にすべて売却してもらう制度です。それによって、社長であっても退職後に経営に対する直接的な影響を持てないようになっています。

この制度の原点には、「建築家は中立的でなければ、いい仕事を残せない」という初代経営者の強い想いがあります。現在の株式会社日建設計は、前身の「日本建設産業」から1950年に独立してできた会社です。日本建設産業(住友商事株式会社の前身)には貿易や商売を担う事業部門がありましたが、ビジネスと設計が近くなると、さまざまな摩擦がどうしても出てきてしまいます。初代経営者はその制約から抜け出して、自由な立場を志しました。同じ考えを持った数十人が独立したので、「中立」という考えが残り続けているんです。

阿座上さん:なるほど、中立な立場で設計をするために、経営の独立性と社会的な中立性を守ってきたわけですね。社員が株主であることによるメリットがいろいろとありそうですね。

大松さん:株を保有することで社員時代に感じたことでいえば、会社の方針に対して社員が意見を表明でき、経営にコミットしている感覚を持てる点だと思います。また、配当ももらえるので、会社の成長も実感できました。

もう少し客観的な立場から話せば、「みんなで会社を経営している」という一体感も感じやすい制度だと思います。バブル崩壊後には一時経営が厳しい時期がありましたが、そのときも社内制度を無くそうという話はでませんでした。外部資本を入れないで会社を維持するために、全員の給料を一律下げ、この制度を維持したまま、役職員が一体となって経営危機を乗り切ることができたんです。

阿座上さん:設計において「つなぐ」が大事だとおっしゃっていましたが、人や組織においても「つなぐ」ことを大切にしてこられたんですね。

日建設計が開発し、PYNTで展示している「Future Platform®」。画面には、社会課題の解決に活用できる先端的取り組みやテクノロジーが時間軸で3D表示。年数をクリックすると、それまでに実現予定のテクノロジーや、社会の動きが網羅的に示され、未来について多角的に議論することをサポートする。

まちの未来に新しい選択肢をつくる共創プラットフォーム「PYNT」

阿座上さん:そんな日建設計が、建築や都市開発以外の分野との共創をするようになるのは、自然な流れだと思います。そのひとつが、2023年にオープンした、多様な人や組織との共創プラットフォーム「PYNT」。「FUTURE LENS」に先立つプロジェクトですが、企画・運用を担当している吉備さんから、PYNTオープンの経緯を説明いただけますか。

吉備さん:PYNTの企画運営を担当している吉備です。PYNTが対外的にオープンしたのは2023年4月ですが、構想自体は2020年からありました。

「共創の場」のきっかけは、2021-25年の中期経営計画の中で、「組織を開く」ことをビジョンとして掲げたことです。また、場(空間)のつくり方としては、コロナ禍で出社して働く人が大幅に減ったことが大きく影響しています。

リモートワークが普通の働き方として浸透し、働く場所や働く時間が柔軟になった一方で、本社に来る意味や対面の価値を見直すことが経営者からも強く意識された結果、東京ビルの2〜3階をリニューアルして、社内外の人が魅力を感じて集うワークプレイスをつくることになりました。

私自身は、新卒で日建設計に入社し、出向を経て2021年にイノベーションデザインセンターという部署に戻ってきました。そのころにはPYNTのハードの部分はある程度固まっていて、コロナが収束し始めたあたりから、本格的に中身についても検討を始めたんです。

吉備 友理恵さん

阿座上さん:どんなことを考えながら検討を進めたのですか?

吉備さん:「まち」というと、一昔前は行政やデベロッパー、設計者だけが携わるイメージだったと思います。しかし、最近では、地域の商店街の方やイベント会社の方、テクノロジー分野の方々など、様々な人が関わるようになっています。「まち」が色々な分野と溶け合ってきているのです。その流れを受けて、建築業界以外の方々とも「まちの未来」を考えていきたいと思い、PYNTのコンセプトは「まちの未来に新しい選択肢をつくる共創プラットフォーム」としました。

PYNTでは、日々さまざまな専門性や課題意識をもつゲストと、建築や都市の専門家である日建設計の社員による意見交換や議論が日常的に行われています。課題を解決できるようなアイデアが生まれたら、日建設計のこれまで培ってきた様々な経験を生かし、実証実験から実際のプロジェクトにも昇華していきます。

阿座上さん:オープンから約1年半が経ちましたが、手応えを教えてください。

吉備さん:手応えのひとつは、1年で6000名以上の方と出会えたことです。建築業界以外の人たちとのつながりも広がり、新しい取り組みの芽も出てきています。

また、日建設計社員のなかで、プロジェクトを通じて気づいた課題感や個人の興味関心を自由に相談でき、新しいアイデアや可能性を探す場ができたこともよかった点です。初年度では、さまざまな議論から30ほどのプロジェクトが生まれ、実際に6つが実証フェーズに進むなど、プロジェクトが確実に「出口」に向かっていることを実感しています。

ワークスペース、イベントやワークショップの場、展示など多様な使い方ができるPYNT。カフェではこだわりのハンドドリップコーヒーが飲めるなど社員にとっても居心地のいい場になっており、専任のコミュニティチームがいることで来訪者との自然なコミュニケーションを生み出す仕掛けも。

地域と接続し、社会課題の解像度を高め、新たな可能性を探る

阿座上さん:意見交換や議論に終始するだけではなく、具体的なかたちになっているのが素敵ですね。今後、より良くしていきたいところはありますか?

吉備さん:そこがまさに、今回の「FUTURE LENS」にもつながるところです。

PYNTでは、一つひとつの議論やプロジェクトの検討をボトムアップでやっているので、実装できるかたちにまで育てるのに時間がかかります。時間をかけていくことも大事なのは前提ですが、内部から育てるだけではなく、外部の取り組みや企業と一緒に可能性を探る、という選択肢も持てないかと考えていました。

また、社員の社会課題に対する解像度をぐっと上げていきたいという思いもあります。極端な言い方ですが、自分の家と仕事場との行き来だけでは、高齢化や気候変動の影響、一次産業の衰退、ジェンダーギャップなど本当の意味で社会課題を肌で感じる機会が少ないのではないでしょうか。地域で現場と向き合うゼブラ企業のみなさんと関わることで、自分自身が課題の当事者になるひとを増やしていきたいと考えました。

阿座上さん:大松さんの考えもお聞きしたいです。「FUTURE LENS」の構想が生まれたきっかけは、日建設計のアワードに参加させていただいたあとの打ち上げで、「投資も含めた、地域とのつながりをつくっていきたい」と、大松さんが話されていたことだったかと思います。

大松さん:2022年9月に、株式会社ハチハチ、株式会社ロフトワーク、日建設計の3社で、地域と都市の新たな関係性をつくる会社「Q0」を設立しました。出資をしつつ、社員にも参加してもらって、社員が地域と触れ合うことで地方創生に役立てないかと考えていました。

そのなかで、僕自身が色々な場所に出張して、町おこしに取り組む自治体やプレイヤーのみなさんに出会うようになりました。魅力的な地域や人がたくさんいることを目の当たりにして、Q0のように深さを追求することに加え、広く展開する取り組みもできないかと思ったんです。

そのタイミングで、阿座上さんと話す機会があり、「社会性と経済性の両立」という考え方や、Z&Cが手掛けているプロジェクトの面白さに惹かれたのが「FUTURE LENS」の出発点です。

規格財の木材とクランプを用いて、だれもが簡単に組み立てられ、解体・移設もできる木質ユニット「つな木」の展示。

地域を見つめる小さなレンズも、組み合わせれば遠くまで見渡せる

阿座上さん:「FUTURE LENS」の中身について、吉備さんから説明をお願いできますか?

吉備さん:「FUTURE LENS」は、地域で活躍するゼブラ企業と、日建設計の社会環境デザインの視点を組み合わせて新たな価値を創出する実証研究のプログラムです。都市で暮らしていると見えづらくなりがちな社会課題を、地域の先進的な事例を通して、日建グループの職員も当事者のひとりとして経験し、解決策や理想的な都市のあり方に落とし込んでいくことを目指しています。

具体的には、ゼブラ企業のみなさんに、1年で最大500万円を2年間支援しながら、まだ社会で共有されていない社会課題の可視化、事業価値の定量化や体系化を進めます。地域の課題を社会全体の課題として認知拡大しながら、都市部や他の地域にも拡げていくための方法論を研究していきます。

FUTURE LENSの描く未来図(セオリー・オブ・チェンジ)

大松さん:「地域から未来の都市のあり方を見出そう」という考え方は、先ほど話した「Q0」のときからありました。ただ、今回は「複数のゼブラ企業と共創する」ことでより一層、遠くの未来を見れるのではないかと期待しています。

例えるなら「FUTURE LENS」は、従来の電波望遠鏡の100倍上回る感度を実現した「アルマ望遠鏡」のようなもの。アルマ望遠鏡は、複数のパラボラアンテナをつなぎ合わせることで、世界最高の“視力”を実現し、天文学に様々な革命を起こしています……というのは、今回の対談に向けて調べたんですけどね(笑)。

大松さん:「FUTURE LENS」で共創するゼブラ企業の取り組みのなかには、規模だけ見ると大きくないものもあるかもしれません。しかし、それらが複数集まることで、様々な視点(レンズ)が得られ、より高い解像度で遠くを見通せると思っています。

阿座上さん:日建設計のような大きな企業が、なぜローカルゼブラと協業するのか、の答えがいまの例えに詰まっていますね。最後に、「FUTURE LENS」に興味ある方への呼びかけや、お二人の意気込みを聞かせてください。

吉備さん:社会環境デザインは、人と環境の両面から考えていくものです。人の観点でいえば、コミュニティをどうするか、学びのあり方やケアのあり方はどうあるべきか、ジェンダーギャップをどう捉えるか、文化をどう残していくかといったことがある。環境の観点からいえば、移動やインフラはどうなっていくか、生物多様性をどう考えるか、エネルギーの問題をどう解決するかなど、かなり幅広い話が絡んできます。

そうした多様な観点をもちながら、未来の街や暮らしについて一緒に考えてくださる方々と共創していければと思っています。

大松さん:未来に必要なものというのは、必ずしも規模が大きかったり、日本初や世界初の取り組みだったりするわけではありません。身近な課題を解決するためにやったことが、実は社会全体にも必要とされていた、ということもあるはず。日建設計は、そうした身近な課題解決も応援していきたいと思っています。ぜひ、様々なご提案をいただけると嬉しいです。

阿座上さん:ローカルゼブラの取り組みのなかには、良いことをやっているけれど定量化・体系化が難しかったり、解決すべき課題自体が認知されていなかったりするものも多くあります。日建設計のみなさんの力で、それらが可視化されれば、人に説明できるようになる。もしくは、他の地域にも展開できるメソッドになっていくと思います。

ゼブラ企業は、自分たちの事業の価値を広げていくことができ、日建設計は「社会環境デザイン」を実現する新たな視点と仲間と出会うことができる。そんな、相利共生な取り組みを目指して、これからどうぞよろしくお願いいたします。

日建設計 共創型社会環境デザインプログラム「FUTURE LENS」はエントリー募集を開始いたしました。
※エントリー〆切は2025年1月17日(金)23:59まで。

詳細はプログラム特設サイトをご覧ください。
https://www.nikken.jp/ja/about/pynt_futurelens

【事前プログラム説明会をハイブリッド開催】
ご応募にあたり、プログラム説明会を開催いたします。お気軽にご参加ください!
❶12月18日(水)12:00 – 13:00(オンライン):プログラム説明会
❷12月19日(木)19:00 – 20:00(現地参加 / オンライン):プログラム説明会
❸1月10日(金)12:00 – 13:00(オンライン):締切直前!応募相談会
https://futurelens.peatix.com/

PROFILE

ゼブラ編集部

「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。