2021.12.03 ZEBRAS

「生産過程に奴隷労働一切なし」攻めの一手の改革で瞬く間にオランダの国民的チョコとなったトニーズチョコロンリー


「生産過程に奴隷労働一切なし」攻めの一手の改革で瞬く間にオランダの国民的チョコとなったトニーズチョコロンリーのイメージ

なぜそれがサステイナブルなのか?炎上への対策は?現地の最新施設は?2021年度最新版トニーズレポート

TONY’Sチョコ(同社公式Facebookページより)

たった10年足らずでチョコ大好き国家オランダの国民的チョコの王座に定着

もしもあなたが「TONY’S CHOCOLONELY」というオランダのチョコの名前を聞いて「あっ、あれおいしいよね!」と思い当たるとすれば、よほどチョコがお好きか、あるいはサステイナビリティやオランダにご興味が深いか、ここ数年のうちにオランダにいらしたか、どれかではないだろうか。

TONY‘Sは、ここ数年丸井グループと国分グループの協力により日本でもポップアップなどで紹介される機会が増え、じわじわと知名度を上げているオランダの国民的チョコブランドである。

元々オランダ人のジャーナリストが「生産過程に奴隷労働一切なし」を売りにプロデュースしたこのブランド。2005年の立ち上げから10年足らずであっという間にスーパーのチョコレートコーナーを席巻し、私たち日本人にもなじみ深い多国籍企業群を抜いて、国内売り上げNo.1の国民的チョコブランドになった。

新フレーバーも続々誕生(同社公式Facebookページより)

「攻めの一手」の改革はチョコレート業界全体に呼びかけ続ける

元々はTVプロデューサーだったTeun van de Keuken氏(通称TONY)が、食品業界の真実に迫る自身の番組でカカオ産業における奴隷労働を特集したことから始まったこのブランド。

この人が「トニー」です(本人公式サイトより)

貧困を基盤とした現代の奴隷労働は依然として大きな問題であり、現在でも西アフリカでは156万人の「子ども奴隷」がカカオ豆の生産に携わっているという。

彼は番組で世にその実態を訴えるだけでは飽き足らず、まずはそんな罪深い食べ物であるチョコレートを「2004年3月22日に自宅で食べた」罪で自分を告訴するという前代未聞の行動に出る。

さすがにあほくさ過ぎるというのが理由かどうかは謎だが、検察が不起訴として処理しても、しつこく上告。

一方で、ネスレなどチョコレート製品を多く扱う多国籍企業に「奴隷労働を含まないチョコレートを作らないか?」と働きかけるも、通常のカカオ豆の流通を避けるとなると利益が損なわれるとして、けんもほろろの対応を受けたという(『トニーの寂しいチョコ』というブランド名は、この時に同氏が受けた『この問題を気にかけているのは自分だけなのか』という孤独感に由来している)。

しびれを切らした同氏は現地から透明性のある調達ルートを開拓し、畑違いのチョコレート製造業に進出する。これがチョコと社会貢献が大好きな国民の琴線に触れて大ヒットした。

ミッション主導型の社会的企業は、取り組みが社会により大きなインパクトを与えるために自社のノウハウを他の企業へと波及させようとする点が、利益追求型の企業との最大の違いであるが、同社はまさにこの好例だ。

2019年に自身が開拓した奴隷労働を排除したサプライチェーンを無償で公開し、「一緒に奴隷労働をゼロにしよう」と他社に呼びかけるイニシアチブ「TONY’S OPEN CHAIN」をリリース。現在、国内最大のスーパーマーケットチェーンAlbert Heijnの自社ブランドなど数社が「同志」となり、輪を広げている。

しかし、彼らの目は常に最も大きなインパクトのある多国籍企業に向いている。

今年は自社のチョコをどこかで見たことがある感じの、世界的な有名チョコレート商品を模したパッケージに包んだ限定バージョンを発売。「うちの会社だけでは力が足りない。世界のメーカーが手を組まなければ、奴隷労働はなくならない」と、チョコレート業界の巨人たちに訴えた。

どこかで見たような気がするデザインのパッケージたち(同社公式サイトより)

そのメッセージは同社のチョコレートを手に取る私たちにももちろん直接届けられる。

TONY’Sのチョコはものすごく不均等に割れるように溝が入っており、ちぎれたチェーンのロゴが入っている。ちぎれたチェーンはもちろん奴隷労働からの解放を意味し、不均等な溝に関しては「カカオ豆生産者が不公平な待遇を受けている以上、私たちだけが公平性を享受することはできません。チョコ業界が公平になるまで、不均等な割れ目に耐えてください」と説明している。

手に取って割ってみると分かるが、実際真っすぐでないこの割れ目は非常に割りにくいのだ。消費者に不便を強いてまでメッセージを伝える彼らの戦術はまんまと功をなし、食べるたびに色々とトホホという気分になる。

とにかく不均等なのだ(同社公式Facebookページより)

またTeun氏はガーナのカカオ豆農場を視察に行った際、ここまでしても現行のシステムでは完全に奴隷労働0%でカカオ豆を製造することは実質不可能であること悟り、自社のチョコのスローガン「奴隷労働ゼロ」を「奴隷労働ゼロに向けて」に変更。

同時に奴隷労働撲滅に現地からアプローチするプロジェクトを立ち上げ、チョコレートの売り上げの1%を振り分けている。プロジェクト名は「トニーの罪inアフリカ」。なんというか、徹底している。

「奴隷ゼロ」がサステイナブルと言える理由と「炎上」への対応

さて、こんな同社はここ3年連続でヨーロッパ最大のサステイナビリティ調査である「Sustainability Brand Index」で1位に輝いている。

サステイナビリティが自然環境保護の文脈で語られることの多い日本ではピンと来ないかもしれないが、そもそも「サステイナビリティ」は「後の世代にツケを回すことなく、人がみんな繁栄とともにずっと生きていけること」という広い意味を持っている。

国連によるSDGsではゴール8「働きがいも経済成長も」の下位項目として「強制労働の撲滅」が掲げられている。これまた豊かな国に住む私たちにはピンと来ないかもしれないが、現代の奴隷問題は緊急の対応が求められている大きな世界の「ほころび」でもあるのだ。

その奴隷問題に鋭くメスを入れ、「世界で最もエシカルなチョコ」のタイトルをほしいままにしてきたこのブランドも、ときには思わぬ落とし穴にはまって「炎上」することもある。

まずはブランド創成期に、同国内でスイスチョコレートを輸入・販売していた会社に「自社の製品だけが奴隷労働ゼロだと宣言することで、間接的に他のチョコレートのイメージを低下させた。また、カカオ豆の流通システムを考慮すると、同社のチョコが奴隷労働ゼロと言い切ることには問題がある」と起訴されたことがある。

前半に関してはそりゃそうなるわなという主旨ながら、この際には裁判所による調査の結果、実際にTONY’Sのチョコに奴隷労働がほぼ含まれないことが証明され、かつ直接他社製品を貶める意図がないことから勝訴の運びとなり、一気に知名度を上げるきっかけにもなった。

また、今年に入ってからアメリカの民間団体が発行している「奴隷ゼロチョコレートリスト」から除外された際には多くのファンが動揺し、SNSなどが炎上する騒ぎになった。

それに対して同社は早々に公式声明を発表。

リストから除外されたのは自社サプライチェーンに奴隷労働が発生したからではなく、(奴隷労働の絡むカカオ豆を使用している)BarryCallebaut社とコラボしたことによるものであること、またそれが同社に取り組みを伝達するための意図的なものであったこと。

それだけでなくガーナやコートジボワールなどもっとも劣悪な条件の国から調達ルートを開拓しているようにしていることなどに触れ、チョコ業界を最も問題が深刻な部分から真に改革したいからこそ「危うきに近寄らない」のではなく「火中の栗を拾って」いることを丁寧に説明した。

その透明性あふれる対応に、ますます応援したくなった消費者は筆者だけではなかったはずだ。

幻となったTONY’S「チョコレートコースター」

さて、こうしてチョコレート産業の不平等を強く訴え続けている同社だが、一方でおいしさとお楽しみを提供することで、取り組みに多くの人を巻き込むというオランダビジネスらしさも忘れない。

TONY’Sショップ(同社公式サイトより

コロナ直前の2020年初頭には、アムステルダムに自社チョコを利用した様々なメニューが楽しめる「トニーズチョコレートバー」をオープン。

また、「100年前からカカオ豆のヨーロッパへの最大の入り口だった」同市内の港には、自分だけのオリジナルチョコのカスタムメイクなどができるフラッグショップTony’s Chocolonely Super Storeをオープンした。どちらもカラフルでポップな店内で、同社のチョコレートを胸いっぱいに楽しめる仕掛けになっている。

さらにそれだけでは飽き足らず、ザーンダム地区にジェットコースターに乗ってチョコレートの歴史や製造過程について学べるライドを備えた大型見学型ファクトリー「トニーのチョコレートサーカス」を建設する計画を進めていた…が、なんとこの計画、コロナ禍で資金繰りが難航し、まさにこの稿を書いている最中に計画の中止が発表された。

実現すれば映画『チャーリーとチョコレート工場』の世界が現実に、と一部のチョコレート好きが楽しみにしていた一方で、「そんな無駄にエネルギーを消費しそうな派手な乗り物なんてTONY’Sに似つかわしくない」という世論の声も大きかった。そのため、全体としては時代的な背景も相まってこのニュースは「まあ、でしょうね」という反応で迎えられている。

この事業のためにセーブされていた資金は、本来の「奴隷ゼロへの取り組み」をさらに推進するために注入されるとのことだ。

幻となった「TONY’S CHOCOLONELY CHOCOLATE CIRCUS」(TONY’S公式サイトより)

色々試行錯誤はありながら、「奴隷ゼロ」の旗をひらめかせてアグレッシブにチョコレート業界の改革を推し進めるTONY’S CHOCOLONELY。

いつかカカオ豆のために奴隷労働をする人がいなくなって、彼らのチョコバーに碁盤の目のような規則正しい割れ目が入る日が来たら、子どもや孫と一緒に食べながら「昔は奴隷がいたのよ、だから不規則な割れ目だったの」と語りたい。

あなたの街でポップアップショップを見かけたら、ぜひ手に取ってみてほしい。割りにくいけれど。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

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