2022.02.02 ZEBRAS

今、日本が新興国のゼブラ企業をサポートすべき理由 〜異国の地での挑戦とは〜


今、日本が新興国のゼブラ企業をサポートすべき理由 〜異国の地での挑戦とは〜のイメージ

社会性と経済性をどちらも追求し、相利共生(集団・群れとしての共存)を大切にしているゼブラ企業。当初、一つのブログから始まったこの動きは、たくさんの国や業界で同じような思いを持った個人や企業がいたこともあり、多くの反響を得て、世界中へと広がりました。

一口に「ゼブラ企業」といっても、さまざまな種類の企業がいます。
本記事では、Z&C 共同創業者の陶山さんが、新興国で活躍するゼブラ企業についてご紹介します。

新興国のゼブラ企業

みなさんは、「新興国」と聞いて、どのようなイメージを思い浮かべるでしょうか。

多くの日本人にとって、新興国とは「関係ない場所」、「どこか遠い世界の話」と感じると思います。わたしもさまざまな国に行く前は自分と全く関係のない世界だと思っていました。

一方で、学生時代にバックパックで世界30カ国以上をまわり、旅先で笑顔で言葉を交わしたり、現地を案内してもらったり、日本のことを話したりする中で、その地で暮らす人々も私たちと同じ人間であることを実感するようになりました。

また、歴史を学べば学ぶほど、一昔前の日本も今の新興国と大差ない状況で、そこから、さまざまな人や国に助けられて今のわたしたちの生活があることも知りました。

新興国を訪れたことがある人の中では、
「同じ人間同士なのに、たまたま生まれた場所や育った地域が違うだけで、得られる機会や境遇に天と地ほどの差がある」、
「日本では当たり前過ぎて見過ごされている“日常”や“人権”が、新興国ではまだまだ担保されていない」
といったことに問題意識を持つ人が多くいます。

私自身も、そうした問題意識を持った一人です。ビジネスというフィールドを通じた社会課題解決を目指す企業も出てきており、たとえば、マレーシアから始まったタクシー配車アプリ Grabや、バイクタクシーの配車から事業展開したGojekなど、金融の力も活用して、短期間で急成長するユニコーン企業も生まれてきています。

一方で、生活に必要なサービスであるにもかかわらず、一気にスケールしにくいなどの理由で既存の金融ではカバーされにくい領域がまだまだ残っているのも現実です。

今回は、現地の生活に必要なサービスを届けようと起業するに至った2人のゼブラ起業家をご紹介するとともに、なぜ、わたしたちが新興国のゼブラ企業をサポートしようとしているのか、そこにはどんな意味や思いが込められているのかについてご紹介します。

ダッカ(バングラデシュ)の中心部。1.6億人の人口を持ち、今なお人口が増加している。

バングラデシュのマイクロ生命保険事業

実は、わたしがゼブラ企業に強い思いを持ったきっかけの一つは、2017年に、バングラデシュでマイクロ保険事業に取り組もうとしているアジクルの渡辺さんと出会ったことでした。

バングラデシュは、マイクロファイナンスが最も発達した国の一つですが、たとえマイクロファイナンスにより貧困を脱却したとしても、
ひとたび、働き手の死亡・病気・ケガなどにより収入が途絶えたり大きな出費があったりすると、再度、家族全員が困窮に陥ってしまうリスクがあります。

農村部の人々は単価が高い既存の生命保険に加入できず、死亡・病気・ケガなどがあった場合に、その家族たちは食べるものにも困り、子供の将来も一気に暗転する。そんな話を聞いていると、マイクロ保険は絶対に普及させるべきだと感じました。

また、マイクロ生命保険は、単に農村部の人々の生活を支えるだけではありません。そこで集めた資金は、バングラデシュの産業の発展のために長期投資に活用していくこともできます。
(日本も、生命保険会社による長期投資が第二次世界大戦後の復興を後押ししました)

渡辺さんは、前職の大手生命保険会社でJICAのサポートも得てフィジビリティスタディ(事業可能性の検証)も済ませていました。

現地のオペレーションを担うマイクロファイナンス機関との提携も決まり、収益性にも目処が立っていましたが、いよいよ事業化というタイミングで、首都のダッカでテロ事件がおき、カントリーリスクを理由にその生命保険会社が進出を断念したために、渡辺さんが起業したという経緯がありました。

当時、渡辺さんとともに投資家と議論しましたが、バングラデシュでも農村部の所得はまだまだ低く、また、事業の展開にも時間がかかる見通しであり、そこまで事業検証が進んでいても、長い時間軸とバングラデシュという土地柄がネックとなって資金調達は難航しました。

本当に意義があり、収益性がある事業、さらに、長い時間軸で大きく成長していく可能性があり、やがて大きな経済的社会的インパクトに繋がる事業であっても、今の金融の仕組みでは投資対象としづらい。

既存の金融の限界・課題と、新しい金融の必要性を感じた経験でした。

フィジビリティスタディ時のマイクロ生命保険の保険金支払いセレモニーの様子

ミャンマーの地のゼブラ企業

そんな経験を踏まえてゼブラ企業の支援を始めた時に出会った起業家が、ミャンマーで事業を行う起業家です。
2021年2月のクーデターで影響を受けつつも、ミャンマーの人々に真摯に向き合い、現地の人々のために事業を諦めないその起業家の姿勢に感銘を受けて、今回、資金調達をサポートするに至りました。

ミャンマーは、毎年6.5〜7%の経済成長を続け、コロナ禍の2020年もASEANトップの3.3%成長を実現し、アジア最後のフロンティアといわれています。
5,400万人の市場を抱え、2035年には6,000万人超になっていくといわれている、日本の高度経済成長期のような国です。

その起業家は、途上国を旅した際に感じた「生まれた場所が違うだけなのに自分と全然機会が違う」という憤りを原体験として、貧困削減を志してマイクロファイナンスの現場に飛び込みました。
しかし、マイクロファイナンス機関の多くで情報の利活用が進んでおらず、そうしたオペレーションを原因として画一的な金融商品しか提供できていない。そんな課題感から、2015年にマイクロファイナンス機関をサポートするITシステムの開発・提供をミャンマーで始めました。

そして、その事業を行う中で、数百人へのインタビューを行い、1,000件以上の事業内容、30万件以上の融資データを分析して、マイクロファイナンス機関の借り手である個人経営の零細商店や零細事業者が商品や材料の調達に苦労していることを発見しました。

ミャンマーでは、農村部の小売店の商店主(そのほとんどが女性です)が片道1時間かけて二輪のバイクで買い出しに行き重い荷物を運んでいます。

同社のサービスを活用することで、商店主の女性は電話一本で必要な商品を注文し、手元に届けてもらうことができるようになりました。
同社は、郵便も届いていない農村まで商品を配送することで、商店主の方に時間ができ、仕入れられる物が増え、農村部の住民の利便性が上がって収益もあがり、育児や子供の教育へかけられる時間・資金を増やすことができるようになりました。

ミャンマーの農村部においては、小売店が、そこで暮らす人々への物・情報・資金の出入り口になっています。同社が築く商流と物流のネットワークを使えば、医薬品の販売や医療サービスを拡充していくこともできますし、農村部における新しい機会や教育を広げていくこともできます。

将来的に、物・情報・資金の出入り口として、ミャンマーの農村部の生活と発展を支えていくプラットフォームになる可能性を秘めた事業なのです。

個人経営の零細商店。これまでは全て自分たちで市場に買い出しに行っていた。

徹底した現地へのコミットと日本ならではの強み

新興国で事業を伸ばした企業の多くは、とにかく、その国にコミットして実績をあげています。
たとえば、韓国企業などは、自国市場が小さいことも相まって、異国へと飛び込んで現地に溶け込み、現地のニーズにあった製品開発・マーケティングを行なって、新興国での事業を伸ばしています。
(そして、それは、明治維新以降に移住した日系人も同様であり、また、戦後世界を席巻したソニーやホンダが行ってきたことでもありました)

現状では、日本には一定の市場と雇用があるので、わざわざ異国の地に移り住み、異なる文化の中で、低い給与・物価の中で挑戦するインセンティブはありません。
一方で、(自戒を込めて、)今後も皆が快適な日本の中で事業に取り組んでいるだけでは、日本全体としてジリ貧になっていくことも明らかです。

2015年にミャンマーに移り住み、このコロナ禍やクーデターの状況下でもミャンマーに残り続けて事業にコミットし、現地の人々と寝食をともにして事業に取り組んでいるその起業家をはじめ、新興国にコミットする起業家は、日本にとってのファーストペンギンであり、その前途を切り開いてくれている一人だと感じています。

しかし、ただ闇雲に新興国に飛び込んで徒手空拳で戦うだけでは、真に現地の人々の役に立つことはできません。
現地の人々の真のニーズを汲み取りつつも、日本が培ってきた強みを生かすことも重要です。

同社は、日本の小売企業や宅配企業で事業開発、流通管理を担っていた人材も現地に入って、ミャンマーの人々をきめ細やかに指導し、人材育成をしっかりとしていることにより、事業を発展させてきました。

同社の倉庫や、その場でのオペレーションの動画を見ると、新興国とは全く思えないほど整理整頓されて仕組み化されており、そのオペレーションの秀逸さを感じることができます。
そうしたこれまでの地道な積み重ねの成果として、ユニットエコノミクス(一倉庫への投資とそこからあげられる収益性のバランス)が成立して事業性の見通しが見えてきているのです。

日本の責務と成長戦略

新興国で活躍する企業への投資は、その国の人々のためになるのみならず、日本にとっても重要なものです。日本は、人口減少の影響もあって、どうしても市場が小さくなっていかざるを得ません。

成長豊かな新興国にコミットし、資金とともに、日本の知見やノウハウを提供することが、これからの日本の成長戦略でもあり責務でもあるというのは、わたし自身が経済産業省にいた頃からの10年来の課題意識です。

同社の事業が、2021年2月に起きたクーデターによってハイリスクになっていることは間違いありません。

一方で、これまでその起業家の方が積み上げてきた資産・実績や、コロナ禍の最中での前回の資金調達に比べて株価を下げていることも踏まえると、経済的にも成立するハイリターンの投資であると考えています。

金融的観点では、ポートフォリオの一部としてハイリスク・ハイリターンの資産を持つことは、全体として経済的リターンを押し上げることに繋がります。

日本の金融資産は、家計で2,000兆円、企業(非金融)で1,250兆円ありますが、この資産を有効に活用・運用できているとはいえません。

日本に閉じこもり、ローリスク・ローリターンな活動ばかりを続けていたら、個々の個人や企業も日本全体も縮小・貧困化の一途をたどることになります。

全ての人が、成長していく新興国に飛び込めるかといったらそうではありませんが、皆のポートフォリオの一部として、少しずつハイリスク・ハイリターンの資産が入ることによって、日本の金融資産を活かしていくことができると感じています。

ヤンゴン(ミャンマー)の都市部。新興国も多様な側面を持つ。

ビジネスという位置づけを超えて

わたしが、同社のサポートをしたいと思うようになったのは、クーデター直後に、その起業家の方と2人で対話したことが直接のきっかけでした。

異国で事業を行なっていく中で、経営者は、日本で事業を行なっていく以上に根源的な問いかけに向き合うことになります。

彼と話している中でも、クーデターという未曾有の動乱の最中で、

「企業としての責任は何か」

「半世紀にわたって民主化を求めてきた市民の思いが痛いほど良くわかる中で、自らはどう振る舞うか」

「この動乱の中で、将来のミャンマーのために今自分がなすべきことは何か」

といった問いかけに向き合うその起業家とお話することを通じて、
自分自身も、一人の人・経営者として大切なことが問われているように感じましたし、さまざまなステークホルダー・優先順位の中で悩みながら道を模索するその姿は、まさにゼブラ企業の経営者そのものだと感じました。

そうした問いかけを繰り返しながら、本当に相手国の人に寄り添い、長い時間軸で展開していった事業は、必ず、大きな信頼、ブランド、人的事業的ネットワークを積み重ねることになります。

それは、その企業のみの資産ではなく、その後、他の日本企業が活動する際の礎にもなります。また、経済的側面のみならず、国と国との付き合いにも発展していきます。

人と人との交流、企業と企業の交流が、国と国との関係をつくっていきますし、政府同士の外交を補完する民間外交の一環として、長い目で見ると、わたしたちの子供や孫、ひいては日本のためにもなっていきます。

 単に一つのサービスを展開し、現地の人々の生活を豊かにするのみならず、長期的目線での資産を積み上げて、国と国との関係構築にも役に立つ。新興国におけるゼブラ企業には、そうした可能性もあると感じています。

引き続き、多くの方とともに新興国のゼブラ企業を応援していきたいと思っています。

PROFILE

ゼブラ編集部

「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。