2022.07.05 ZEBRAS

「ベッドレス問題」ってなに?エリートなゼブラ的経営者が取り組む子どもの貧困と「ゼブラ成功の秘訣」米Leesa Sleep社


「ベッドレス問題」ってなに?エリートなゼブラ的経営者が取り組む子どもの貧困と「ゼブラ成功の秘訣」米Leesa Sleep社のイメージ
Image: unsplash

まともな睡眠をとれずに生きる子どもたち

「ベッドレス問題」をご存じでしょうか。

なんと世界には、貧困のためにベッド(や、それに準ずる寝具)を与えられず劣悪な環境で眠る子どもが多くおり、彼らはまともな睡眠をとれないがために心身の不調を抱えがちであるというのです。

しかもこれは決して遠い途上国の話ではなく、アメリカの子どもの2〜3%イギリスでも50万人以上の子どもがこの問題に苦しんでいる上に、この数字は特にパンデミック以降うなぎのぼりとのこと。各国でさまざまなイニシアチブが解決に向けた取り組みを始めています。

あまりこの問題になじみがなく、ふとん文化を持つ私たち日本人は、自動的に「ベッドがないなら床に安い布団でも敷いて寝ればいいじゃない」と考えないでしょうか。

しかしそれは薄い布団を敷けば快適な寝床ができ上がる、清潔な家と床があっての話。多くのベッドレスチルドレンが住む半路上や、衛生状態が悪い公営住宅では望むべくもない贅沢品です。かろうじてベッドがあっても、子どもは何人もひとつのベッドに押し込まれて寝ているために安眠できないといったケースも。

睡眠は、食事や排せつと同等にマズローの欲求5段階説でも最優先の「生理的欲求」のひとつです。

これが恒常的に満たされない状態で成長するベッドレスチルドレンは、身体的な成長・健康を損なうのみならず、多動などの行動障害、うつ病(+69%)や不安障害(+27%)などの精神障害を抱えやすく、高校の中退率は通常の87%高く、自殺率にいたっては4倍高いなどの深刻な影響が各種リサーチで明らかになっています。

パンデミック以降急増した子どもの貧困にはそれなりの助成がなされているものの、そのほとんどはより目に見えやすい食料の問題に消費されてしまっているとのこと。同等に大切なはずの睡眠の問題にはなかなか光が当たりにくいというのが、関係者が持っている印象のようです。

「すべての人に深い休息を」Leesa Sleep社 

Leesa Sleepは「全ての人に深い休息を提供すること」をミッションとする、マットレスの製造・販売を行う会社。先述の子どもたちの「ベッドの貧困問題」に取り組む活動でも有名なアメリカのゼブラ的企業です。

2015年にeコマース(特にD2C=製造元が消費者に直接販売するスタイル)の専門家のDavid Wolfe氏と、マットレス設計の専門家Jamie Diamonstein氏によって設立されました。

オリジナルマットレス(同社公式サイトより)

起業当初のミッションは大きく3つ。人々に質の高い睡眠を提供すること、マットレスの流通をシンプルにすること、そして自社のマットレスが10枚売れるたびに1枚のマットレスを、寝具を持たない子どもに寄付することでした。

当時マットレスのメーカーからの直接配送販売は珍しかったものの、同社はそのマットレスの品質と社会活動で消費者の支持を得て急成長。現在「Bed in a box」とよばれる、製造元でコンパクトに梱包して購入者の元へ直接配送される、マットレスの一大ジャンルを築いたパイオニアとなりました。

同社のマットレスは「最も深い眠り」を追求して設計されており、完全受注生産で、もっとも手ごろな価格のものでも約10万円と決して安価ではありません。

それゆえに消費者が安心して購入できるよう、送料無料や古いマットの引き取りなどはもちろん、100日間の消費者負担ゼロの返品保証、10年間の品質保証、金利ゼロの分割払い対応など手厚いサービスが用意されています。

「10枚売る毎に1枚寄付」ポリシーでは現在までに4万枚近い特別仕様の子ども用マットレスが貧困家庭に寄付されており、「1枚売る毎に1本植樹」も起業間もなくから継続中。もちろん現時点でB Corp(社会的および環境的パフォーマンスの高い営利企業)の認証を受けています。

子どもへの寄付特別仕様のマットレス(同社公式サイト

また、2018年にBurt’s BeeやSeventh GenerationのCEOを歴任した「ゼブラ的経営の超エリート」、John Replogle氏を経営チームに迎えたことも話題になりました。

「超エリート」エグゼクティブがゼブラ的企業に身を投じた理由 

このReplogle氏は現在、エグゼクティブチェアとしていろいろな場面で同社のミッションやビジョンを語っています。

元々、大卒で就職したボストンコンサルティングを休職して入学したハーバードビジネススクールを首席で卒業した超エリートで、その後GuinessグループのGuinness Bass Import Co(アメリカ)とGuinness U.K.(イギリス)の社長を兼任するなど、多忙な日々を送っていました。 

そんな彼に転機は突然訪れました。ある朝、いつものように忙しい一日の始まりにバタバタと4人の娘たちと一緒に車に乗り込んだ時、バックミラー越しに自分をじっと見つめている彼女らの目に「胸を槍で突かれたような瞬間」を体験したと言います。

「その瞬間、当時私がしていたことは、全て自分のためだったと気づいたのです。彼女たちやその人生のため、ましてや世界のためには何もしていなかった」

あまりのショックにギネス関連の社長の座を去り「転職活動」を始めた彼は、「キャリアをもっと、自分の個人的な価値観に合わせなければ」と、娘たちをはじめとした人の健康と幸福に寄与する仕事を探し始めます。

そんな新生Replogle氏が最初に就いた職は、Unilever社の北米スキンケア部門のゼネラルマネージャー。日本でもよく知られるDoveブランド発信の「Real Beauty」キャンペーンの立ち上げと「Doveセルフエスティーム基金」の設立に携わり、世界の女性に自尊心の問題を啓蒙しました。

その後Burt’s Bee、Seventh Generationとさらにサステイナビリティ志向の強い企業のCEOを歴任し、現在Leesa Sleepのゼネラルマネジャーと、One Better Ventures(社会的インパクトをもたらす消費財のスタートアップを支持するVC)の創設パートナーを兼任しています。

「地球を救うなどという大きな仕事を、NPOや政府に任せておいていいわけがない」「ミッション主導型で利益を生む企業だけが、継続的に社会や環境にインパクトを与えられる存在だ」

と、ビジネスと資本主義こそが社会的・環境的な善をなすもっともパワフルな存在であると信じる同氏はまた、環境活動家であるとともに、熱心なゼブラ的企業の支援者としても活動しています。

同氏はまた、20年前よりもミッション主導型の企業がビジネスとしても成功しやすくなっている要因を以下の3点にまとめています。

  1. ソーシャルメディアの発達により、企業が好むと好まざるに関わらず情報の透明性が上がった。悪を成している企業は数クリックでバレる。ミレニアル以上の世代は自分たちの購入行動が地球に悪影響を及ぼさないようリサーチし、少し多くお金を払ってでも本当にいいビジネスをしている企業のものを買うようになっている。
  2. ビジネスにパラダイムシフトが起き、単純営利追求型の企業よりもミッション主導型企業の方が高い利益を上げるという現象が実際に起き始めている。
  3. 20年前よりも気候変動などの問題がひっ迫し、NPOや政府による対策を待っていられなくなった。ビジネスは環境に問題を引き起こす存在でなくサステイナビリティを推進する存在であることが必要になっている。

Replogle氏が語る「ゼブラビジネス成功の鍵」

さて、そんな同氏は先述の通り、ゼブラ的企業の支援者かつその力を信じる一人として、ミッション主導型の企業(もしくは既存のビジネスへのミッションの組み込み)の成功の秘訣を以下のように語っています。

  1. コミュニティを育む。社員は経営者の最大のファンであり、最も重要なコミュニティであるべき。従業員が協力的なチームにまとまると、会社をより高いレベルの成功に導くためのすばらしいリソースになる。
  2. ストーリーテリングの力を活用する(例は後述)
  3. B Labアセスメント(上記のB Corp認証を発行する団体による評価)を受けて、早い段階からその価値観を自社のフレームワークに組み込む。数年おきにB Labスタンダードの達成度を確認したり、サプライヤーや工場にもアセスメントを受けてもらうことで自社のサステナビリティの全体像を把握することもお勧めする。

このうち2番目のストーリーテリングの力に関して同氏は、パンデミックが世界を襲った2020年の11月に「#1bedless night」と銘打ったキャンペーンを実施しました(現在終了)。

社員や消費者に「一晩だけでいいのでベッドなしで眠ってみましょう」と呼びかけ、ベッドレスチルドレンが毎晩耐えている苦痛を体験してもらったのです。これにより会社のミッションの価値をより深く理解してもらうと同時に、体験者のSNSへの投稿1件につき1枚のマットレスをベッドレスの子どもに贈るという趣旨でした。

が、このキャンペーンで到達することを同社が願っていたマットレス寄付累計枚数には、結果的に遠く及びませんでした。単に意外と拡散しなかった可能性もありますが、連日眠れぬ夜を過ごす子どもたちにマットレスを贈るために、たった一晩快適な睡眠を犠牲にする人があまりいなかったという話であるとすれば、皮肉な形でベッドレス問題の深刻さが証明されたという面もあるのかもしれません。

「ベッドレス問題」とそれに取り組むLeesa Sleep社、そして同社を牽引するJohn Replogle氏のゼブラ哲学をご紹介しました。ちなみに同社サイトのカウンターによると、長らくの目標だったマットレス寄付の累計枚数4万枚がもうすぐ達成されるようです。

文:ウルセム幸子

編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。