2023.06.19 ZEBRAS NEWS

日本政府が「ゼブラ企業」を国家戦略に位置付け ―その背景と今後起きることとは


日本政府が「ゼブラ企業」を国家戦略に位置付け ―その背景と今後起きることとはのイメージ

 6月16日に閣議決定された「骨太の方針」と「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の中で、日本政府は、今後、「ゼブラ企業を推進していく」という方針を明らかにしました。(※)

 「閣議決定」とは、全大臣が合意する政府(内閣)の最も正式な意思決定の形式。会社でいうと、全会一致の取締役会決議。

 本記事では、そもそも「骨太の方針」、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」とは何なのか、この方針の背景にある政府の経済政策の潮流、どのような政策が実行されていくのか、そして、この方針を踏まえて私たちZebras and Companyが何をしようとしているのかを解説したいと思います。

経済財政諮問会議・新しい資本主義実現会議合同会議の様子(官邸HPより)

「骨太の方針」、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」とは

みなさんは「骨太の方針」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?

 政府に関わる仕事をしたことがある方は聞いたことがあるかと思います。正式名称は「経済財政運営と改革の基本方針」。政府の経済政策の基本方針を示す文書です。

 「経済財政諮問会議」という総理が議長を務める有識者会議で議論を深め、毎年6月ごろに閣議決定されます。政府が策定する数多くの文書の中で最も重要性が高いもので、まさに「国家戦略」を示すものです。

 「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」とは、岸田政権が掲げる「新しい資本主義」の基本的な考え方と、その基本的な考え方に基づく実行計画をまとめたものです。以前の政権における「成長戦略」と同様の位置付けであり、骨太の方針が経済財政運営に関わる考え方をまとめるのに対し、より具体的な政策が記載されることもあります。

 この2つの閣議決定文書の中で、「地域課題の解決」と「中堅・中小企業の活力向上」という2つの文脈から、「ゼブラ企業の創出とインパクト投融資の拡大」を促進していくという方針が明らかにされました。

 では、なぜ、ゼブラ企業の推進が国家戦略となったのでしょうか?

経済財政運営と改革の基本方針 2023(2023年6月16日閣議決定)より抜粋

(中堅・中小企業の活力向上)
地域経済を支える中堅・中小企業の活力を向上させ、良質な雇用の創出や経済の底上げを図る。(中略)あわせて、地域の社会課題解決の担い手となり、インパクト投資等を呼び込む中小企業(いわゆるゼブラ企業など)の創出と投資促進、地域での企業立地を促す工業用水等の産業インフラ整備や、地域経済を牽引する中堅企業の人的投資等を通じた成長の促進に取り組む。

新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画 2023(2023年6月16日閣議決定)より抜粋

⑥地域の課題解決に取り組む事業者への支援
地域の中小企業から、地域の社会課題解決の担い手となる企業(ゼブラ企業)を創出し、インパクト投融資を呼び込むため、ソーシャルビジネスを支援する地域の関係者を中心としたエコシステムを構築する。

「新しい資本主義」とゼブラ企業

 2021年10月に発足した岸田政権は、経済政策のコンセプトとして「新しい資本主義」を掲げ、成長と分配の好循環を実現していくと宣言しました。

 「新しい資本主義」とは、格差や貧困の拡大(中間層の衰退)、都市と地方の格差、中長期的投資の不足、気候変動問題など、現在の世界で起きている課題の解決のため、企業・資本主義の力も活用しつつ社会を変革していこうとする試みです。

 新しい資本主義にまつわる議論としては、企業のあり方も論点の一つとなっており、ステークホルダー全体を考慮した経営をいかに実現していくかという議論も行われています。

参考:
政府広報オンライン 新しい資本主義の実現に向けて 
「新しい資本主義(ステークホルダー論)を巡る識者の議論の整理」
(令和3年10月26日 新しい資本主義実現会議(第1回)資料) 
自民党ホームページ 「新しい資本主義」って? 

 「ゼブラ企業」とは、
(1)社会性と経済性を両立し
(2)長期的視点を持ち
(3)全てのステークホルダーを考慮した経営
を行おうとしている企業のことであり、新しい経営・金融のあり方を模索するムーブメントです。

 つまり、私たちの事業活動が社会にどのような影響を及ぼすのか(事業が与える良い影響とともに、生み出している悪い影響についても考え)、その未来への影響をしっかりと見据えて、様々な関係者が誰一人過度に悪影響を受けないよう配慮しつつ、社会課題の解決を目的に事業を行っていくということです。

 言葉にすると全ての企業が当てはまるような当たり前のことに聞こえるかもしれませんが、実際はどうでしょうか。

 たとえば、本来もらえるべき対価に見合わないほど価格を値切られて苦しい思いをしている生産者の方はいないでしょうか。

 たとえば、極めて解約しにくい手続きにして不当に利益を得ているサービスはないでしょうか。

 たとえば、情報の非対称性を利用して、限られた情報・知識しか持っていない人に対して、友人や家族に勧められないような商品を提供している企業はないでしょうか。

 たとえば、”ESG”や”SDGs”を標榜している企業の中でも、表面的な見られ方だけを気にして、経済的な利益を得る手段として”社会性”を謳っている会社はないでしょうか。

 私たちの社会では、高度経済成長期を経て経済的利益を第一に追求してきた結果、得られた豊さと引き換えに見過ごされてきた陰もあるのではないでしょうか。

 「短期的視点で時価総額を上げること」が過度に重視されていることに対し、私たちは、個々の企業に合った経営・成長のあり方をより本質的に探求していくべきだと考えています。

 もちろん、それは、一部の企業のように、現状維持を是としたり、思考停止して新しい取組みを行わないことを良しとするわけではありません。自分たちが本当に社会の役に立とうとした時に、最適な経営のあり方・成長のあり方を模索している企業こそがゼブラ企業なのです。

 新しい資本主義とゼブラ企業には、「社会課題の解決に企業の力を活用すること」、「長期的視点」、「ステークホルダー主義」など、元々多くの共通点があります。

 岸田政権は、これまで「人的資本投資の推進」、「スタートアップへの投資」といった施策を推進してきました。

 今回、これにくわえて、「社会性だけでなく経済性も」「短期的成長だけではなく長期的繁栄も」「新しい会社だけではなく長く営みを続ける会社も」といったさまざまな2項対立を超える意味で「ゼブラ企業」の重要性を認め、政府としてこれを後押ししていくと宣言したのです。

 では、今後具体的にどのような政策が行われていくのでしょうか。

骨太の方針(表紙)

具体的な政策の方向性は?

 今回策定された2つの文書は政策の方向性を示す「基本方針」であり、個別の政策については今後より具体的に検討されていくことになっています。まだ現時点で細かな内容はわかりませんが、2つの文書の中で大きな方向性が明記されているので、いくつかのポイントをご紹介します。

 1つ目のポイントは、「インパクト投資の拡大」です。インパクト投資とは、端的にいうと社会課題の解決を意図して行われる投融資のことです。(※)

※ より正確には、「財務的リターンと並行して、ポジティブで測定可能な社会的及び環境的インパクトを同時に生み出すことを意図する投資行動」とされています。(GSG 国内諮問委員会HP

 実は、「インパクト投資」という言葉自体は2017年から成長戦略に記載されています。ここ数年で急拡大していますが、これまで、“従来どおりの方法で資金の性質や金融手法は変えずに社会的インパクトを求める”ものが多くを占めていました。つまり、経済的リターンを従来の方法で従来と同じだけ求めつつ、“追加的に”社会的インパクトも求めるというインパクト投資が主流となっています。

 一方で、社会課題を解決しようとする企業は、必ずしも既存の金融手法がマッチするわけではありません。

 たとえば、日本の非上場企業の資金調達は、その多くが借入によるものです。ただし、借り入れた資金は期限が来たら返済することが必要であり、リスクがある新たな挑戦には向いていません。こうした事情もあり、昨今、中小企業庁や金融庁も非上場企業向けの出資(エクイティ)の拡大・多様化が必要であると問題提起を始めています(※)。

 ごく一部、存在している非上場企業向けの出資(エクイティ)は、そのほとんどが、短期間で急成長して上場を求める“VC型(スタートアップ型)”でした。社会課題の解決には通常の事業に比べて収益化に長い期間が必要だったり、VCが求めるほど市場規模が大きくなかったり、社会課題の解決と株主価値の最大化の両立が難しいといった背景もあり、ゼブラ企業は従来と異なる新たな金融(イノバティブ・ファイナンス)を求めているのです。

 今回の方針を受けて、成長自体を目的としたり、急成長しなければと過度に焦ったりせず、目の前の課題にじっくり向き合うことを通じて存続・成長する企業にあったリスクマネーを、政府が後押ししていくことを期待しています。

※ 中小企業庁 中小企業者のためのエクイティ・ファイナンスの基礎情報
金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」第二次報告 

 2つ目のポイントは、エコシステムづくりです。事業を通じて社会課題を解決していくためには、多様な関係者と、お互いの強みを生かしながら連携していくことが必要です。先ほども申し上げたとおり資金調達・ファイナンス(財務)のあり方も工夫が必要であり、個々の企業が自社で全てのスキルやノウハウを蓄積することは難しいという現状があります。

 そこで、政府として、多様な関係者を巻き込みエコシステムづくりをすることにより、こうしたゼブラ企業の経営・ファイナンスを支援し地域課題の解決を促進しようとしているのです。

 政府の後押しも受け、今後、さまざまな地域で多様なプレイヤーがより一層有機的に連携し、ゼブラ企業をめぐるエコシステムが広がっていくことが期待されます。

 3つ目のポイントは、社会的インパクト(成果)の評価や認証等の検討です。これにより、ゼブラ企業がどのような社会的インパクトを生もうとし、実際に生めているのか、多様な関係者にわかりやすくし、ゼブラ企業が資金、人材、ノウハウなどの経営資源を獲得することを後押ししようとしています。

 「社会課題の解決」といったときにその言葉の捉え方は人それぞれですが、実際に何をしてどういう影響があったのか、それを社会にわかりやすく示していくことで、ゼブラ企業になりたいという会社が増えていくことでしょう。

Zebras and Companyの変化の理論(TOC: Theory of Change)

ゼブラ企業を応援し、優しく健やかで楽しい社会をつくっていくために

 こうした政府の戦略も踏まえ、私たちは、地域企業、大企業、投資家、金融機関、自治体、投資家、学術界、メディアなど、より一層、多くの方々との連携・協業を進めていきたいと考えています。

 たとえば、ゼブラ型ファイナンスの普及促進です。私たちは、多くの創業・第二創業期の企業からファイナンス(財務)に関する相談を受けてきました。

 そうした状況を踏まえ、2021年に、上場を前提としない投資手法(LIFE)によって地域企業である「陽と人」に出資してその投資手法を公開したり、2022年度から長野県塩尻市(シビック・イノベーション拠点“スナバ”)と連携して地域型インパクト投資を実装する事業を行なってきています。

 最近では我々に、
(1)事業継承・第二創業に際した資本構成の組み替え・新たなステークホルダーの巻き込み
(2)まだ社会でも認知が乏しい様々なハードルに囲まれた女性起業家
(3)仮説検証に時間が必要で長期的な視点が必要な一次産業に関連した事業者
など、社会的インパクトを生みつつ新しい金融の流れを求める方々から日々ご相談をいただいています。

 そうしたご相談を踏まえ、ゼブラ経営のためのファイナンス・ガバナンスの仕組みづくりを支援する新サービス『ゼブラファイナンスデザイン』も始めました。

 私たち以外にも、同様の問題意識を持って、新しい金融の形をつくっていこうという方々にもお会いしており、たとえば、大企業において新しいCVCのあり方を模索したり、地域ならではの出資のあり方を模索している地域企業・地域VCの方々とも連携して、多くの方が参照できるようなゼブラ型ファイナンスの形を見せていくことができたらと考えています。

 ゼブラ型ファイナンスの普及促進以外にも、多くの方々とゼブラ企業の推進に向けて連携したいと思っています。

 たとえば、地方自治体の方々とは、地域課題の解決を目指すゼブラ企業向けの創業・成長支援を行なったり、現在、自分たちの地域が直面している地域課題について積極的に発信して企業との協業を進めたり。

 たとえば、地域金融機関の方々とは、事業性融資をより推進したり、取引先の紹介、バックオフィスのサポートなどを通じてゼブラ企業の支援でご一緒したり。

 たとえば、大企業や既存の地域企業とは、人材の出向や資本提携を通じて協業を広げ、ゼブラ企業とともに地域課題の解決に取り組んでいったり。(たとえば、日本郵政グループは、既にゼブラ企業に社員を派遣し新規事業の創出に取り組んだりしています(ローカル共創イニシアティブ))

 ゼブラ企業を応援し、優しく健やかで楽しい社会を作っていくため、多様な方々との連携を進めていければと考えています。

 ご関心をお持ちいただけた方は、ぜひご連絡ください。

PROFILE

ゼブラ編集部

「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。