2023.11.17 ZEBRAS

「私たちは水筒メーカーじゃない」と主張する国民的水筒ブランド、オランダ発「Dopper」


「私たちは水筒メーカーじゃない」と主張する国民的水筒ブランド、オランダ発「Dopper」のイメージ
同社公式Facebookより

あっという間に「国民的水筒」となったDopper

オランダにいると、至る所で目にする特徴的な形をした水筒があります。どれくらい至る所かと言うと、愛用者が多すぎて「職場で失くしたので落とし物箱の中を探したら、同じものが3~4本見つかった」などという冗談のような話もあるくらいのレベルで至る所です。

それが本日ご紹介する同名のゼブラ企業による水筒「Dopper」。

同社の肩書を「水筒メーカー」とご説明できれば簡単なのですが、同社は「私たちは水筒を作る会社じゃない。ペットボトルを減らす会社」と主張し、「水筒メーカー」と呼ばれることを嫌うので、少し長いですが「ペットボトル撲滅企業」とご紹介させてください。もちろんB-Corp認定を受けています。

今年6月にはアムステルダムのスキポール空港が、同社とのコラボにより空港内で販売されていたペットボトル入り飲料水を一掃し、利用者が無料で手持ちのボトルに給水できる同社の給水スポットを設置したことも話題になりました。

同社公式Facebookより

同社の創業と軌跡

さてこの「国民的水筒」ですが、意外と歴史は新しく、創業は2010年10月。

創業者のMerijn Everaarts氏はイベントをコーディネートする企業を経営しながら、催しが終わるたびに廃棄するおびただしい量のゴミに違和感を抱いていました。

Merijn Everaarts氏(同社公式Facebookより)

そんな彼が行動を起こすきっかけになったのは、TVでシングルユーズのプラスチックによる海洋汚染に関するドキュメンタリーで観てショックを受けたこと。

「そもそも水道をひねれば飲めるほぼ無料の水があるのに、なぜ人はわざわざお金を出してペットボトルの水を買うのか?」と強い疑問を抱いたといいます。

そこで彼がたどり着いた答えが、「既存の『再利用可能な』水筒は、結局使われていないのだからサステナではない」ということ。さらにその理由を従来の水筒のデザインや使いづらさに求めた彼は、「再利用可能な水筒」のデザインのコンペティションを開催し、当時工業デザイナーだったRinke van Remortel氏によるデザインを採用して商品化します。

究極にシンプルでスタイリッシュなデザインで、使いやすく、洗いやすいながら、コップ付きでもある利便性。同社のロゴ入れ対応などのビジネスモデルの魅力も相まって、一般の消費者はもとより自社のPRに利用したい多くの企業やブランドが殺到しました。

ミュージアムグッズとしても人気。こちらはゴッホ美術館のもの(同館ミュージアムショップサイトより)

現在までに100カ国以上で年間100〜200万本、累計1000万本以上のDopperボトルが販売され、これにより7万トン以上のペットボトルの海洋流出を防いだと推計されています。

ガラス、ステンレス、魔法瓶タイプなど様々な素材のものが発売されていますが、特に今年に入ってからリニューアルされたオリジナルタイプは、BPA他の有害物質フリー、85%アップサイクル素材(70%植物廃棄物+15%リサイクルプラスチック)、100%再生可能エネルギー利用工場製造などの要素により、「Cradle to Cradle」ゴールド認定を受けて話題になりました。現在、輸送プロセスも100%再生可能エネルギー利用にするプログラムに参加中です。

「行動科学と快適さ」でミッションに取り組むオランダアプローチの典型例 

みなさんもご存じの通り、プラスチックのリサイクルは世界的にあまり芳しい成果を上げていません。回収・廃棄されたプラスチックのうち実際に「リサイクル」されるのはたった9%程度で、85%は埋め立て地に行きつき年間800万トンのプラスチックが海に流出し、そして現在でも世界では「毎分」100万本のペットボトル入り飲料が新たに購入されています

オランダはこの問題に取り組むため、2021年にペットボトルにデポジット制を導入し、1本あたり15〜25セント(24〜40円)のデポジットを課しました。それでも特に出先で購入・消費されるケースの多い小型ペットボトルの40%がまだ回収されず、「ゴミ」になってしまっていることが判明。政府はその背景を「国民がリサイクルをしたくないか、リサイクルのハードルが高いかのどちらか」と見て、人々がリサイクルしやすいシステムの改善のために行動科学の専門家を雇ったといいます。

社会的課題のソリューションを考える際に、「法整備」はもちろん王道です。しかしそれでカバーしきれない部分をどう補うか、という点に関しては、オランダは罰則の導入や規制の厳格化よりは、上記の例のように「快適さや楽しさで遵守するモチベーションを上げる」方向性で取り組みを進める文化的傾向があります。

そういった意味で「使いやすい水筒を手にすれば、人はペットボトルを買わなくなるのでは」というDopperの発想は、オランダ的なアプローチの見本のような例であるように感じます。

実は私の家にも2本同社のボトルがあるのですが、とにかく使いやすく洗いやすく、つい他のものよりDopperを使ってしまいます。そういう意味では同社の戦略は少なくとも私にはまんまと成功しているといえるでしょう。また最近、店頭に他メーカーからの同社製品インスパイア系といえるようなごくシンプルな作りのボトルも増えてきており、インパクトが着実に広がっていることが見て取れます。

その他、水関係でさまざまなプロジェクト

同社はその他にも様々なビジネスやプロジェクトを行っています。

・「天国のような職場」を目指すサステナ系コミュニティ・コワーキング:2020年にはサステナ系の企業家が集い「天国のような職場」を目指すコワーキング・コミュニティ「Oceans」をオープンし、本社もその中に移転。1937年建造の元研究所をリノベした社屋では、1階のヴィーガンレストラン「Mama Gaia」も人気を集めています。また、同社は「社員やパートナーを公正に扱っていなければ、社会にポジティブなインパクトなど与えられない」という主義の元に経営されており、2022年度には国内「働きやすい職場」7位にランクイン。

・全国に給水ステーションを設置・マッピング:同社のボトルがそのまま大きくなったような目を引く無料給水ステーションは、水に関する知識やペットボトル節約によるインパクト、ジョークなど200以上のメッセージを表示できるインタラクティブなパネルが掲示されており、楽しく給水できる仕組みになっています。オランダ最大のスーパーマーケットチェーンAlbert Heijnは同ステーションを各支店に鋭意配置中とのこと。また外出先でボトルが空になってしまった人のために、公式サイトで全国の給水ステーションをマッピング・公開しています。

Albert Heijn店内の給水スポット(同社公式サイトより)

・耐久性保証:全ての製品に5年保証付帯、部品のみの購入可能。また現在、サステナ系ギフトショップチェーン「WAAR」との提携により、壊れたり使わなくなった同社ボトルの回収・リサイクルを試行中です。

ネパールでの飲料水プロジェクト:安全に飲める水道水にアクセスできる国民の割合がたった6割といわれるネパールで、現地の給水ポイントや衛生施設の設置に取り組む組織や企業をサポートしています。現在までに9万3000人に衛生的な飲料水へのアクセスを提供しました。

教育プログラム:国内外の小学生向けに、プラスチック汚染解決策に関して楽しく学べる絵本やリサーチ学習用キットなどの学習教材を作成・オンライン配布。また、世界中の8〜12歳児の学校クラスを対象にプラスチック汚染に対するソリューションを応募できるコンペティションをオンラインで随時開催しており、現在までに700近いクラスが参加しています。

同社ウェブサイトにはこれ以外にも、「性格テストでピッタリのボトル診断」「Dopperの取り組みに参加するオンライン署名」など、楽しみながらプラスチックダイエットへのモチベーションを高める仕掛けが盛りだくさん。空港やイベント会場などで楽しく学べる啓蒙イベントも精力的に展開中で、「問題の悲惨さに目を向けさせるのではなく、楽しんでもらいながらインパクトを広げる」という同社の方針が伝わります。

啓蒙イベントのためにNYタイムズスクエアに建造されたペットボトルのブルックリン橋(同社公式Facebookより)

同社の現在のフィーチャーは「使ってもらうこと」

さて、そんな同社が現在国内で力を入れているのが、すでに消費者が購入した同社のボトルを「使ってもらうこと」。

実はここ10年以上の飛ぶ鳥を落とす勢いの売れ行きの結果、現在オランダの平均的な家庭には約4本のDopperボトルが眠っていると言われています。

「それでもまだペットボトルの水を買う人がいる」→「結局使われていなければサステナじゃない」というどこかで聞き覚えのある分析がなされたようで、今年の夏からは壮大な音響と映像に乗せて、「私たちはペットボトルによるプラスチック汚染に対する革新的なソリューションを見つけました!」と視聴者をあおったのち、「その名は『水筒』です。水を入れて使ってください」と訴えかけるCMも放映されています。

CMより

直接新たな利益を生み出すわけでもないこのようなキャンペーンにわざわざお金をかける点に、同社のミッションはやはり「水筒を売ること」ではなく「シングルユースのペットボトルを減らすこと」なのだなと認識を新たにします。

スキポール空港からペットボトルの水が消えたスピードなどを見ると、同社が目指す「ペットボトルの水が絶滅した世界」は、意外とすぐ近くまで来ているかもしれないという気もします。もしかしたら私が老後、小さな子どもに「昔はお水をプラスチックのボトルに入れて売っていたのよ、それでそのボトルはその1回きりで捨ててしまっていたの」などと話したら、「そんなバカなことするわけないじゃない」と笑われてしまうのかもしれません。 

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。