2024.02.09 ZEBRAS

IKEAカタログ廃止の背景にあったもう一つのサステナ秘話。LCAを超えた「総合的サステイナビリティ」の老舗Except社との協働(スウェーデン、オランダ)


IKEAカタログ廃止の背景にあったもう一つのサステナ秘話。LCAを超えた「総合的サステイナビリティ」の老舗Except社との協働(スウェーデン、オランダ)のイメージ

2020年に発行を停止したIKEAカタログ

私たちがパンデミックの本格化に右往左往していた2020年の末、おなじみのスウェーデン発のインテリア量販店IKEAが、紙ベースのカタログの発行停止を発表しました。

1951年の発刊以降70年に渡り、商品のカタログとしてのみならずインテリアデザインやライフスタイルのインスピレーション源として、多くの人に親しまれていた同誌。ピーク時の発行部数は32カ国語で2億部以上、実に同年印刷された聖書の2倍という「世界で最も発行されている書籍」だったカタログ引退の理由を、同社は「デジタル化推進のための一歩」と「紙カタログの需要の低下」の2点で説明しました。

どの会社にとっても、その製品と価値観を消費者に伝える最良の手段が何かという問いは常に需要な課題です。特にすでに世界でその存在感を確立していた同カタログの幕引きは、それが正しい選択だったのかと少なからぬ議論を起こしました。しかしその決断に至るまでに同社が取り組んだ様々な改善は、あまり知られていません。

「何も変えないでほしい、でもサステナにして」 

みなさんが最後にIKEAのカタログを手に取ったのがいつかは存じませんが、私の記憶にある最後の同誌には「再生紙」「大豆インク使用」などあらゆる環境にやさしいことを表明するアイコンがついていました。サステイナビリティに熱心な同社のカタログなので特に驚きはありませんでしたが、同社はそれ以外にも、制作にかかわる環境負荷を減らすために何年にもわたりさまざまな取り組みをしていたといいます。

複数の大手コンサルに相談し、紙やインクといったマテリアルを環境にやさしいものに切り替えました。印刷の際のエネルギーを削減し、再生可能エネルギーへ転換し、労働環境の改善に取り組みました。「バリューチェーンの水利用」「CO2排出量」など、毎年特定のテーマを決めて取り組んでいたそうです。

それでも紙ベースで無料のカタログはサステナに敏感な消費者から「環境にやさしくない」と批判の対象になることが多く、実際のところ環境負荷も大幅には削減されませんでした。困り果てた同社はオランダにあるサステイナビリティコンサルタントExcept Integrated Sustainability社(以下Except)にこのケースを持ち込みました。

Exceptは、私たちがサステイナビリティという言葉を耳にすることがほとんどなかった1999年にアムステルダムで創業された、いわば「老舗」。そんな安心感もあってか、IKEAは2014年に相談の席でカタログをテーブルに置き、「このカタログをサステイナブルにするためにできることは全てやったが、まだサステナ度が全く足りないので何とかしてほしい。このカタログは私たちにとってもユーザーにとっても最も重要なセールスツールであり(当時)、今すぐ発行停止することはできない。また内容や発行部数、クオリティなどは一切変えてほしくない」と持ちかけたと言います。

無理難題に見えますが、IKEA社がこの相談をExceptに持ち込むには、それなりの理由がありました。

Except社のバックボーンであるサステナ理論「SiD」

それはExceptが、「LCA」の上位互換ともいえる独自のサステイナビリティ理論・メソッドの「SiD」を持っていたこと。

「LCA(ライフサイクルアセスメント)」はみなさんご存じかと思います。製品やサービスがその生涯全体で環境に及ぼす影響を評価するという考え方は、真にサステイナブルなインパクトを生み出したいと考えるビジネスに幅広く支持されています。

というのも、「エコ」を意識し始めて数十年、私たちは様々な試行錯誤を繰り返してきました。森林破壊の救世主として普及したプラスチックのレジ袋は、深刻な海洋汚染の一因になってしまいました。「リサイクル○○使用」が必ずしも環境負荷が低いわけではないことも周知の事実です。「あちらを立てればこちらが立たず」のサステナへの取り組みの中、その商品(サービス)が一生を通じてどんなインパクトをどれだけ環境に与えるのかを総合的に判断できるLCAは心強い味方です。

Except独自の「SiD」の理論は、そのLCAをさらに包括的に発展させたもの。システム論を基礎にしたマッピングの技法をメインツールに、その製品をとりまくシステムを時間的・空間的・社会的などあらゆる軸で描き出し、突破口とその後のロードマップを見つけ出すことを得意としています。

システム論的なSiDのアプローチ(画像:SiD公式サイトより)

また「サステイナビリティ」のとらえ方も包括的で、Except創業者のTom Bosschaert氏はサステイナビリティの平たい定義を「全ての人が、幸せで充実した生活を送り続けられること」と説明しています。

それには未来や外部、生態系から搾取することなく永続的に機能し続けるシステムを持つ社会が不可欠で、資源やエネルギー、生態系や生物多様性といった環境問題に関わる領域はもとより、文化・経済といった社会を形成する要素、そして最後にその中で生活する人々の健康やウェルビーイングといった個人マターまでカバーできて初めて「サステイナブル」と呼べるとも。

(画像:SiD公式サイトより) 

つまり、例えばどれだけ環境にやさしい製品があったとしても、格段にコストが増えて生産者の負担がかかったり、ものすごく使い勝手が悪くて利用者のQOLが損なわれれば、それはサステナ的には本末転倒なのです。

「印刷業界のSX起爆剤」として生まれ変わった後に引退したIKEAカタログ 

カタログの話に戻りましょう。あなたがIKEAから先述の「無理難題」を持ち込まれたらどうするでしょうか。私なら「そんなに環境負荷を減らしたいなら、作らないのが一番だよね?」と言ってしまいそうです。

しかし、たった今申し上げたように、経済効果やユーザー体験までカバーして初めて本当のサステイナビリティ。当時IKEAにとっても利用者にとっても利用価値の高かった同カタログをいきなり廃刊にするのは、総合的にサステイナビリティを下げる選択肢でした。

そこでExceptはまず、IKEA社のサステイナビリティチームとともにバリューチェーン全体において影響を与えうる全ての重要な要素約500項目をシステム分析・色分けし、一目見れば何がより良い選択肢か分かるよう可視化する作業を行いました。

それだけで先述のような「環境負荷」は20〜30%と劇的に削減されましたが、同社は「ネガティブインパクトの低減」よりも一歩進めて、「カタログを作成することでポジティブなインパクトを生み出せるようにしたい」と考えました。

同社が出した結論は、「カタログを触媒として、バリューチェーンにSX(サステイナビリティシフト)を起こすこと」。

企業の包括的サステイナビリティを自動的に評価する尺度をツールとして開発し、印刷業や製紙業、その原料の製造業などの各社に配布。その尺度で、環境への配慮から従業員の労働環境まで包括的に評価したスコアが高い業者がIKEAカタログの仕事を受注できることにすることで、バリューチェーン全体を長期的な「サステナコンペ」の状況に持ち込んだのです。

結果的に、直接取引のある企業以外も含む多くの会社がそのSX競争に参加し、カタログにかかる「環境負荷」の数百倍のポジティブなインパクトを生み出すシステムを構築。最終的に完全にデジタルに移行するまでの10年間のロードマップを作成したところで、Exceptはこのプロジェクトから手を引きました。

そのロードマップに則ってSXを進めたIKEA社は予定よりも早く様々な目標を達成していったとのことで、10年後よりも3年早い2020年に紙カタログの廃刊を発表したことはみなさんもご存じのとおりです。 

先述のように、サステイナビリティへの取り組みは「特定のネガティブインパクトを減らしたら、別の部分にしわ寄せが」ということが起こりがちです。「この素材を竹に替えましょう」で全ての問題が解決したらどんなに楽でしょうか。でもその複雑さを味方につければ、「もうこれ以上サステナにできない」「この商品はサステナにしようがない」と行き詰まった案件に思いがけない道が開けることもあるようです。

「包括的サステナアセスメント」誕生のきっかけとなった「苦い経験」

最後に、このカタログSXを支えたSiD理論の誕生のきっかけとなったエピソードをご紹介します。

SiD理論の発案者でExcept創業者であるTom Bosschaert氏は1979年生まれで、80年代にニュースで盛んに話題となる環境破壊に胸を痛めて育ちました。まだ大学生だった19歳の時に、建築を学ぶ中で身に着けた設計のスキルと、故郷オランダの得意分野であるイノベーションの力を使って人々の永続的なウェルビーイングに貢献したいと、当時まだほとんど存在しなかったサステイナビリティコンサルティングを始めたといいます。

   Tom Bosschaert氏(画像:本人提供)

フレッシュな新進コンサルタントだった彼が初めて請け負ったプロジェクトが、当時オランダで「spaarlamp(節約電球)」の名で政府からも省エネのお墨付きを受けていた電球型蛍光灯のプロモーション事業でした。

従来国内で主流だった白熱電球を、この「節約電球」に取り換えることで、省エネになり人と地球にいいことをしていると善意に満ちて精力的にプロジェクトを進めていたBosschaert青年。しかし、数十万個の設置が経過したある日、その「節約電球」は当時考えられていたほどには省エネにはならず、なによりも人体に有害な水銀が使われていると知り大ショックを受けます。 

失意の中、Bosschaert青年は「単品でサステナなモノ」という概念の無意味さを思い知り、サステナを意図した行動の影響を、文脈やシステム全体の中で包括的に見通すような枠組みを実践の中で組み立てていきました。それが、現在オランダを中心に欧州の多くの企業のSXを支える「SiD」になったとのことです。

結果として、数年後に世界的な家具量販の巨人と手を組んで大きなインパクトを生み出したのですから、数十万個の「節約電球」も無駄ではなかったのかもしれません。

さまざまな取り組みののちに70年の歴史に幕を引いたIKEAカタログ。蛇足ながら個人的には、もし今後、イベント的に単発で復活したりしたらやっぱり見てみたいです。もちろんサステナコンペで優勝した業者による製造で。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。