2024.02.13 ZEBRAS
出資第1号「陽と人」、その後の2年とゼブラ経営について思うこと
福島県国見町に拠点を構える「陽と人」は、地元福島の農業を稼げる持続可能な産業にすることと、都市に住む働く女性の生きやすさ向上に取り組むゼブラ企業です。
元国家公務員の小林味愛さんが2017年、最初はたった一人で、特産である桃の規格外品の流通事業からスタート。その後、同じく特産であるあんぽ柿の製造過程で捨てられていた柿の皮を利活用し、デリケートゾーンのトータルケアブランド「明日 わたしは柿の木にのぼる」を立ち上げています。
Zebras and Company(以下、Z&C)は2022年、「陽と人」に1000万円の出資を行っています。これはZ&Cとして最初の出資でした(なぜ出資第1号が「陽と人」だったのかは、この記事をご覧ください)。
あれから2年。ゼブラの仲間入りをしたことで、「陽と人」にはどんな変化があったのでしょうか。2年間に起きたさまざまな変化と、「ゼブラ経営」について今感じていることを味愛さんに聞きました。
温かい経済の関係性
——出資からの2年で「陽と人」にはどんな変化や成果がありましたか?
財務上は売上も利益も順調に増えています。農家の所得や従業員の給与など、定量的な指標として追っている数字は軒並み上がっています。ですが、そうした目に見える変化は、財務上は見えてこない「温かい経済の関係性」の結果ではないかと感じています。
——温かい経済の関係性。どういうことでしょうか?
以前の私は「競争に勝って成長することこそ正義」という世界に身を置いていました。その価値観に疑問を持ったところから起業したのが「陽と人」という今の会社です。
けれども、立ち上げてしばらくはそういう決断をした自分を応援してくれる人は多くありませんでした。むしろ「上場を目指さないこと=負け組。それはすなわち女性だから」ということを明確に言われることも多々ありました。
そういう環境下で自分のやっていることに自信を持ち続けるのは、正直しんどいことです。そんなときに出会い、私のやっていることに初めて「いいね」と言ってくれたのが、Z&Cの皆さんでした。
Z&Cの周りには、同じ価値観を持っていたり、異なる価値観を認めることができたりするたくさんの仲間がいます。そういう人たちと出会ったことで自信を取り戻すことができましたし、経営に必要なさまざまな考え方を吸収することもできました。それが結果として売上や利益につながっているのではないかと思います。
——日常的にどんな人に囲まれているかは、何をするにしても大事ですよね。
まさにそうです。それまでの私は、自尊心というのは自分が努力し、成功を積み重ねることで生まれるものだと思っていました。ところが、いくつかの論文を読んだところ(論文を読むのは、味愛さんの公務員時代からの「趣味」)それは誤りだったとわかって。
自尊心とはむしろ、社会的な関係性によって育まれるもの。ゼブラ界隈や福島のじっじやばっばたちと新しい関係性を結んだことで、私の自尊心は揺らがなくなりました。時に難しい判断を迫られる経営者として、そのことが何より大きかったと感じています。
資金調達:お金だけの関係を超えて
——ここからは各ステークホルダーとの関係性がどのように変わったかを具体的に見ていきたいと思います。まずは資金調達周りについて伺えますか?
資金調達の方法には、株式による調達、銀行融資などいろいろとありますが、共通して大切なのは「誰と一緒に事業を作っていくのか」「誰とやりたいのか」という視点で判断することではないでしょうか。Z&Cと関わり始めて、そう考えるようになりました。
——誰と一緒に事業を作るのか。
一番わかりやすいのは、株式による資金調達です。普通株には議決権が伴うから、株主は会社の意思決定に関与することになります。ですから、単にいくら調達できるかという視点だけでなく、「誰と一緒に」という視点で慎重に考える必要があります。
けれども、これは銀行融資でも同じなのだと思いました。「陽と人」は地元の地銀さんからの融資も受けているのですが、本当にいいパートナーに恵まれたと感じているんです。
融資の条件自体も非常にいいものでしたが、それだけにとどまりません。銀行の持つノウハウやネットワークを使って「陽と人」をどう成長させるかを一緒に考えてくれています。
要するに、お金だけの関係から一歩踏み込み、一緒に地域を良くしていく仲間のような関係を結ぶことができた。その結果、できることの幅がぐんと広がったと思っています。
——なるほど。
銀行さんとしても、すべての融資先に同じように応じることは、マンパワー的に不可能なはずです。今回このような形で調達できたのは「いかに地域や関わっている人たちを良くしていくか」というゼブラ的な理念に共感してもらえたからではないかと思います。
<阿座上からの補足>
今回地銀さんからこういう形の支援を受けられたのには、いくつかの理由があると思っています。
一つは、「陽と人」は自己資金だけでもすでに売上が立っていて、新たな資金を投入すればその分だけ売上が増えていく道筋が見えていたこと。もう一つは、Z&Cが関わる前から味愛さんが地域との関係性をしっかりと築いていたこと。だからこそ、福島で最も有力な地銀の皆さんが、こちらの話に耳を傾けてくれたのだと思います。
地銀さんとしても少し前から、単なるお金の貸し借りではない、一緒に地域を作っていくような関係性を作りたいと考えていたはず。けれども、融資先の評価にはそもそも工数がかかるものですし、当然ですが、貸したいと思っていてもそれに値する企業がなければ融資はできません。
その点で「陽と人」は、自律的に育ってくれた、まさに理想的な融資先として映ったのではないでしょうか。
取引先:思いや優しさの伴った取引が増えた
——取引先にはどのような変化がありましたか?
化粧品の事業を始めた当初の、取引先があまりないころは「一個でいいから置いてほしい」という気持ちで飛び込み営業をしていました。そういう関係だと、こちら側は価格決定権のない圧倒的に弱い立場に置かれます。そこからどんどん条件が悪化することもあります。
「陽と人」は生産者に利益を還元する会社ですから、そういう取引ばかりしていると、生産者の利益も減っていくことになります。とはいえ、断れないというジレンマがありました。
Z&Cという応援者を得たことで、不利な取引を勇気を持って断れるようになりました。その結果、「愛ある取引先」が増えたと思います。
——愛ある取引先?
単なる売買契約上の取引というより、一緒になってお客さまに喜んでいただける商品を届けるという、思いや優しさの伴った取引先ばかりになったということです。それが目に見える結果として売上のアップにもつながったのだと思います。
桃の事業でも、2023年夏に難しい取引に直面しました。そのまま取引を続けると、農家さんに約束した売り上げを還元できない。とはいえ、桃は基本的に収穫したその日に出荷する必要があるから、無制限に時間をかけて新たな取引先を探すわけにもいきません。
そんな状況で、藁にも縋る思いでSNSなどで「助けてほしい」と呼びかけたところ、ゼブラ界隈を含む、さまざまな関係者が助けてくれました。おかげで農家には約束通りのお金をお支払いできましたし、一番美味しいタイミングで食べてもらうこともできた。これも「愛ある取引」の一例と言えます。
<阿座上からの補足>
化粧品事業には戦略策定から関わらせてもらっているのですが、「下手(したて)に出ない営業」をいかに組み立てるかというのは、僕らのベースにある考え方です。
目標の売上に照らして望ましくない取引がどれくらいの割合なのかを定量、定性で把握。リソースの配分を修正しつつ、「陽と人」の目指す世界観に共感してくれそうな新規の取引先を開拓していきました。
桃の事業のピンチを乗り切れたのは、僕らが関わるはるか前から味愛さん自身が築いてきた関係性がものを言ったということだと思います。
社員:熱量高い売り込みが県外からも
——社員も増えたと聞いています。
思っている以上に自分たちの活動を見てくれている人がいるのを感じました。「想いに共感したから一緒に働きたい」「このブランドを伝えたい」という申し出をたくさん受けました。以前もそういう申し出をいただくことはありましたが、それが県外にまで広がった感じです。
採用ページは設けていないし、表立っては採用していないのに。書類にびっしりと思いを書いて、会社のウェブページから問い合わせをたくさんいただくんです。その中から、一緒に働いてもらうことになった人が何人かいます。
——たとえばどんな方が?
一人は、もともと名古屋で催事に出たときのお客さんだった女性です。有名企業で接客販売をしていたのですが、そこを辞めて転職してきてくれました。いまでは私以上に情熱を持ってブランドを伝え、販売してくれています。お客さまからは「こんなに自分のブランドを愛している売り手に初めて会った」と言われるくらいです。
もう一人は、福島出身の女性。彼女は大学院を出た後、東京の大企業で働いていましたが、地元である福島に戻ってきていました。福島では大学院を出ていても、女性だと事務かお茶汲みなどの仕事が多かったり柔軟性のない勤務形態が多いのが現実。そんな中、うちを見つけて「こういう会社で働きたかった」と言ってきてくれました。
いずれも何かしらのスキルを持ったプロフェッショナル。なおかつブランドの追求したい世界観を深く理解し、共感してくれています。そんな彼女たちにとても助けられているのを感じます。
<阿座上からの補足>
「ファンが社員になる」というのはそれほど簡単なことではないと思っています。経営はその時々で変化することを求められます。プロダクトへの想いが強すぎる社員は、そうした際に「思っていたのと違う」と感じて離れてしまうこともあり得ます。
そんななか「陽と人」がうまくいっているのは、共感がプロダクトレベルにとどまっていないからだと思います。プロダクトを好きなのはもちろんですが、その背景にあるビジョンやブランドに共感した人が集まってきている。これは味愛さんがブレないビジョンを持っていて、それをしっかりと伝えられているからこそでしょう。
大企業と協業:社会の仕組みそのものにアプローチ
——他にも変化はありましたか?
価値観や目指すものの近い大企業との協業が進んだのは大きな変化です。それにより、私たちだけでは出せない規模の社会的インパクトを出せる可能性が出てきています。
——大企業との協業で、どんなことに取り組んでいますか?
一つは、日本郵政とのプロジェクトです。日本郵政がローカルベンチャーと共に新規事業開発に取り組む「ローカル共創イニシアチブ」のパートナーの一つに選ばれました。
私たちは農業の生産・流通を事業にしています。いくら環境にいい作り方をしていても、輸送の過程で環境に負荷をかけていては、本当の価値を作れているとは言えません。そこで、日本郵政と協働でサプライチェーンの環境負荷軽減に取り組んでいます。
もう一つは、経産省の「フェムテック等サポートサービス実証事業費補助金」にも採択されている、パラマウントベッドとの共同での実証・研究です。
私たちの化粧品事業のお客さまには更年期世代が増えてきています。更年期世代は不眠、睡眠不足など、睡眠に関して多くの課題を抱えていることがわかっています。
私たちの扱う商品でそこに直接アプローチすることはできません。ですが、睡眠環境を良くすることのできる会社と協業すればそれができますし、結果として私たちがお客さまへ提供できる価値も上がります。こうした考えの下、パラマウントベッドと共同で更年期の睡眠状態の研究を実施し、その結果をもとに、不調改善のプログラムや製品の開発を進めています。
大企業と協業することにより、プロダクトレベルではなく、社会の仕組みそのものにアプローチできる可能性が生まれてきているのは大きなことです。まだ道半ばではありますが、説得力を持って国や企業に働きかけられるだけのデータとエビデンスを蓄積できた2年間と言えます。
<阿座上からの補足>
インパクトという観点で言えば、大企業との協業もそうですが、「陽と人」の場合は「自社事業の売上=インパクト」と言うことができると思います。
なぜなら「陽と人」が取り組んでいるのは、プロダクトが売れれば売れるほどいろいろなものがよくなる事業だからです。桃が売れれば農家さんは嬉しい。化粧品が売れれば農家はもちろん、使っている女性も幸せになります。
この状態が実現できているのは、生産者からはなるべく高く買い、消費者に対してはなるべく安く(高くしすぎずに)売っているからです。それをするために、業務の合理化を徹底的に行って無駄を省く。残業含め「やらなくて良いことはやらない」ということはシビアに決めて経営しています。これは「安く買って高く売る」というビジネスのセオリーには反すること。それを貫けるのもやはり「誰のために事業をしているのか」が明確だからでしょう。
中心にあるのは「課題」ではなく「人」
——最後に、この2年を経て考える「ゼブラ経営」とは?
よく比較される社会的起業、社会課題解決企業とどこが違うのかと考えてみると、社会的起業は課題ありきです。そこでは「課題解決と利益をどう両立していくか」が解くべき問いになります。
対して、私が考えるゼブラ企業が解くべき問いは「誰を大切にしたいのか」。課題ではなく人が中心にあります。
たとえば、ある社会課題を解決できていたとして、従業員はいい状態で働けているのか。取引先に嫌な思いはさせていないのか。家族はどうか……。ひたすら課題とだけ向き合う従来のインパクトレポート上に、こうした問いは出てきません。
別の言い方をするなら、誰も犠牲にしないのが私の考えるゼブラ経営です。現時点で完璧にできているわけではありません。ですが、常にそう問い続けています。
◆◆◆
売上を立てるだけでも大変。社会課題解決も大変。それに加えて社員も家族も守るのだから、ゼブラ企業であることを貫くのは難しい。でも人生は一回きり。せっかくだったら難しくてもやってみようというのが、味愛さんのチャレンジであり、僕らのチャレンジです。
その分、急成長は難しいのだと思います。だからこそ効率的である必要がありますし、アクセルを踏むときにはグッと踏む覚悟も必要になる。僕らはこれからも、それをさまざまな形でサポートしていきたいと思っています。
PROFILE
ゼブラ編集部
「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。