2024.02.20 ZEBRAS

経済学者 安田洋祐さんに聞く。ゼブラ企業を経済学から紐解く2つの視点と、より良い社会を作るためのヒント。


経済学者 安田洋祐さんに聞く。ゼブラ企業を経済学から紐解く2つの視点と、より良い社会を作るためのヒント。のイメージ

社会課題解決と経済性の両立を図る、ゼブラ企業の取り組みは、これまで経済性を重視してきた従来の企業とは異なるあり方であるように見えます。

経済学は、ヒト・モノ・カネといったリソースをどのように配分し経済を回していくかについての理論を構築してきた学問です。

企業が社会課題解決に取り組むことは経済学においてどのように捉えられるでしょうか。またそのような仕組みはどのように作ることが出来るでしょうか。

このコラムでは、大阪大学大学院経済学研究科教授の安田洋祐先生にお越しいただき、ゼブラ企業の果たす役割や、今後ゼブラムーブメントが起こっていくにはどのようにすればよいかについて、お話を伺いました。

インタビュアー:阿座上陽平、相澤なつみ

目次】
・社会課題解決についての経済学の2つの視点
・企業が社会課題解決に向かう仕組みを作るにはどうすればよいか?
・ゼブラ企業が社会課題解決を進めていくにはどうすればよいか?
・社会課題解決におけるゼブラ企業の役割
・ゼブラ企業が連携していくには

社会課題解決についての経済学の2つの視点

安田洋祐先生(以下敬称略):まず社会課題解決について、経済学でどんな思想が存在してきたかというお話をしようと思います。これには大きく2つの考え方があります。

ひとつは、フリードマンが提唱していたような考え方で、営利企業である限り利潤を追求するべきであり、社会課題解決は株主が個人的に社会的価値のあるものに寄付する等の行為を通じて行われるべきというものです。企業はあくまで自分達の得意としている商品やサービスを売ることに専念すべきで、課題解決のプロではないということですね。社会価値を追求したいといって利潤を減らしてはダメで、企業には利潤追求をしてもらい、余裕が出たら株主がそれを社会に還元する、という考え方です。

もうひとつは、ドラッカーが主張しているような、企業の目的は利潤追求ではなく価値創造であり、利潤を上げるのは存続するための条件である、という考え方です。顧客価値を生み出すことが企業の究極の目的ではあるものの、従業員を始めとするステークホルダーを生活させるためには、しっかり稼がなければなりません。企業は人々の集まりであって、ある意味秘密結社みたいなものとも言えますよね。その目的を達成していくんだということをドラッカーは言っています。

安田洋祐:

これらの考え方には社会課題解決を実現することにおいて、それぞれ問題点があると考えられます。

フリードマン型の問題は、株主個人では課題解決が難しいという点です。ビルゲイツのように自分で巨大な財団を作って色々なアクションを起こすということは、普通の小金持ちにはできません。結局社会課題解決には組織が必要になることから、NPOやコミュニティが作られるわけです。このため、企業でなければできない、効率的な社会課題解決について、世の中の大多数の企業が取り組めていないという状況が生じてしまっていると思います。

ただし、本当に儲かっている企業は社会的、長期的な視野に立っているという見方も出来ます。例えばGoogleは政府でも出来ないような社会インフラを提供しながら、広告収入によって大きな利益を得て成長を続けています。競争を通じて、短期的な視野の狭い企業は淘汰されて、長期的で社会に役立つプロジェクトを実施できる企業が生き残ることが出来るわけです。その意味でフリードマン型の視点では、適切な競争が行われる場を整えることが重要で、それによって長期的な課題解決を実現可能だと捉えることも出来ます。

しかし、この考えにも落とし穴があります。営利企業の多くは数年でつぶれてしまうからです。企業の寿命は人の寿命と比較しても圧倒的に短く、ごく一部の企業だけが10年、20年単位で存続している。日本には例外的に長寿企業が数多く存在しますが、100年以上続いている企業は世界的見てもごく稀です。経済学者のケインズが「長期的に見ると我々は皆死んでいる」という有名な言葉を残しましたが、温暖化問題が典型例で、短期の儲けにつながらない課題は、重要性はわかっているけれどもみんな先送りしてしまって、長期的な課題はいつまでも経っても解決しないということが起こってしまうわけですね。

ドラッカー型の企業にも問題はあります。最も大きな点として、社会的価値の追求や創造が言い訳となり、経営が上手くいかないことが多い。同業他社と比べて利益率が低く、公的な企業やお役所と同じような非効率性が起きてしまうわけです。企業の内部で情報の非対称性があるので、企業が社会的活動を行っているから儲かっていないのか、それとも稼げないことの言い訳として言っているのかが、外からは分かりません。結果として、条件としての利潤をうまく上げることができずに、課題解決に向かう企業自体の存続が困難になってしまうという問題点が生じます。

企業が社会課題解決をしていく仕組みを作るにはどうすればよいか?

安田洋祐:では、企業が社会課題解決に向かっていくにはどのようにすればよいでしょうか。それは先程の2つの視点から考えてみると、フリードマン的な考え方であれば、短期の利益に結び付く形で社会課題を解決できるような制約を作る、ドラッカー的な考え方であれば、企業の目的意識自体を変える、という方法が挙げられます。

どちらかが正解でどちらかが間違っているというのではなく、社会課題解決に向かう2つの土台ではないかと考えています。

フリードマン型は、利潤追求をするという目的はそのままで、外部から制約を加えていくというESG投資に見られるアプローチ(以下、ESG投資型)です。これはカーボンプライシングやESG投資に見られるような仕組みで、制約によるインセンティブ付けを行うことでより企業に社会課題解決を促していこうという方法です。これは現在の仕組みを踏襲できるため、現実的なアプローチとなります。

ただしこれにも、外部から課す制約についてどんなものが適切であるか決定することが難しいという問題が生じます。また、CO2排出量一つとっても、過少申告が起きてしまうといった、ルールの実質的な履行が難しいという点があります。

ドラッカー型は、企業の目的自体を変えていくというパーパス型のアプローチ(以下、パーパス型)です。これは、社会課題解決を志向するゼブラ企業に近い考え方です。

このアプローチの大きなメリットは、企業がそれぞれ自分達にとっての社会的価値を追求できるという点です。

ただしこちらは、社会的価値を追求して先進的な取り組みを実施しても、収益率を上げられず、社会課題解決に積極的に取り組む企業が競争に負けて撤退してしまい、結果的に世の中が社会課題解決から遠ざかってしまうという構造的な問題が生じてしまう可能性があります。

ESG投資型の方は、制約を課したあとは個社にまかせればよいが、パーパス型の方は社会課題を追求するほど市場での競争に負けやすくなってしまうジレンマが起こってしまう。これを解消するには、個社ベースだと難しいので、協調しながら達成していく必要がある、と考えています。

阿座上:ゼブラ企業は相利共生を大切にしています。ゼブラとよく対比されるユニコーン企業が1社で競争して勝っていくことで結果的に解決するというアプローチに対して、ゼブラ企業は複数で共存してみんなのために課題解決しようとしていくアプローチをとっています。その点で、ゼブラ企業とドラッカー・パーパス型の協調していくアプローチに通じるものを感じます。

安田洋祐:時価総額が大きい企業ほど成長して大きくなっていきやすいというのは変えることが難しい根本的なルールではあります。おっしゃるように、ゼブラ企業のような社会価値を追求する企業がサイズダウンを避けるには、連携が重要になるでしょうね。

相澤:ゼブラ企業はまさにパーパス型であり、企業が社会課題解決に向かうアプローチのひとつを体現しているという意味で役割の大きさを感じます。

ゼブラ企業が社会課題を進めていくには連携が必要。ではどうすればよいか?
―社会課題解決におけるゼブラ企業の役割

安田洋祐:では、ゼブラ企業のような企業が連携をしていくにはどうすればよいでしょうか。これには、社会的共通資本やコモンズの概念がヒントになります。最近では、若手経済学者の斉藤幸平さんがベストセラー本の中で紹介されていますが、元は50年以上前に日本人経済学者の宇沢弘文氏が提唱した考えで、温故知新的な概念です。

社会的共通資本の背景にあるのは、多くの課題が市場だけでは解決は出来ず、政府が何でもできるわけでもないという状況の中で、その中間ゾーンを誰が担うのか、第三の道はないのか、という問いです。

特にローカルな課題は、圧倒的に情報の非対称性があり、利潤も少ないので、やることなすことが非効率になりやすく、解決する動機が足りないという状態に陥りやすい。本当に突っ走った零細企業なら解決できるかもしれませんが、小さい課題が沢山あって、その中には政府でないと解決できない課題もある。ゼブラ企業はこのような手つかずになってしまう課題を解決する担い手としての役割が期待されているのではないかと考えられます。

阿座上:社会共通資本は、ゼブラ企業と近い考え方であり、ずっと注目しています。僕たちのローンチイベントに、宇沢弘文先生の娘さんの占部まりさんに登壇していただきました。

まさしく社会的共通資本が示す領域のように、課題が複雑で、解決する必要性の合意を取りづらく、取り組む人が少ない領域にゼブラ企業がアプローチしている傾向があると思っています

図 ゼブラ企業の特徴:社会的な認知度・理解の向上が必要な「社会的に複雑な」課題に挑戦している

―ゼブラ企業が社会課題の実現に向けて連携していくにはどうすればよいか

安田洋祐:宇沢氏は残念ながらノーベル経済学賞の受賞を逃してしまいましたが、2009年に同賞を受賞したエリノア・オストロム(Elinor Ostrom)さんの研究が参考になります。彼女は政治学者なのですが、女性として初めてこの経済学賞を受賞しました。

オストロム氏は、従来共同管理されているコモンズには、いわゆる「コモンズの悲劇」に陥らず、つまり放っておいてもフリーライド(ただ乗り)の問題などが起こらず、上手く機能しているものが世界中にたくさんあることを発見し、その要因を分析しました。

政治学者であったオストロム氏が取り入れたのが、私の専門でもあるゲーム理論における繰り返しゲームでした。これはゲーム(取引)が何回も繰り返される状況下の行動を分析する理論です。その中で分かっていることとして、1回限りのゲームだとプレーヤーはフリーライドしてしまうのですが、将来も続けて同じゲームが行われる状況だと、相互に協力するようになる、といった知見があります。

そのような相互協力が得られる環境を作り出すには、第三者に裏切り者に対して罰則を科してもらうという方法と、裏切りが起きてしまったら、自分たちで裏切り者に対してお仕置きを行う、という方法があります。

前者の機能としては裁判所が挙げられますが、歴史的に見ると裁判所が登場したのは最近ですし、新興国ではそのような手法に頼るのは難しく、国際間の問題もこの方法には頼れないですよね。

多くの上手くいっているコモンズに見られる方法は後者で、日本的に言えば村八分、相手が裏切ったら自分も裏切るよと決めておくということになります。つまり、第三者に頼ることなく、コミュニティの中で自律的な秩序を持っている。これが短期の利益ではなくて長期の視野を持つことにつながっているんですね。

ただしこれには、お互いが顔の見えるメンバー同士でなくてはなりません。相手が変わってしまうと意味がない。都会でご近所づきあいが希薄だと、ゴミ出しのルールに違反する人が出るのも、同じ理屈ですね。現代ではネット空間においても、匿名で参加できるプラットフォームでメンバーの入れ替わりが常に起こるので、村八分のようなメカニズムが機能しにくい。

地域共同体も企業と同様にメンバーが固定していて、その中での協調行動が求められています。一方ゼブラ企業は、1社1社で見るとメンバーが固定されるかもしれませんが、全体を群れのような集団として見ると流動的で、村八分的なメカニズムが機能しにくい。裏切って抜けるような企業が出てきてしまうからです。

その意味では、DAO(Decentralized Autonomous Organization、分散型自律組織)が、協調行動を促す仕組みとして期待できるのではないかと考えています。DAOでは協力してくれた場合にトークンを支払うことで、短期の取引でも貢献したメンバーにリターンを返すことが出来ます。盛り上がっているコミュニティはトークンの価値が上がっていくので、後続の人にもトークンを受け取るインセンティブが生じ、短期の取引を長期的な取り組みに一致させることが出来ます。その意味で、DAOは協力の仕組みを利己的に促すことが出来、かつ長期的なゴールに向かって協力体制を作ることが出来るのです。

DAOはゼブラ企業の群れのような流動的なコミュニティにも対応できるという意味で、意義があります。また、自分たちでトークン発行の仕組みを設計できることが、自社の社会的価値を創造、追求するパーパス型企業であるゼブラ企業にとって向いていると考えられるポイントです。

これは日本企業において従業員満足度やロイヤリティが国際的に見ても圧倒的に低いという課題ともつながります。自分のやった仕事や貢献が他のメンバーに理解されていないということは、やりがいを失う原因になります。

僕のような経済学者がこういうと、条件反射的に「成果報酬を導入したいのか」と誤解されることが多いのですが、成果報酬でなくても、貢献度をもっと見える化する必要がある。ゼブラ企業のコンソーシアムだけではなく、個々の企業の中でも重要な仕組みだと思います。

阿座上:僕たちは「Different scale, Different future:これまでとは違うものさしがあれば、これまでとは違う成長と未来がある」ということを掲げています。違う尺度を持てば違う成長が起きて違う未来が来るのではないか。みんなから褒められるといったことも含めての新しい評価があることが必要ではないかと思います。

また、我々は今、ゼブラムーブメントをどのようにZ&C以外の人の行動にも広げていくかということを考えています。同じ組織の中で、入ってきた利潤を評価に基づいて分配するということは可能ですが、ひとつの組織の中にその構造をとどめるのではなく、その範囲を広げるような仕組みづくりをしていきたい。そして、村八分のような罰則ではなく、ワクワクを作るような居心地のよい仕組みを作りたいとも考えています。

僕たちのビジョンは、優しく健やかで楽しい社会。優しいは心理的安全性やインクルージョン、健やかは健康で健全な競争、それにプラスして楽しい方がいいなと思います。

安田洋祐:僕は上手く回る組織というのは、SDGの3要素が必要なのではないかと考えています。これを勝手に「SDG仮説」と呼んでいて、それぞれ、S:Scale:定量評価、貢献度が見える化されていること、D:Distance:お互いの距離が近いこと(親近感があると人は協力したくなる)、G:Gravidity:SとDの掛け合わせで、人を惹きつける引力が起きる、と考えています。

貢献度が見える化されているだけではだめで、競争関係でも協力したい内発的な動機を引き出すには、距離感を縮める必要がある。コミュニティや組織で、近い人同士はやっぱり協力したくなりますよね。ゼブラ企業はその社会的な価値を打ち出すことで、ディスタンスを縮めて、人を惹きつける協力体制を作ることが出来る。その点が、ゼブラ企業の強みではないでしょうか。

そして、ワクワクを作るという意味では、台湾でコロナの抑え込みを迅速に成功させたオードリータンさんの「3つのF」、Fast(高速)、Fair(公平)、Fun(楽しい)を思い出しました。優れた仕組みだけでは社会に浸透しない、最後はFunが必要。それに通じる素晴らしいスローガンだと思います

阿座上:そう言っていただけると嬉しいです。本日はどうもありがとうございました。

インタビュー後の安田先生

まとめ

ゼブラ企業が社会課題解決を実現していくためには、ゼブラ企業同士の協力体制を作ることが不可欠である。長期的な視野で協力体制を作るには、第三者に頼ることなく、コミュニティの中で自律的な秩序を持つことが重要。そのためにはDAO的な発想が手掛かりになる。
報酬の見える化に加えて、社会的価値を追求することによって人を惹きつけていくこと、そして新しい未来をつくるワクワク感が必要なのではないか。

今回の安田先生へのインタビューでは、これまでの経済社会の中で取り残されてしまった、企業が担うべき効率的な社会課題解決を実現させるために、どのような体制を作っていけばよいかについてお話を伺うことが出来ました。

ゼブラ企業が、1企業の枠組みを超えて、協力体制を作り、自律的な秩序を持つこと。

社会的価値の追求によって人の距離感を縮め、新しい未来を作るワクワク感を感じること。これらは多くの人がゼブラムーブメントに魅了されている現在の状況そのものを説明しているようにも思います。

今後も専門家の方から見たゼブラ企業やゼブラムーブメントの意味を深ぼる対話記事を増やしていこうと思っています。

今回、ユニコーンとゼブラの対比の話からフリードマン的自由主義とドラッカー的パーパス経営/社会的共通資本という経済学における2つの企業像という切り口、そして長期的な社会課題に取り組むためのヒントが見つかったように、これからも対話によるさまざまな発見とワクワクをなるべくリアルタイムで共有していきたいと思っています。

楽しみにしていてください。

PROFILE

相澤なつみ

コンサルティングファーム勤務、東京大学未来ビジョンセンターにて客員研究員も務める。 「経済性と社会課題解決の両立」を担うゼブラ企業経営の理論化に向けて、コラム執筆を担当。 趣味は読書と観劇とお笑い。