2024.11.20 ZEBRAS

共同所有は、組織運営の新たな常識となる。「Exit to community」の提唱者 ネイサン・シュナイダーさんと探る、これからの所有


共同所有は、組織運営の新たな常識となる。「Exit to community」の提唱者 ネイサン・シュナイダーさんと探る、これからの所有のイメージ

本当に民主的で包摂的な社会を実現するために、私たちはまず所有にまつわる捉え方を変えなければならないのではないか——。組織や事業、地域コミュニティ。所有のあり方を変えることで私たちの暮らしはより良い方向に変えていける。その実践をする人やコミュニティを訪ね、学びを得るため、私たちは「所有をめぐる旅」を始めます。

「人々が信頼され、人間味のある人生が送れると本気で感じられる世界を実現するために、所有というテーマは非常に重要なもの」と語るのは、コロラド大学ボルダー校のメディア・スタディーズ准教授として教鞭をとるネイサン・シュナイダーさん。

彼が2020年に日本で出版した著書『ネクスト・シェア』(原題: everything for everyone)では、組織の所有権を中央集権的に株主だけが持つのではなく、民主的に分散させることを「シェアード・オーナーシップ(共同所有)」として、ユーザーや従業員など思いのあるコミュニティが組織や事業にオーナーとして意思決定を行っていく組織や事業のあり方を紹介しています。こうした形態は、これまでスタートアップのイグジットの多くがM&AやIPOなどに限定されていたところに、コミュニティにイグジットする「Exit to community(以下、E2C)」という“別解”として近年注目を集めており、世界各地でコミュニティによる新たなガバナンスの形を模索する試みが生まれ始めています。

日本でも各地でこうした動きが始まっていますが、この動きをもっと普及させていくには、国内外での実践に基づいた学びやノウハウがもっとシェアされていく必要がある。ゼブラアンドカンパニーは、E2C領域の第一人者であるシュナイダーさんにインタビューをし、変わりゆく所有の形、そして共同所有のあり方が引き出す人類の可能性についてお話を聞きました。

Nathan Schneider(ネイサン・シュナイダー)
ジャーナリスト、コロラド大学ボルダー校メディアスタディーズ学部助教授。経済、技術、宗教について執筆活動をしており、『ニューヨーク・タイムズ』『ニューヨーカー』『ニュー・リパブリック』『カトリック・ワーカー』などに寄稿している。最近の著書に、『ネクスト・シェア ポスト資本主義を生み出す「協同」プラットフォーム』(2020年、東洋経済新報社)『Thank you, Anarchy: Notes from the Occupy Apocalypse』と、共編著『Ours to Hack and to Own: The Rise of Platform Cooperativisim, a New Vision for the Future of Work and a Fairer Internet』がある(いずれも未訳)。

M&AでもIPOでもない、スタートアップや組織の第三の選択肢

ーーまずは、改めて「Exit to community(以下、E2C)」とは何か、シュナイダーさんにお聞きしたいと思います。また、シュナイダーさんご自身はE2Cの概念とどのように出会ったのでしょうか。

Exit to communityとは、M&AやIPOと異なる、創業経営者や既存投資家による少数株主による所有から関係するコミュニティが所有することによるイグジット(初期投資者にとっての株式所有の出口、区切りであり、初期のリスクをテイクしたことへのファイナンシャルリターンを得る手段)を目指す方法のことを指します。

時差があるため現地では夜間のインタビューになったものの、快くインタビューを引き受けてくれたネイサン・シュナイダーさん

私は、過去10年ほどStart.coopという協同組合向けのアクセラレータのボードメンバーとして立ち上げから共同で主導してきました。そのなかで見えてきたのは、シェアード・オーナーシップを組織で実践しようとする協同組合が資本的な協力を得るのに苦労していること。しかし、その一方で、各業界を牽引するような名だたるスタートアップでも、シェアード・オーナーシップ的なあり方を志向しはじめていることに気づきました。事業が成熟していったとしても、創業当時に描いていたポジティブな社会的ミッションを薄れさせることなく、良い組織であり続けたいと願う経営者が多かったのです。

創業期ではなく、イグジット期に着目したのは、創業期は他のどのクリエイティブなプロジェクトにも言えるように、組織としてどのようなことをやりたいのかまだ曖昧な部分が多いから。また、イグジットのタイミングは(特にアメリカの場合)多くのスタートアップにとって今後の命運を決める非常にクリティカルなものです(※)。そこで、このイグジットの形を戦略的にデザインすることで、コミュニティのオーナーシップを高めて、より組織を強固にしていくことにつながると考えたのです。

E2Cの動きは、そうした協同組合やスタートアップの経営者たちが集まり、共に学ぶ場として、特に「こうすればうまくいく」という方法論もないまま、むしろ、その手法を一緒に探求していこうという形でスタートしました。

※アメリカでは、スタートアップの創業者や投資家がイグジット(事業売却やIPO)をすることは非常に一般的であり、スタートアップの約90%以上が事業売却やIPOを通じてイグジットを実現しているという統計もある。一方、日本では創業経営者やその家族が株を持ち続け、イグジットを発生させない場合も多いため、状況は異なる

大事なのは、組織の形態よりもそこから生まれる価値に目を向けること

ーー社会的インパクトの創出を目指すスタートアップが組織をつくる場合も、やはり組織の形態選びが重要なポイントとなってくるのでしょうか。

大切なのは、組織の形態よりも組織としての役目を果たすことだと思います。社会的企業に関心のある人々の中でも、多くの人は、あたかも社会的企業をつくるための完璧な形態があるように考えてしまい、その形態を取りさえすればいい企業ができる、と考えてしまいがちです。

例えば、非営利活動法人という組織体はソーシャルグッドな活動をするためには優れた法人形態であるように感じます。ところが、アメリカでは資金調達のほとんどが民間部門からの寄附であり、さらに、多くの場合、その内訳は比較的少数の非常に裕福な人々からもたらされているという実情があるのです。これでは、組織がどのような形態であっても、限られた少数の声しか意思決定に反映されないことになってしまいます。

ーーその見極めのために、意識していることはありますか。

最近は「組織がどのような組織形態になっているのか」ではなく、「何が組織を突き動かしているのか」と質問するようにしています。本当の意味での自律分散で民主的な組織運営のあり方を目指すのであれば、組織の収益構造がどのようになりそうかについても、きちんと目を配らなければなりません。すなわち、どこから資本が入り、どんなインセンティブで組織が動いているのかを訊ねるようにしているのです。

最近の私の関心ごとは、「それぞれの企業が、実力を最大限発揮しながら社会善のために貢献するためのインセンティブを持てるような社会を実現するためには、資金調達や資本の配分などをどのように設計できるといいか」ということです。なお、そうした時に、協同組合はとても有益なツールとなりえますが、そのほかの組織形態であっても問題ありません。

私たちが最終的にE2Cを“Exit to Co-op(協同組合へのイグジット)”とせず、“Exit to Community”とした理由もここにあります。なぜなら、私たちは組織の形態にこだわるのではなく、そこから生まれる価値にフォーカスするべきだという結論に達したからです。生み出す価値に集中することで、「どのような形態を選ぶべきか」という問いに対する答えは自然と導き出されるでしょう。

ーー組織が生み出したい価値に着目すれば、組織のあり方はいろいろと考えられそうですね。E2Cの機運の高まりから、実際にE2Cの概念を取り入れた成功事例は、例えばアメリカではどのようなものがあるのでしょうか。

私たちがケーススタディを収集しているライブラリには、本当にさまざまな事例がありますが、代表的なものはPython(パイソン)の事例でしょうか。オープンソースのプログラミング言語であるPythonを開発する財団のPython Software Foundationは、創業以来、長年創業者が運営していましたが、創業者が代表のポジションを退いたあと、組織として民主的なプロセスを歩むために従業員たちがずっと願っていたガバナンスモデルを導入しました。彼らはソフトウェアの変更を決定するために使用したツールを、ガバナンスについての意思決定をするために実際に使用したのです。

シュナイダーさんがディレクターを務めるコロラド大学ボルダー校のMedia Economies Design LabのHP



仮想通貨をやりとりできるブロックチェーンプラットフォームのイーサリアムや、DAO(分散型自律組織の略で、ブロックチェーン技術をベースとした新しい組織の形態)のためのツール開発を行うCollab.landでも、自分たちのイグジットの形として、E2Cについて明確に言及しはじめています。

なかでも面白いのは、Ginkgo Bioworksというバイオテクノロジーを手がける企業です。彼らは、IPOの一環として最終的に会社の支配権の大半が従業員の手に渡るような仕組みをつくりあげました。こうした動きは従業員の倫理観や組織のカルチャーを強固にすることにもつながるのです。

革命を待たなくても、社会は変えられる

ーーGinkgo Bioworksの事例は、上場企業であっても会社の運営を担う立場として適切だと思われるステイクホルダーを選び、コミュニティが長期的な責任者となりうることを証明していますね。こうした事例がアメリカで相次いで生まれているのは、何か文化的・歴史的な背景があるのでしょうか。

必ずしもE2Cとはいえないかもしれませんが、このアイデアの着想につながるインスピレーションとなったものの一つに、ルイス・ケルソ氏というアメリカの弁護士によって策定された制度で、ESOP(従業員持株制度、Employee Stock Ownership Planの略)というものがあります。企業が自社株を買い戻し、それを従業員に退職金や年金として分配する制度として日本でも知られています。

ケルソ氏は、貧しい家庭に生まれ育ちましたが、弁護士になってからは富裕層を相手に仕事をしていた人物です。彼はそこで、富裕層だけがアクセスできる金融システムがあることを学んだんですね。「なぜ会社の株を買うことができるのは裕福な人だけなのか」と。それからというもの、彼は長年に渡って民主的資本主義というテーマで、富の不均衡を防ぐため、一般庶民でも会社の株を持つことができる戦略をいくつも提案しました。そのなかでも機能したのがESOPでした。

ESOPは、ガバナンスの移行を検討している経営者にとっても有益な制度です(※)。事実、コロラド州では、地場の大きなビール会社が日本企業に買収される前に、ESOP制度を使って従業員によるガバナンスに移行しました。というのも1974年に、ケルソ氏は議会で従業員の持株会社への移行に対する税制上の優遇措置が可能になる法案を可決していたからです。これにより、従業員の持ち出しなく、銀行融資や売り手による資金調達でガバナンスの移行が可能になったのです。

この事例は、既存の金融の仕組みを適切にアレンジすれば理想主義的だと思われていたものが、実用的なものに変わることを証明しています。さらにこの事例から学ぶことができるのは、私たちが必要だと思えば、革命が起きるのを待つことなく、こうした社会変革を起こすことができるということです。重要なのは、こうした変革を最も効果的に行うにはどうしたらいいか、そして法律としても成立させる方法をどう見つけるか、ということです。

※経営者移行期間中に事業の決裁権を維持しながら、徐々に所有権を従業員に移すことができる。これは、外部の買い手を見つけることが難しい非公開企業や、信頼できる従業員の手に事業を留めておきたい所有者にとって特に有益となる

ーーまさに、既存の社会システムをハックするようなマインドが必要とされているのですね。同時に、歴史を紐解くと、シェアード・オーナーシップの考え方は、人類史において既にあらゆるところで実践されてきたものなのかもしれないと思うことがあります。

そうですね。例えば、1920年代のアメリカは深刻な電力不足に陥っていました。実際、私の祖父の小さい頃は電気の通っていない農場で育ったと聞いています。そこから北に1時間ほど行ったところに電気が開通したのが1936年のこと。理由は、農家が協同組合として電力会社を立ち上げるのに資金提供を行うという法律を、議会が制定したからです。

こうした事例はアメリカだけでなく、世界各地で事例がありますが、問題はこうした事例が農業などの特定の分野に限られてしまっていることです。私が世の中に問いたいのは、どうしたら過去100年の歴史の中でシェアード・オーナーシップについて私たちが学んできたことを現代に活かすことができるか。そして、そこから培った知見を、特定の分野だけにとどめずに、誰でもアクセスできるものにするにはどうしたらいいか、ということです。

ーーこうした動きを社会的な運動に変えていくためにはどうするべきだと思いますか。

まずは、事例を知ることから始まるのではないでしょうか。自分たち以外にも挑戦し、成功した事例があることを知って、社会変革が可能であると認識することが全ての始まりだと思います。ケルソ氏も、ESOPの法案を可決させるまで、20年近く地道な努力を重ねてきました。

まずは志を持っている人や、変化を望んでいる人がたくさんいるのだという事実を認識すること。どんなに困難にも打ち勝ち、懸命に努力すれば、うまくいく。もしこれが、どこでも実現できるとしたら、どんなに素晴らしいでしょう。

つい先日のことですが、E2Cを実践しているGroup Museというハウス・コンサートを開催する団体を支援する音楽プラットフォームを使って、我が家でコンサートを開きました。裏庭で、ヴァイオリニストが子どもたちのために世界中の音楽を演奏する素敵なコンサートでした。こうした体験があると、変化の手触り感をより感じられるようになるんです。

シュナイダーさんの家の裏庭で開催されたコンサートの様子

これは決してオルタナティブなことではなく、もはや私たちの人生の一部です。社会変革を起こすには、こうした変化の手触りを感じられる体験が本当に重要だと思います。

共同所有の概念はオルタナティブではなく、ニューノーマル

ーーなぜシェアード・オーナーシップやE2Cの概念に関して、オルタナティブ(何かの代替となる手段)とは言わないのでしょうか。

私は常に“オルタナティブ”と表現するのを避けるようにしています。協同組合も、合弁会社としてイギリスの会社法において株式会社と同じ時期に設立されました。むしろ、長い間私たちの経済を活性化してきたものなのです。

だからこそ、私はあまり新しい言葉を使わないようにしています。今までにない言葉を用いることは、最先端のことをやっているように思ってしまうと同時に、自己充足的な予言になりかねません。オルタナティブと表現してしまうと、メインに対してのサブ的なニュアンスを持ってしまう。私は、サブ的なものをつくろうとしているわけではなく、社会の新しい常識である「ニューノーマル」をつくりたいのです。

ーーE2Cが世の中に普及していくために、漠然とあるのが、ガバナンスに関する心配です。さまざまなステイクホルダーたちがガバナンスに関わることにで生まれる大変さもあるのではないでしょうか。

E2Cについての議論をしていると、私たちはSFの世界から飛び出してきたような全く新しい概念について語っているように錯覚してしまいがちです。けれども、実際にはどの上場企業も数えきれないほどの人に所有されていると思いませんか。

E2Cと異なるのは、組織運営という関係性ではなく株式投資をしている関係性だということだけで、私たちはすでに、多かれ少なかれシェアード・オーナーシップによる社会的ジレンマ(※)に直面しているのです。ある意味、投資というのは利益を最大化するところに意識が向きやすく、投資家が何を期待しているのかが単純明快なため、利害関係者との関係性構築という点では株式投資の関係性の方がよりシンプルな形態だといえるでしょう。

では、シェアード・オーナーシップでのユーザーや従業員の意志を全く予測できないかというと、そんなこともありません。もしあなたが会社で働く従業員だったとしたら、主な関心ごとはおそらく、ゆとりある暮らしができるか、基本的な福利厚生が得られるか、自分の仕事に見合った報酬がもらえるか、ということではないでしょうか。

あるいは、もしあなたが自分がよく使うSNSプラットフォームの事業オーナーになる場合、他のユーザーがプライバシーの安全や良質なユーザー体験を求めていることは想像にかたくないと思います。

近年、組織のセルフガバナンスを推進するツールは続々と開発が進んでいます。私は人々が新たなセルフガバナンスのモデルを発案したり、投票システムを開発するのをみることが大好きですが、同時にこれらは全て無用だとも思うんです。なぜなら、私たちはもう既にどうすべきか知っていると思うから。私たちはただ、こうしたガバナンスを強化したり、強化しながらどうやって資本にアクセスするかを知らないだけなのです。

※社会的ジレンマ(social dilemma)とは、全ての個人が協力することでより良い結果を得られるにもかかわらず、個人間の利害対立により共同行動が阻害され、協力に失敗してしまう状況を指す

デジタル領域の技術革新は、組織運営の可能性を広げるか

ーーブロックチェーン技術やAIなど、この10年の間にも急速に技術革新が起きています。こうしたテクノロジーの進歩は、E2Cの動きにどのような影響を与えているのでしょうか。

私は過去に『Web3は私たちがずっと持ち望んでいたチャンス』と題した論文を書きました。

他国ではどうかわからないのですが、少なくともアメリカでは、政府当局による取り締まりが激化しており、誰も法的なリスクに直面することなく、さまざまな種類の金融の仕組みの設計や組織形態を試すことが年々難しくなっています。

そのため、最近では組織を改めてデザインするために契約書や定款を工夫するなど新たな試みが広がっていますが、私が著した『ネクスト・シェア』では、新たな実験の場としてブロックチェーンを紹介しています。ブロックチェーンの出現はこれまでのインターネット空間の景色を大きく変えました。Web2と呼ばれるこれまでのネット環境は、全ての情報はサーバーにあり、クライアントは必要な時にアクセスするという仕組みでした。一方、Web3と呼ばれるブロックチェーンは、情報の所有権自体が分散される設計になっています。つまり、ブロックチェーンの根本的な性質が、人々が好む・好まざるに関わらず共同ガバナンスを行うようにデザインされており、それがコミュニティの自治を促すような技術開発に向けての第一波となったのです。

面白いのは、ブロックチェーン技術で用いられるトークンは私たちの所有権にまつわるルールを書き換えるチャンスだということです。

ーーどういうことでしょうか。

あなたが「所有権とは何か」を弁護士に質問したとしたら、「法的権利の束」だと答えるでしょう。車であれば運転免許を取る必要があったり、住居を手にしても建築に変更を加える場合は地域の法律に準拠する必要があったりするように、私たちが所有するすべての資産には、その所有権に関連づけられたさまざまな制約がありますよね。「所有権」と一口に言ってもその形はひとつではないのです。ところが、ブロックチェーンで使われるトークンは、私たちが持つ法的権利の束の仕組み自体をどう構築するかについて、新たな示唆を与えるものなのです。

ーー確かに、NFTアート(Non-Fungible Token:代替不可能なトークン)に代表されるように、所有権の持ち方も変わってきていますね。

NFTが紐づいたデジタルアート作品に関しては、所有するのはあなたですが、そこには、つくり手であるアーティストの著作権がついており、あなたがNFTアートを売るたび、その収益の一部がアーティストに還元されることになります。

それまで、アメリカではアーティストの作品に印税を払うことは一般的ではありませんでしたが、NFTの出現により、アメリカのアートシーンで、アーティストにとっては印税は公正なものであることが、初めて認められたのです。こうした技術には、あらたな扉を開く力があると考えています。注意する必要があるのは、技術があるからこうしたことができると信じ込んでしまうこと、また、こうした技術が主流経済の中で機能することを期待すればするほど、その面白みがなくなっていくことも認識しておく必要があります。

誰もが信頼され、人間味のある社会がつくれると本気で信じられる世界をどうつくるか

ーーアメリカやヨーロッパなどの海外だけでなく、E2Cの価値観につながるような動きは日本でも多く生まれてきています。一企業の運営体制の変化だけでなく、地域の中での自治にもこの波は波及してきているように思います。秋田県五城目町の「湯の越温泉」の復活や、香川県三豊市の「URASHIMA VILLAGE」の事例が頭に浮かびました。どちらも地域の住民や事業者が自分たちのまちを思い、協働・共同しながらインパクトを生み出している事例です。

まさに。その話を聞いて、イギリスの郊外にあるパブが住民たちによって再建された話を思い出していました。このような事例は、世界経済を席巻するような大規模なプロジェクトではないかもしれませんが、このような体験を通して、社会をよりよくするために当てにできるのは自分たち以外にいないということに気づくはずです。そして、そうした気づきこそが私たちにとって非常に大事なものなのです。

社会の本来のあるべき姿というのは、政治や経済といった仕組みに依存することなく、人々が必要なものを確実に手に入れられるようにするということです。私たちが期待しているのは、E2Cの形が浸透していった先に、人々が新しい技術を開発したり、どんな医療や医薬品が必要か、どんな情報が流通するべきかなど自分たちなりに問いを立てて行動することであり、これが私たちの社会に本当の意味での変革をもたらすのだと考えています。

ーー人々の意識が変容することで、社会も変容していくような好循環が生まれそうですね。

政治学者のロバート・パットナム氏が北イタリアのエミリア・ロマーニャで行った研究(※)では、まちの中での社会的な組織や団体、共有所有のプロジェクトの密度が高ければ高いほど、民主主義が強化され、社会への信用度が高まり、教育体制も強化されるという結果が出ています。

人々が自分たちの力を信じることができ、帰属意識を感じたり信頼されていると感じられれば、世界は全く違って見えてきます。組織の形態がどうなっているかの問題ではなく、人々がコミュニティに安心していられるような帰属意識や充足感があり、人間味のある人生が送れると本気で感じられる世界をどうつくるか。こうした世界をつくることこそ、私たちがE2Cを通して最も実現したいと考えていることなのです。

※Putnam、Robert D、Making Democracy Work: Civic Traditions in Modern Italy、Princeton University Press、1993

ーー最後に、日本でもE2Cに共感しこれから自分たちの組織でも取り入れていきたいと考えている人に向けて伝えたいメッセージをお聞きできたらと思います。

私は、E2Cの動き自体が、お互いに学びあって進める集合的・協同的なプロセスだと考えています。

コロラド大学ボルダー校で2023年8月に開催されたコミュニティをエンパワーするためにデザインされたテクノロジーについて学びあうための地域カンファレンス「Local Tech Ecologies」の様子

だからこそ、もしあなたがこの考え方に共鳴するのならば、ぜひ連携してお互いの気づきやストーリーをシェアしましょう。なぜなら、私一人ではこの動きをどうやって新しい常識にしていくのかわからず、学びながら一緒に明らかにしていかなければならないからです。この数年で私たちは実に多くのことを学んできましたが、まだまだ学ぶべきことはたくさんあるのです。

文:岩井 美咲
編集:増村 江利子

PROFILE

岩井美咲

インタビュワー、編集者、コミュニケーションビルダー。起業家のコミュニティ運営と、さまざまな分野の事業家とのインタビューや事業伴走の経験を活かしながら幅広いジャンルの企画立ち上げや取材執筆、コンテンツ制作を行う。「エンパワメント」をテーマに誰かの背中を押し、アクションのきっかけになる仕事を志す。