2024.11.27 ZEBRAS

所有する資産の可視化、分解、再分配によって新しい価値を生み出す。古田秘馬さんが三豊で仕掛ける地域の新たなイグジットモデル「ローカルIPO」


所有する資産の可視化、分解、再分配によって新しい価値を生み出す。古田秘馬さんが三豊で仕掛ける地域の新たなイグジットモデル「ローカルIPO」のイメージ

所有する資産の可視化、分解、再分配によって新しい価値を生み出す。古田秘馬さんが三豊で仕掛ける地域の新たなイグジットモデル「ローカルIPO」

本当に民主的で包摂的な社会を実現するために、私たちはまず所有にまつわる捉え方を変えなければならないのではないか——。組織や事業、地域コミュニティ。所有のあり方を変えることで私たちの暮らしはより良い方向に変えていける。そうした実践をする人やコミュニティを訪ね、学びを得るための連載企画「所有をめぐる旅」をスタートします。

連載第2回に訪れたのは、香川県三豊市の一棟貸し宿泊施設「URASHIMA VILLAGE」。2021年に地元事業者を含む11社の共同出資によって開業し、現在は海外からの宿泊者も多く、三豊市を代表する宿泊施設のひとつです。

出典:URASHIMA VILLAGE 公式サイト

そんな「URASHIMA VILLAGE」は、2024年9月に建物をファンドへ売却し、地域住民を含むさまざまなステークホルダーが出資することでイグジットを目指す、“ローカルIPO”なる取り組みを実施。宿としての「経営」と建物の「所有」を分離し、地元事業者による経営(運営)を続けながら、建物のみに幅広くオーナーを集うこの新しい共同所有の仕組みは、「Exit to community(以下、E2C)」の一例として注目を浴びています。

そこで今回、2016年より三豊市に関わり、「URASHIMA VILLAGE」を含む多くのプロジェクトに関わってきた地域プロデューサーの古田秘馬さん(ひまさん)にアテンドいただき、2日間たっぷりと三豊の魅力を取材しました。

初日は三豊市仁尾町の取り組みや若手起業家のみなさんの事業プレゼンを聞き、2日目には、Zebras and Company(以下、Z&C)共同創業者の阿座上陽平さんと、ひまさんによる対談を実施。ローカルIPOの仕組みや狙い、その選択に至るまでの三豊市での取り組み、ローカルIPOを他の事業や地域で活用するための考え方について聞きました。

連載第1回はこちら

古田 秘馬
東京都生まれ。慶應義塾大学中退。東京・丸の内「丸の内朝大学」などの数多くの地域プロデュース・企業ブランディングなどを手がける。農業実験レストラン「六本木農園」や和食を世界に繋げる「Peace Kitchenプロジェクト」、讃岐うどん文化を伝える宿「UDON HOUSE」など都市と地域、日本と海外を繋ぐ仕組みづくりを行う。現在は地域や社会的変革の起業に投資をしたり、レストランバスなどを手掛ける高速バスWILLER株式会社やクラウドファンディングサービスCAMPFIRE、自然電力、医療法人の理事などを兼任。

URASHIMA VILLAGEのローカルIPOで「株主人口」を増やす

阿座上さん:

昨日は三豊の取り組みの全体像や、起業家のみなさんの話を聞かせていただきありがとうございました。今日の対談では「URASHIMA VILLAGE」のローカルIPOのことを中心に「所有」にまつわる話を聞ければと思っています。まず、「URASHIMA VILLAGE」がどのような施設なのか教えていただけますか?

ひまさん:

「URASHIMA VILLAGE」は、浦島太郎伝説が語り継がれる荘内半島の2000坪の土地に3棟だけ建てられた、全棟オーシャンビューの宿泊施設です。

僕が関わり始めた2016年当時、三豊にはあまり宿泊施設がありませんでした。でも、父母ヶ浜という海岸が「日本のウユニ塩湖」としてSNSで話題になり、2022年までに観光客が100倍(年間約5500人→51万人)に。それにあわせて、滞在場所となる宿泊施設をたくさん建ててきました。

その流れで、外資ホテルが荘内半島に出店を検討している話がでたんです。しかし、「それなら自分たちでつくろう」と考えて、100年の歴史を持つ建材企業をはじめとする、地元企業9社と外部企業2社の共同出資によって「URASHIMA VILLAGE」を開業しました。

2日目の対談は、瀬戸内の美しい海を一望できる「URASHIMA VILLAGE」の客室で行いました。

ひまさん:ありがたいことに、地域産材を利用していることや、三豊市の地域11社が事業の業務まで行うモデルなども評価され、2021年にはウッドデザイン賞最優秀賞 (農林水産大臣賞)を受賞。海外から泊まりに来る方も多く、年間稼働率は60%を超えています。開業から3年経ち、経常利益もきちんと出てきたタイミングで、この施設を地域内外の多くの人に共同所有してもらう方法を模索し、今回のローカルIPOに辿り着きました。

瀬戸内の伝統技法である“焼杉”により外壁が黒い「URASHIMA VILLAGE」

阿座上さん:

事業としてのベースが整ったうえで、新たな展開としてローカルIPOがあるわけですね。ローカルIPOの詳しい仕組みを教えてください。

ひまさん:

「URASHIMA VILLAGE」をこれまで所有・経営をしていたのは、11事業者でつくった「瀬戸内ビレッジ株式会社」です。ここが、ファンドに建物(不動産)を売却し、リースバック(*)によって再度賃貸。経営を続けながら、ファンドに対して家賃を払います。

そしてファンド側は、不動産特定共同事業法(不特法)を用いて、地域内外のステークホルダーからの出資や地域金融銀行などからの融資を募り、イグジットを目指すという立て付けです。

* 第三者に所有資産を売却すると同時に賃借する取引方法

地域に根ざした「URASHIMA VILLAGE」のローカルIPOプロジェクトは、現在ファンドへの出資者を募集中です。三豊の地域資源を活かしたまちづくりや、持続可能なコミュニティを目指すこの取り組みにプロジェクトの一員として関わりませんか?ぜひ以下のリンクから詳細をご覧ください。
https://hello-renovation.jp/renovations/24297

阿座上さん:

事業運営における賃料(家賃)が原資となり、利息返済や分配が行われています。この仕組みは開業当初から考えていたんですか?

ひまさん:

最初は純粋に「みんなの力を合わせたらうまくいくはず」という思いで始めました。ただ、たとえ宿泊事業としてうまくいかなかったとしても、土地や不動産の価値は残るという考えはありました。地域づくりはPLではなく、BSで考えるのが大事ですから。

それでなんとなく、将来的には会員制で一口オーナーを集うかたちになると想像していたんですが、持続性や広がりを考えるなら、もう少し多くの株主に関わって欲しいと思っていました。ただ、瀬戸内ビレッジに出資してもらうことで、せっかく地元のみんなでつくってきたガバナンスや運営に、他の人が入ってくるのもなんだかしっくりこない。うまく株主をわけることができないかと考えていたなかで、不特法で「経営」と「所有」を分離させればいいということを株式会社エンジョイワークスさんとの出会いの中で気づき、一緒に今回のスキームをつくりました。

阿座上さん:

みんなでつくってきたソフトの部分は守りつつ、ハードを所有する人を増やそうとしている。リリースによると、1口10万円の株を発行し、株主への利回りは2%を想定しているそうですね。

ひまさん:

東京のマンションに投資したほうが、利回りは高くなります。ただ、10万円を1口購入してくれた方は、宿泊費が10%引き。3口で1泊分の宿泊費が無料に。10口であれば、毎年1泊無料で泊まれます。もし10口(100万円)を出資してくれたら、ハイシーズンでは1泊15〜6万円になる宿泊費が無料となり、利回りは実質16.6%になるので、これに2%が追加されて実質18.6%くらいにはなります。

こうした設計にしているので、自然と「URASHIMA VILLAGE」を好きな人が株主になってくれると思います。投機目的で出資するのではなく、ファンとして利用するなかで施設を自分ごと化してもらう。そのため、株主に対して売上などの情報はきちんと開示します。観光客から、関係人口へ、そして「株主人口」へと関わりを深めるきっかけとなる仕組みなんです。

阿座上さん:

ファンでもあり株主でもある、という関係性が素敵ですね。情報も開示されるから、万が一「今月の売上が足りない」となったときに、株主自ら誰かを誘って宿泊することもできる。主体的に関わる余白が大きいのが「株主人口」だと思います。

ひまさん:

余白をなるべくつくるのは大事にしています。単純に出資して利回りを得ることとは異なる体験価値を提供するなら、事業をできるだけ単純化させないこともポイントです。

プライベートビーチから望むのは、浦島太郎が亀を助けた場所といわれている無人島・丸山島。1日2回の干潮時には、島に渡る砂浜「エンジェルロード」が姿を現します。

阿座上さん:

このローカルIPOの仕組みは、地域に対してはどのようなインパクトがあると思いますか?

ひまさん:

ひとつは、地域企業の挑戦がさらに加速していくことです。今回でいえば、瀬戸内ビレッジは、「URASHIMA VILLAGE」の売却益によって開業時の負債を返済できる。さらに、自己資本率が100%になり、手元にもキャッシュが残るので、新たな事業づくりができるようになります。地域に根ざしたビジネスの課題は、先行投資の回収に時間がかかることですが、それを解決できるモデルです。

もうひとつは、「大企業が地域に関われる新しいモデル」が広がることです。これまでも、全国各地で、大企業が地域ファンドを組成したり、地域でエンドコンテンツをつくったりする取り組みはありましたが、スケールが見込めないなどの理由で頓挫してしまうケースが多かった。

しかし、ローカルIPOの仕組みなら、ある程度かたちになったものに大企業が出資できる。すると、リターンは大きくはないけれど、リスクは低く、地域に対してのコミットメントも示せます。地元企業が頑張るか、大企業が地元にガツっと入るか、地域づくりには主に2パターンしかなかったところに、「投資を通じた共助のモデル」という新しい選択肢をつくることができます。

阿座上さん:

話を聞いてポイントだと思ったのが、株主や大企業があまりリスクを負わない設計になっていることです。誰かが大きく勝ったり負けたりするというよりは、みんなで少しずつ持ち寄ってやろうという考え方があるように感じます。

ひまさん:

その通りで、その考え方は幼少期の経験がもとになっています。うちは両親が変わっている人たちで、毎晩のようにホームパーティを開き、外国人がよく来ていたんです。あるとき、香港人とカナダ人の子が泊まりにくるからホストをするように言われて、言葉も通じないなかでどうしたら「1日中おもしろかった」と思えるかな、と考えました。勝ち負けではなく、その1日を持たせるために、と考えたのが僕のプロデュースの原点です。

勝ち負けをつくってしまうと、ゲームは終わってしまいますよね。そうじゃなくて、みんなで分かち合って楽しみ続けよう、というスタイルはそこからきています。

阿座上さん:

なるほど。そのスタイルや哲学が、ローカルIPOのルーツなんですね。

「みんなが楽しめるもの」を追求するひまさん。「URASHIMA VILLAGE」のプライベートビーチに面したバレルサウナも、そんな発想から生まれたものなのかもしれません。

ローカルIPOの土台にある、三豊の「共助のデザイン」と「起業家エコシステム」

阿座上さん:

ローカルIPOの考えに辿りついた背景や、地域プロデュースにおいて大切にしている考えをもう少し聞いていきたいと思います。「URASHIMA VILLAGE」のように、地域の多様な人たちと一緒につくってきたプロジェクトはありますか?

ひまさん:

一番最初にうまくいき始めた共助のプロジェクトは、父母ヶ浜のプロジェクトだと思います。

地元に根付く「スーパー今川」の後継者である、今川宗一郎と、我々も立ち上げに関わらせてもらった地域商社の瀬戸内うどんカンパニーそして、グリーンや公園管理のスペシャリストの東邦レオさんという企業に声をかけさせていただき、コンソーシアムをつくりました。そして、パークPFIというかたちで、行政からの指定管理の費用はいただかずに、逆に地代を支払うことで自分たちで運営をするというモデルがスタートしました。

父母ヶ浜は、過去に工場用地への開発計画があった場所です。しかし、「美しいこの場所を残したい」と願う3人の地元民が立ち上がり、工場の建設に反対。徐々に賛同の輪は広がり、建設は中止されました。それから、その3人の方がボランティアで海岸の清掃を始められました。25年以上も続けてくださって、今では、月1回の会には200名以上が集まるように。地元の父母ヶ浜の会の皆様は毎日のように清掃をされています。

この思いをみんなで引き継ぎ、一緒に盛り上げようとしているなかで、父母ヶ浜がSNSで話題になり、観光客は100倍に。美しい干潟と、立ち並ぶ様々なお店によって、父母ヶ浜は三豊市でもっとも魅力的な観光スポットのひとつになりました。

遠浅の干潟によって、海面に人影が反射する父母ヶ浜。「このポーズが人気なのよ」と、ひまさんが取材メンバーの写真を撮ってくれました。

阿座上さん:

コンソーシアムの組成に、地元スーパーの後継ぎである宗一郎さんが入っているのが面白いですね。

ひまさん:

宗一郎は三豊のキーパーソンなんですよ。彼がつくった移動式のコーヒースタンド「宗一郎珈琲」は、今では行列ができるほど人気のスポットです。

背景をいうと、もともと父母ヶ浜に何をつくろうか考えていた時に、彼も含めて地元の人にアンケートをとりました。すると、ほとんどの人が「スタバがほしい」というんです。でも、スタバが来たら、次はユニクロ、TSUTAYAとどんどんほしくなります。それらの企業が悪いわけではないけれど、外から来るのを待つマインドはよくない。だから、宗一郎に珈琲スタンドをつくってもらうことにしました。

そのために、宗一郎は自分の会社を建てて、クラウドファンディングでお金を集めて、バンを用意して「宗一郎珈琲」を開業。地元で愛されている彼がやることによって、この場所にしかない価値が生まれました。

ひまさん:

そして、ここからが重要で、「宗一郎珈琲」ができたことで彼は自信がついたんです。そして、次は地元の古民家を改修して、豆腐屋をやろうとなった。その姿を見て、宗一郎の従兄弟も「実は寿司屋がやりたい」と言い出した。東京にいる僕の知り合いのところに修行に行って、半年後には寿司屋を開業。そのお店も人気店になっています。

そうした挑戦の空気はどんどん広がって、地元の100年企業の後継ぎや、30代くらいの子育てママたち、移住してきた人など、様々な人がお店や施設をつくるように。自分たちの力で地元をよくしていこうという機運が生まれ、そこからだいたい100のプロジェクト、40の会社、70の宿泊施設が生まれました。

阿座上さん:

地元の人が自ら立ち上がる、というのは理想的な地域づくりだと思います。改めて、ひまさんが「自分たちでつくる」ことを大切にされている理由を教えていただけますか?

ひまさん:

僕は、これからの地域には「共助のデザイン」が大事だと思っているんです。人口減少が進むと、大企業や行政が地域から撤退していきます。電車の便が減ったり、学校の統廃合が必要になったりしますが、これを誰がやるのかを考えないといけない。自助でやるのも限界があるし、公助もそこまでカバーできないとなれば、やっぱり共助として、地元のみんなでやる必要があります。

阿座上さん:

なるほど。ただ、「地元のみんなでやろう」だけでは、なかなかプロジェクトが進みづらいこともありますよね。ひまさんは、かなりのスピードで複数のプロジェクトを推進しています。なぜ、それができるんですか?

ひまさん:

よくあるのが、地域のまちづくり会社をひとつ建てて、そこで全部を請け負うことですよね。でも、それだとコンセンサスが取りづらく、物事がなかなか進みません。だから、僕らはプロジェクトごとに会社を建てて、別々に出資することでスピードを高めているんです。

あと、三豊にある「起業家エコシステム(*)」もポイントです。入口にあるのは「瀬戸内ワークスレジデンス GATE」という施設。ここは敷金・礼金が一切不要で、コストを抑えながら滞在しつつ、三豊の仕事や地域企業とのコミュニティにつながる機会を提供しています。所持金がほとんどない状態で来て、三豊の仕事を受けて生活しながら、ゲストハウス開業に向けて準備している、といった人もいます。

また、地域内外の22社が共同運営している「暮らしの大学」では、三豊での暮らし方、事業のつくりかたなど幅広く学べる機会を提供しています。地域に根ざす企業の方や宗一郎たち若手の先輩起業家が、ホストカンパニーとして新しいメンバーの挑戦をサポートすることで、新たな起業家を次々に輩出しているんです。

* ゼブラ仲間のNEWLOCAL 石田遼さんによる考察がわかりやすかったので、そちらの投稿もぜひご覧ください。

父母ヶ浜近くのリゾート施設「サンリゾート仁尾」で、本場ナポリのピッツァを提供する「Sun Cafe」。店長の女性はここで数年働いたのち、施設ごと買い取り、カフェやBBQ、テニススクールなど様々な事業に挑戦しています。

阿座上さん:

三豊の起業家たちがつながり、お互いの挑戦を後押ししているんですね。

ひまさん:

事業をつくりたいメンバーにプレゼンをしてもらって、先輩起業家たちがフィードバックする。事業を磨くのを手伝って、モデルができたら出資して、とそこまでやる。1口10万円くらいの少額の出資もありますが、彼らはお互いの事業にコミットするのをなにより面白がっているんです。事業の担い手でもあり、ユーザーでもあり、株主でもある関係性が広がっていて、三豊には今「株主ブーム」が来ています。

起業や投資、ファイナンスに慣れ親しんできた土台があったからこそ、「URASHIMA VILLAGE」のローカルIPOへの共感も得られやすく、議論もスムーズに進みました。

ローカルIPOを実践するために。ゼロイチは地域でつくり、売るものと売らないものをちゃんと見極める

阿座上さん:

2016年から作ってきた文化や土壌があってこその、今回のローカルIPOだったんですね。ローカルIPOは、いわゆる株式会社のIPOやM&A、または家族経営の事業継承といったものと異なる、新たなイグジットのモデルだと思います。この仕組みは他のビジネスや地域にも展開することはできるでしょうか?

ひまさん:

大前提として、すべてのビジネスがローカルIPOを目指す必要はないと思います。宗一郎の実家がやっている「スーパー今川」や、地元の100年企業をローカルIPOするかといえば、そうではない。今回の「URASHIMA VILLAGE」の例は、「共助で始まったプロジェクトがうまくいったからパブリックにした」という自然な流れで生まれたものです。

ですから、最初から「パブリックにやっていこう」と考えても難しいと思います。官民ファンドや地域ファンドが事業づくりに失敗する原因は、事業が固まる前に出資しようとするから。方針が固まっていない段階で、出資側が強くなってしまうことなどが事業づくりを妨げます。

最初はスモールスタートで、リスクを取れる人たちでやる。ある程度事業が形になった段階で、パブリックに開いていくのが大切です。

阿座上さん:

大企業や行政が実践するのは難しいと思いますか?

ひまさん:

そうですね。大企業や行政を否定しているわけではないけれど、やっぱりゼロイチは地元の人たちでやるのがいいと思います。歴史的に見ても、イノベーションは辺境からしか生まれないので、地域や個人が起点となる。

あとは、「“無”責任な仕事しかしない」ということが大切です。普通の人のいう「責任ある仕事」の「責任」とは、多くの場合、補助金をもらっているからとか、クライアントがいるからとか、外側の責任のことをいう。僕らはそうではなくて、誰かに言われたわけではなく、自分たちがやりたいだけの「無責任」な仕事をしている。でも、自分たちがやりたいから、それに責任を持って取り組むんです。

阿座上さん:

誰かから言われた仕事は、「自分の責任じゃない」と言い逃れができる。やりたくてやっていることは、失敗したら100%自分たちの責任だと考える。だから、結果が出るまで頑張れるというわけですね。

阿座上さん:

「大企業にゼロイチは難しい」という話もありましたが、地域において大企業が担える役割はなんだと思いますか?

ひまさん:

資金とバックヤードの部分ですかね。たとえば、今の三豊市にならスタバが来てもいいと思っています。宗一郎珈琲とコラボして“宗一郎バックス”をつくる、みたいにね。大企業からしたら、地域で生まれた価値をうまく取り入れて新しいモデルがつくれるし、地域側としても、材料の品質を安定させたり、オペレーションをよりよくできたりすると思います。

阿座上さん:

ゼロイチができているところには、大企業が担える役割があるんですね。ローカルIPOに関してもうひとつ聞きたいことがあります。「所有をわける」という考え方を、他の事業に当てはめるとしたら、どのように進めるといいでしょうか?

ひまさん:

大事なポイントは2つあって、1つは「所有している資産の価値を可視化する」ことです。不動産にまつわる事業はわかりやすいですが、それ以外の領域でも転用できる可能性はあります。たとえば、僕たちでつくったお店が並ぶ商店街は、これからトークンを発行することで、Web3.0的に価値を可視化しようと考えています。

2つ目のポイントは、「売ってはいけないものを見極める」ことです。商店街の話でいえば、土地まで売ってしまうと、三豊市が盛り上がるにつれて、地価が高騰してしまいます。投機的な動きが増えて、関係ない場所の地価も上がったら大変です。だから、土地は売らずにトークンを売ることで、地価の高騰を抑えつつ、トークンの価値が上がるモデルをつくろうとしています。

同じように、「URASHIMA VILLAGE」の場合も、一番大切にしたい経営や運営のところは売らないという判断をしました。

阿座上さん:

自分たちで所有するものと、パブリックに共同所有するものの見極めは非常に大切。これは、たとえば一族経営でやってきた老舗企業にも当てはまりますよね。会社をそのまま親族に継ぐのが一般的ですが、ガバナンスへの懸念や、より地域のためになるかたちで残したいという思いから、継承の仕方を迷う経営者も増えてきています。

ひまさん:

前提として、少子化が進む中で、一族経営自体が難しくなっていくのは間違いないと思います。どんな選択をするにせよ、他の人が経営に入るタイミングが訪れるはず。だったら、地元の人たちが経営に入ったり、関わったりしながら、引き継いでいくのがいいと思います。

また、はたしてオーナーがオーナーで居続けることがいいのか、ということも考えたいですね。大切に残すべきは、オーナー権ではなく事業だったりするわけです。地域にとって何を残すべきかを考えて、それに必要な体制をつくれるといいと思います。

阿座上さん:

オーナー権と事業をわける。なかなか前例がないことですが、そうやって柔軟に考えられるといいですね。たとえば、あるタイミングで創業家としてのファイナンシャルリターンは回収しつつ、会社や事業自体はより地域に根ざすかたちに変えていく。そんな後継があってもいいかもしれません。

ひまさん:

そうですね。三豊の老舗企業に多いのは、本業をオーナー家で継続しながら、新規事業を地元企業との共同出資で進めるケースです。新規事業が成長していけば、よりパブリックにしていくこともできるいい選択肢だと思います。

阿座上さん:

そうした取り組みは、昔は地銀が中心となって行われていたと思います。銀行の声かけで、老舗企業の株を周囲の企業が持ち合い、地域会社として運営していた。しかし、それがバブル以降、崩れてしまいました。一周回って、そのような地域のあり方が必要とされているのでしょうか。

ひまさん:

究極的には、いわゆる「コミュニティバンク」をつくるしかないと思っています。つまり、地元のみんなが資産の一部を共有するようになるということ。すると、「これをすれば直接リターンが得られる」といった発想ではなく、「これをしたらあれが可能になり、回り回ってリターンが返ってくる」といったシステム思考ができるようになる。これが地域にとって重要なことです。

阿座上さん:

Z&Cでもよくその話をします。ちなみに、コミュニティバンクが成り立つ規模感はどのくらいだと思いますか?

ひまさん:

感覚的には、半径5キロくらいのフィジカルにつながれる範囲だと思います。僕らの活動も、一番コアになっているのは、三豊市の中でも、仁尾町、詫間町、豊中町という場所くらいです。たとえば、みんなでつくったスナック「ニュー新橋」や、起業や地域プロデュースを学べる「暮らしの大学」など、人が集まる場所もその範囲内にあるので、会おうと思えばすぐ会える。

範囲が広がりすぎると、「みんなでやる」ことの一体感や面白さといった金銭以外のリターンを感じにくくなります。また、地域の課題に対しても当事者意識を持ちにくくなる。だから、コミュニティの範囲をむやみに広げるのではなく、半径5キロほどのコミュニティを増やしていくことが大切だと思います。

阿座上さん:

身体性というのも地域において大事なテーマですね。

データとDAOが変える所有と地域の未来

阿座上さん:

改めて、本連載のテーマでもある、これからの「所有のあり方」を考える上でヒントとなることを教えていただけますか?

ひまさん:ヒントは「DAO(分散型自律組織)」にあると思います。インターネットによって、都心にいることの優位性が薄れたのと同じように、DAOは資本主義の原点である「所有」という概念を大きく変える可能性があります。

具体的には、これまでの株式会社は、お金を所有する人が優位性を持つ仕組みでした。しかし、たとえば地域DAOを組織すれば、その地域で生まれ育ったり、物理的に近くに住んでいたり、独自の価値観を共有していることが、新しいかたちの優位性を持つようになる。お金に集中していた影響力が分散するんです。

そのために必要なのは、お金以外の見えていなかった資産をデータによって可視化することです。

阿座上さん:

見えていなかった資産ですか。

ひまさん:

たとえば、「健康」という資産。僕は今、睡眠クリニックに携わっているんですが、そこでは心臓の動きを計測することで睡眠の質を可視化し、身体や免疫の回復度合いや、健康寿命を伸ばす要因について研究しています。

詳細は割愛しますが、このように「健康」というものをデータによって可視化できるとしたら、「お金」と同じように扱えるようになるかもしれない。自分の内外に所有している様々な資産を認識できると、それをうまく活用したり、配分したりすることができるようになります。これを僕は「身の丈資本主義」と呼んでいて、新しい資本主義のかたちとして提案しているんです。

阿座上さん:

Z&Cは「Different scale,Different future」を掲げて、企業のスケーラビリティやお金の新たな指標をつくることで異なる未来をつくれるのではないか、と考えてきました。ただ、今のひまさんの話を聞いて、「お金以外」の指標についても考えてみたいと思いました。

健康や信頼、その土地に根付いている度合いといった、お金以外の資産が測れるようになること。そして、一人ひとりが「自分の幸せのために必要な資産はなにか」に気付けるようにすること。この2つがセットになると、みんながそれぞれの幸せに向けた選択をとれるようになり、社会は本当に変わっていきそうですね。

最後に、これからひまさんが三豊で仕掛けようとしていることを教えてください。

ひまさん:

先ほど少し触れた「共助のデザイン」を推進していきたいと思っています。そのための大事なキーワードが「地域データの連携」です。

たとえば、地域のコミュニティバスと民間タクシーの需要予測ができれば、お互いの空き時間を有効活用できるかもしれない。一棟貸しの宿泊施設の空きが予測できれば、そこを地元企業が福利厚生としてお得に泊まることができるかもしれない。こうやって、地元企業が一体となって、地域に眠っている資産をうまく再分配すると、まだまだできることがあります。

さらにこの考え方を、食料やエネルギー、仕事、移動、介護といった分野に広げていければ、ベーシックインカムではなく、地元の人の生活を支える「ベーシックインフラサービス」をパッケージ化できるはず。そのために、行政課題の整理やデータ化を行い、それらを組み合わせて、行政コストを抑えつつ、様々な課題を一緒に解決できる新しい事業モデルをどんどんつくっていきたいと思います。

阿座上さん:

地域も人も、まだ見えていない資産をデータで可視化し、それをうまく分解し、循環させたり再配分させたりすることで豊かさや幸せをつくっていく。今日の話がすべて一貫していることを感じました。2日間にわたるアテンドと対談へのご協力、本当にありがとうございました。

PROFILE

Fumiaki Sato

編集者・ライター・ファシリテーター。「人と組織の変容」を専門領域として、インタビューの企画・執筆・編集、オウンドメディアの立ち上げ、社内報の作成、ワークショップの開催を行う。趣味はキャンプとサウナとお笑い。