2021.10.26 ZEBRAS

社会的企業が社会により大きなインパクトを与えるための『3種類の戦略』。オランダSocial Enterprise Netherlands報告書より


社会的企業が社会により大きなインパクトを与えるための『3種類の戦略』。オランダSocial Enterprise Netherlands報告書よりのイメージ

「善行=儲からない」は過去の話。社会的インパクトこそが金鉱脈のオランダの今

私が現在暮らすオランダは、伝統的に「エコ」と「社会貢献」、「起業」と「イノベーション」が大好きな国です。歴史的なカルヴァン派の影響と、海を股にかけて貿易してきた経緯がその背景にあるとされています。

さらに近年、世界的なサステイナビリティやポリティカル・コンシューマリズムへの意識の高まりにつれ、収益を上げつつ社会課題に取り組むゼブラ企業の発展はますます過熱しています。

しかし逆の視点から見てみると、企業にとってちょっとした不都合も。

今年5月に、歴史ある石油会社のロイヤル・ダッチ・シェルが、複数の環境団体が国民の総意として起こした裁判で敗訴し、裁判所からCO2削減目標が甘すぎるという勧告を受けたことが歴史的な判決として話題になりました。

つまり、社会貢献に熱心さが足りないと見なされた企業からは消費者が離れるのみならず、法で裁かれてしまう時代になっているのです。

社会的企業が成功するための『3つの手段』。Social Enterprise Netherlands報告書

そんな中、国内の社会的企業をサポートする全国組織Social Enterprise Netherlandは、「ミッション主導型で、組織が小さく、革新的な企業」こそが、世界経済がパンデミックによるダメージから回復し、よりサステイナブルなあり方への移行という必要な変化を遂げていく過程を加速する鍵であるとしています。

昨年末には文献と事例を徹底調査し、
「より広範なビジネスコミュニティの影響力者としての社会的企業レポート」を発表しました。

その中で同組織は、社会的企業の成功の第一義を「社会にインパクトを与えること」と定義。単純利益追求型の企業にとっては、自社の利益を上げるために製品や技術を独占するのが通常であるのに対し、社会的企業は自社の取り組みやイノベーションが社会=他社に広がっていくことを望むケースが多いと対比しています。

そしてリサーチの結果、成功している社会的企業には頻繁に見受けられる11の戦略があり、それらは主に、以下の3つのカテゴリーに分類できると主張しています。内容は以下の通りですが、概念的な記述も多いため、オランダの「ゼブラの巨人」ともいえる大成功を収めているゼブラ企業の事例を交えつつご紹介します。

カテゴリー1. サステイナブルなビジネスが可能であることを、とにかく示すこと

「多くの企業はサステイナブルになりたいとは思いつつ、利益との両立の仕方が分からないのでサステイナビリティには手を出さずにいます。ですから、社会的企業がサステイナブルなビジネスが成り立つことを示すこと、そして既存の企業に新たなビジネスモデルを示すこと自体に大きな意義があります」

このためにゼブラの成功例が取っている戦略は以下の3つといいます。

<戦略>
1. サステイナブルなビジネスモデルを証明する
2. サステイナブルな製品/サービスを市場へ供給する
3. 自社のイノベーションに関する知識を広める(課題に対する社会的気づきの促進)

<事例>

もちろん、オランダのゼブラ企業は、多くがこれらの戦略(この後に記述するものも含めて)のうち複数のものを取っていますが、このカテゴリーの好例だと筆者が思う企業は、現在オランダで大きな注目を浴びている「Frank about tea(お茶に率直)」というセレクトティーショップです。

Frank about tea創設者のDavid Kellerman氏とValerie Hirschhauser氏(同社Facebookページより)

フェアトレードでトレーサブルな茶葉の提供を売りとして大人気になったこの企業は、アムステルダムのお茶好きな2人の若者が、スーパーに売っている紅茶や緑茶などの茶葉は味が抜けていて(筆者注:ホントに抜けてます)、原産地も詳しく分からないことに疑問を持ったことから始まりました。

リサーチの結果、彼らは、オランダ国内で流通している茶葉は、東アフリカの国々で極度に低賃金な労働により生産された後、度重なるオークションや仲介業者、加工業者の手を介し、相当な日数を経過した後にやっとヨーロッパに輸入されてパッキング・販売されていることを突き止めます。

2人は2016年に東アフリカに飛び、バイク一台でルワンダ、ウガンダ、ケニアなどの現地の茶葉生産者と直接交渉し、仲介や加工を通さず現地で包装して、収穫から短期間でオランダの彼らの店に調達する道すじを開拓しました。

既存の(複雑化し、前時代的な搾取が絡んでいた)流通ルートに風穴を開け、生産業者に適正な賃金が支払われることと、消費者が産地の分かる新鮮なお茶を飲むことを可能にしたこのビジネスモデルを、彼らは「お茶畑とあなたのティーカップの間を透明にした」と表現しています。

カテゴリー2. サステイナブルなビジネスの「社会的望ましさ」を上げること

「ビジネスの主なステークホルダー(利害関係者)は、消費者(利用者)、従業員、スポンサーです。彼らの規範や価値観は、ビジネスのやり方に大きな影響を与えます。社会的企業はサステイナブルな価値を提示することで、彼らの意識を高め、他の企業に変革を促すことができます」

このための戦略は以下の4〜8の5つです。

<戦略>
4. 問題意識を高める

5. 消費者に、従来品よりサステイナブルな代替品を提案する

6. よりサステイナブルな調達方法を示す

7. 目的のある仕事を求める人々を積極的に採用する

8. 社会的にインパクトのある投資を支援する(ポリティカル・コンシューマリズムなど)

<事例>

サステイナブルな代替品と調達方法という意味で、レポートが例に挙げているオランダ国内の事例は、2013年に「公正なスマホを市場に投入する」というミッションのために設立された「Fairphone(公正な電話)」

当初はスズや金などのいわゆる「紛争鉱物」(紛争地帯で採掘され、紛争が長引く原因となっている鉱物)を含まず、生産ラインの労働者に公正な労働条件を提供し、かつ製品寿命が長く消費者が短期間で買い替える必要のないモバイルデバイスの開発により、ドイツ環境大賞や責任あるビジネス大賞など各賞を受賞しました。

第2世代機種「Fairphone2」は修理可能性を高めるために、一般に流通するスマホとして初めてのモジュール式を導入。これでも飽き足らず創設者のBas van Abel氏は、現時点で存在する技術では100%公正なスマホは製造できないことを認め、自社製品は「Fairer phone(より公正な電話)」と呼ぶ方がふさわしいと述べています。

利用者が手軽に開けて修理できるよう、すべてがモジュール式(Fairphone公式サイトより)

カテゴリー3. 許容範囲を自発的に狭めていくこと

多くの企業は、公式機関のサステイナビリティ基準にのっとって「許容される」範囲でビジネスを行っており、それが問題になった場合のみ、ある意味仕方なくよりサステイナブルに移行する道を模索し始めます。社会的企業はこういった慣習を破り、先駆的に新たな基準を社会に示すことができます。

このための戦略は以下の9〜11の3つです。

<戦略>
9. 自社から業界に発信してサステイナビリティに関する基準を引き上げる(許容範囲を狭める)
10. 独自にサステイナビリティの認定やラベルづけなどをして、消費者に示す
11. 政治に働きかける

<事例>

このカテゴリーに関して、オランダに住む者としてぜひご紹介したい事例が「Tony’s Chocolonely(トニーの寂しいチョコ)」。長くなるので詳しくはまた別の機会にあらためてお話しますが、手短に言って、世界的にチョコレート業界では当たり前だった原料の生産における奴隷労働を告発し、「100%奴隷労働フリー」をうたってデビューしてからわずか10年足らずで圧倒的国民的チョコとなったアムステルダム発のブランドです。

創設者のトニーさんはビジネスを始める前、奴隷労働により生産されていたチョコレートを食べていた罪で自分を裁判所に告訴したという「自発的な許容範囲縮小」の権化のような人でもあります。

また、業界にそのインパクトを広めるため、その透明性のある原料の調達ルートを独占することなく、「Tony’s Open Chain」という生産者と製造者をつなぐフェアトレードのためのプラットフォームを公開し、同じようにチョコレートを製造する他社も彼らと同じミッションに取り組めるようにサポートしているのです。

日本でもここ数年ポップアップストアなどで出店しているので、見かけたらぜひ手に取ってみてください。

「チョコレート産業の不公平」を表現するために不均等に割れるチョコ(公式サイトより)

社会的企業の成熟は「発展フェーズ」に

国際的なコンサルタント機関であるプライスウォーターハウス・クーパースのオランダ支部が2018年にまとめた報告書によると、同国の社会的企業の発展は2015年に開拓期から発展期に移行したとされています。

だれかが「はじめの一歩」を踏み出すのを待つのではなく自分で始める、ネットワークを築く、社会的な課題にイノベーションで取り組む、他者と違うことをしてそれを広めていくなど、「いかにもオランダらしい教訓」が同国の社会的企業フィールドの発展を支えているとも。

とはいえ、この国で社会的企業が急速に発展し始めたのはここ10~20年のことで、世界的な状況を鑑みるとどの国でも今から同様の変化が起こり得るといいます。

この週末は、フランクのお茶を飲んで、トニーのチョコを食べながら、日本のビジネス界にインパクトを与えるゼブラなビジネスアイデアに思いをはせてみてはいかがでしょうか。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。