2023.09.11 ZEBRAS

社会課題解決に「新しいフィランソロピー」という選択肢を。フィランソロピー・アドバイザーズの挑戦


社会課題解決に「新しいフィランソロピー」という選択肢を。フィランソロピー・アドバイザーズの挑戦のイメージ

近年、複雑化する社会課題の解決を推し進めるための手段として「フィランソロピー」に注目が集まっています。2022年7月、マイクロソフト共同創業者のビル・ゲイツが、慈善団体に対して200億ドル(約2兆2800億円)を超える寄付を実施したことは、まだ記憶に新しいでしょう。富裕層のフィランソロピーの波は、アメリカに限らず日本でも広がりつつあります——。

フィランソロピー・アドバイザーズ株式会社(以下、PA inc.)は、日本におけるフィランソロピー活動をより発展させることを目指し、2023年3月に設立されました。共同創業者である小柴優子さん、藤田淑子さんは、2020年よりSIIF(一般財団法人 社会変革推進財団)にて、調査研究やフィランソロピーアドバイザリー業務のモデルづくりに従事。「資金の出し手」側である富裕層の支援に特化したサービスを実現しようと独立しました。

資金の出し手に特化したフィランソロピー支援とはどのようなものか。また、社会課題の解決になぜ必要なのか。社会性と経済性を両立するゼブラ企業とは、どのような接点を持てるか。PA inc.が実現する「新しいフィランソロピー」の形と、目指す社会の在り方について聞きました。

小柴優子
日本GE、米国コロンビア大学 国際公共政策大学院卒業。大学院時代、Rockeller Philanthropy Advisorsにてインターン、ジョージ・ソロスのOpen Society Foundations にて勤務。帰国後、公益財団法人日本財団、SIIFにて社会起業家への出資、インパクト測定・マネジメント、ベンチャー・フィランソロピー・ファンドの運営を行う。2020年、日本人で初めて米国フィランソロピー・アドバイザー資格CAP©を取得。

藤田淑子
米・スイスの金融機関のプライベートバンキング部門において、個人富裕層の資産運用・管理、商品開発に20年以上携わる。その後、山口県において、地域活性化支援、障害者就労支援施設(B型)のマーケティング支援、子ども食堂・居場所の運営に携わる。NPO法人全国こども食堂支援センターむすびえの設立、認定取得を経験。2019年より、SIIFにて、新しいフィランソロピー事業の立ち上げ、社会起業家支援、インパクト測定&マネジメント、財団マネジメントに従事。

寄付や助成金以外の選択肢も。資金提供者の自己実現と社会貢献を両立する「新しいフィランソロピー」

——まずは、PA inc.の事業内容を教えてください。

小柴:PA inc.は、資産家や起業家などの富裕層の方のフィランソロピー活動の支援を行なう会社です。フィランソロピーと聞くと、寄付や助成金、財団設立をイメージする方も多いと思います。しかし、私たちは、営利非営利を問わず、活動目的にとって最も適切な法人・手段を提案します。社会性と経済性の両方を追求するインパクト投資や融資、事業やアドボカシーなどのプロジェクト等、寄付以外の選択肢も広く検討・提案しながら、富裕層の方による社会貢献や社会課題解決の企画・実施を支援しています。言うなれば、これまで固定化していたフィランソロピーのあり方から、「新しいフィランソロピー」の形を生み出そうとしているんです。

藤田:主に取り組んでいる事業は4つ。1つ目は社会貢献活動の企画、実施、運営、事業評価等のアドバイザリーを行う「フィランソロピー・アドバイザリー」。2つ目は、財団法人等の設立サポートや、既に設立済みの法人のバックオフィス業務、事業の企画・実施など組織運営を代行する「フィランソロピー・スターターサポート」

3つ目は、富裕層に対して「フィランソロピー・アドバイザー」の専門家を紹介したり、クライアントのフィランソロピー活動を支援するプライベートバンカーや士業の方に向けて、知見やスキルを共有する「フィランソロピー・人材育成/紹介」。最後に、フィランソロピー活動にとって有益な情報を国内外から収集したり、調査研究したりして発信する活動です。

——具体的にどのような支援を行っているのでしょうか?

小柴:最近の事例ですと、「一般財団法人ルビ財団」の設立支援から運営を、事務局としてお手伝いしています。一般財団法人ルビ財団とは、マネックス創業者の松本大さんとスローガン創業者の伊藤豊さんが始められた財団です。

松本さんが子供のころは、今よりも多くの書物で漢字に“ルビ(ふりがな)”が振ってあったそうで、そのおかげで大人が読むような本をたくさん読むことができ、好奇心が高まったと言います。その経験に基づき、子どもが多種多様な情報に触れることや、近年増えている在留外国人の方の日本語の理解を助けるために、「漢字にルビを呼び戻す」活動をされています。ルビ財団は、よりインクルーシブな社会の実現を目指しているのです。

私たちは、ご相談をいただいてから約2ヶ月で財団設立を実現しました。また、現在は調査研究、アドボカシー、モデル事業づくりなどの戦略策定を行っています。

——ありがとうございます。日本におけるフィランソロピー活動を普及していくにあたり、なぜ「資金の出し手」への支援に注力しているのですか?

藤田:米・スイスの金融機関のプライベートバンキング部門で、個人富裕層の資産運用・管理などに携わった経験から、日本には資金提供者側を支援する人や仕組みが不足していると感じていたからです。

私がお会いしてきた日本の富裕層の方々は、みな寄付などを通じて社会をより良くしたいと考えています。しかし、どのような活動にお金を出せばいいのかわからなかったり、フィランソロピー活動の成果に納得感を得られずに、躊躇してしまう方も多いんです。

そうした方々は、NPOやNGOから数多くの寄付の依頼を受けますが、そこから、自分が本当に社会課題解決につながると感じることができ、かつ資金提供したいと思える活動を見つけるのは至難の技。さらに、リーマンショックの時のように、自分の資産運用の一部が、脆弱なクレジット市場におけるバブルを生みだし崩壊させるというような、意図せぬ新たな社会的問題を生み出してしまう可能性も懸念されています。

——資産を持っていたとしても、簡単に使い道を選べるわけではない、と。

藤田:「お金があるのだから、出してくれてもよいのではないか」という考えも、世の中には少なからずあると思います。しかし、富裕層の方々が資産を築いた背景には、起業当初に経済的な苦境を経験したり、多額の借金を背負ったりと、リスクを取りながら努力してきた過去がある。その上で、事業を成功させたり、システムチェンジを起こしたりしてきた。だからこそ、1円を使うのにも、きちんと向き合いたいと考えるのは自然なことだと思います。

そうした富裕層側の気持ちや葛藤に寄り添いながら、本当に出し手が気持ちよく、自己実現と社会貢献を両立できるお金の使い方を一緒に考えることが、私たちの提供する「新しいフィランソロピー」の特徴の一つです。

——HPには「あなたらしい、未来を」というメッセージが書かれていましたが、まさに出し手の価値観に寄り添うことを大事にされているんですね。他にも、新しいフィランソロピーの特徴はありますか?

小柴:もうひとつの特徴は、様々なフィランソロピー活動の選択肢を「シームレス」に行き来することだと考えています。これまでは富裕層がプライベートに行うフィランソロピーや資産運用と、公的に行なうビジネスは別のものだと考えられてきました。しかし、当人からすれば、本来これらは「自分のミッションを実現するための手段」という意味で、どれも選択肢の一つでしかありません。

出典:https://pa-inc.jp/index.html

たとえばパタゴニアの創業者は「地球環境を救う」という彼自身のミッションをビジネスで実現するだけではなく、利益の1%を地球環境を良くするためのフィランソロピー活動にあてています。また、投資においても地球にとって良いと判断した投資先にしていたと思います。

関連記事:【ゼブラ的解説】地球を唯一の株主に?パタゴニア株式譲渡の仕組みとその意図とは?

このように、持っている資産すべての使い方を、自分のミッションに完全にアラインさせるというのが「新しいフィランソロピー」の考え方であり、私たちはその支援をしたいと考えています。

フィランソロピーを支える「エコシステム」が求められている

——そうした新しいフィランソロピーが普及していくためには、なにが必要だと思いますか?

藤田:新しいフィランソロピーを支える人や仕組み、コミュニティなどの「エコシステム」が必要だと考えています。

「人」の観点では、日本では新しいフィランソロピーに対応できるフィランソロピーアドバイザーやプライベートバンカー、士業の方々が不足しています。また、アドバイスをするにしても「節税のために財団を作りましょう」といったよくある提案にとどまるケースが多い。資金提供者に対してより多様な選択肢を提示できる周辺プレイヤーを増やすためにも、フィランソロピー人材の育成が必要です。

また、「仕組み」の観点では、旧態依然となっている財団や非営利組織の運営方法を変えていくことも大切です。現在は「財団はこの枠組みで設立し、こう運営する」といった、既存の概念やフレームワークで運営されることが、特に公益法人においてはほとんど。そこに資金提供者の意思が反映しづらくなっています。法律や規則を犯さない範囲で、これまでの固定観念に囚われない様々な事例を生み出すことで、「どこまではOKで、どこからがNGか」といった議論を重ねていく必要があると思います。

——既存のフレームワークにあてはめたほうが楽であり、リスクも少ない。しかし、新しいフィランソロピーを実現するためには、自由な挑戦ができる余白が必要なんですね。

藤田:新しいフィランソロピーを実践してみない限り、どのような形が成功するかはわかりません。社会にとってマイナスにならない限り、どんどん挑戦してみるのがいいと思います。

その上で大切になってくるのが「コミュニティ」の存在です。挑戦を応援しあったり、実践から得た学びを共有しあったりして、活動自体をレベルアップさせていくことができれば、より良いフィランソロピーの形が生まれてくると思います。

関わる人、仕組み、コミュニティを育て、エコシステムを醸成していくことが、新しいフィランソロピーの普及には必要なんです。

社会課題に対して、より素早く柔軟な対応ができる社会へ

——直近、特に注力している活動はなんでしょうか?

小柴:地方創生に関するプロジェクトに注力しています。日本の富裕層の方のなかには、自分が生まれた地域などの課題解決に、興味を持っている方が多くいるんです。しかし、地方の課題は分野横断型で構造がわかりにくく、どう取り組めばいいのか、どこに資金を投じていいのかの判断が難しくなっています。

たとえば地方農家の課題ひとつとっても、高齢化による後継者不足をどう解決するかや、農作物を取り続けるために豊かな土中環境をどう維持するか、取れた野菜を運ぶ際の物流高騰にどう対応するかなど、様々な問題が絡みます。

地方創生につながるフィランソロピー活動を増やすためには、それぞれの課題がどのように影響し合っているか、どのようなソリューションがあれば解決できそうかを、できるだけ明確にする必要があります。

藤田:そのために取り組んでいるのは、地方における課題を調査・分析・研究して「データ」を集めることです。資金の出し手が地域課題を俯瞰して理解できる、または、なにかを感じられる状態にしたいと思っています。

また、課題解決に取り組む非営利団体の活動内容や戦略、それによるインパクトの調査にも取り組んでいます。分析や研究で集めたデータを公開することで、団体同士がお互い学び合えれば、活動が全体的により良くなると思いますし、そうした連携は非営利団体だからこそ、やりやすいはず。その為の「資金と場」の提供を富裕層に期待しています。

——社会課題のなかには、まだそうした「データ」が足りないものがたくさんあると思います。PA inc.が率先して調査・研究・分析してデータを集めることで、課題解決を加速させることができるんですね。

小柴:もうひとつ、可能性を感じているのは「コミュニティで取り組むフィランソロピー」です。現在の支援先に、友達や仲間を集めて作った団体があります。このように、社会貢献や社会課題解決に興味のある投資家や起業家が集まり、コミュニティとしてフィランソロピーを実践する。これは、アメリカと比べて大富豪の少ない日本に、馴染みやすい形ではないかと考えています。

コミュニティで社会をより良い方向に変えていくことは、「ゼブラ」の考え方とも近いはずです。ゼブラ企業の方々とも、なにかしら一緒に取り組めたら面白いのではないかと考えています。

——最後に、新しいフィランソロピーを普及させることで目指す社会の在り方について教えてください。

藤田:これまで日本では、政府や行政が所得税や法人税という形でお金を集め、課題の優先順位を議論し、資金をどこに投下するかを決めるという方法が、社会課題への対応において主流とされてきたと思います。しかし、それには社会全体のコンセンサスが必要なため、議論に時間がかかることや、見えづらい課題、新しい課題にお金が投下されづらいことが問題でした。

フィランソロピーが普及すれば、政府を介入させずとも、民間からお金が流れやすくなります。また、良く知られている社会課題ではなくても、資金の出し手が「解決したい」と思えば、お金が投じられるようになる。

様々な課題が生まれ変化する時代だからこそ、そうしたスピード感と柔軟性を持った資金の流れを生み出すことで、素早く課題に対応できる社会、より人が生きやすい社会を実現できたらと思っています。

PROFILE

Fumiaki Sato

編集者・ライター・ファシリテーター。「人と組織の変容」を専門領域として、インタビューの企画・執筆・編集、オウンドメディアの立ち上げ、社内報の作成、ワークショップの開催を行う。趣味はキャンプとサウナとお笑い。