2023.09.20 ZEBRAS
融資でもスタートアップ投資でもない、新しい投資の形。1000年先を見据えるhaccobaと、JR東日本ローカルスタートアップの協業
2023年6月、JR東日本ローカルスタートアップ合同会社は、福島県で「クラフトサケ」の酒蔵を営む株式会社 haccobaへの投資を実行しました。JR東日本ローカルスタートアップにとって第一号となる今回の案件を、投資を担当したの隈本伸一さんは、「デットとエクイティの中間のような投資」と語ります。
なぜJR東日本ローカルスタートアップは、haccobaに投資したのか。今回の協業の背景と目的について、haccoba代表の佐藤太亮さんと、JR東日本ローカルスタートアップの隈本さんに話を聞きました。
経営の自由度を担保した、ユニークな投資
——はじめに両社の事業についてお聞きします。まずは、haccobaの佐藤さんからお願いします。
佐藤さん:haccobaは「酒づくりをもっと自由に」を理念に、新ジャンルの日本酒「クラフトサケ」の酒蔵を福島県で営んでいます。現在、日本酒は「米と麹と水のみを使ったもの」ですが、一昔前までの日本では、ドブロクという自家醸造によって自由に酒がつくられていました。現代の文化を大事にしつつ、その頃の自由な酒づくりの文化を蘇らせたいと考えているんです。
試験醸造酒 -namie-
佐藤さん:また、酒蔵がある福島県の南相馬市小高区とその隣の浪江町は、原発事故によって一度、人口がゼロになった地域です。酒蔵やそこに併設するパブを拠点に、いろんな世代の人が来ることができるイベントを開催したり、コミュニティが集まれる場をつくったりすることで、自律的な地域文化を蘇らせたいと思っています。
——自律的な地域とはどういうことでしょうか?
佐藤さん:できる限り都会に依存せず、生活や産業が成り立つような地域のことです。原発事故を見て、都会の生活を成り立たせるための原発であるにもかかわらず、そのリスクを福島の人が被っていることに違和感を感じました。ただ、福島側からしても、経済を安定させるためにはそうせざるを得ないという現状もあります。
僕らのような酒蔵や、地域の自律的な企業や主体となる人たちが、生活や産業が成り立つモデルをつくれれば、都会に依存せざるを得ない地域の構造を少しずつ変えていけるのではないかと考えているんです。
——続いて、投資を行なったJR東日本ローカルスタートアップについてと、隈本さんの役割を教えてください。
隈本さん:JR東日本ローカルスタートアップ合同会社は、2023年4月、スタートアップ企業への出資や協業を推進するコーポレート・ベンチャー・キャピタル「JR東日本スタートアップ株式会社」の子会社として立ち上がりました。スタートアップ的な急成長は目指さず、地域に根ざして持続的な事業をつくろうとしている企業への出資や協業をしています。僕自身は、子会社の設立から、haccobaさんへの投資を担当しました。
——今回の投資の概要を教えていただけますか?
隈本さん:今回の投資は、いわゆる買い戻し条項付の種類株式によるものです。買い戻し条項とは、出資してから数年後に利益が一定以上出ていれば、プレミアをつけて株を会社に買い戻していただくという条件。種類株式とは、普通株式とは権利の種類が異なる株式を言います。
一部の拒否権は持ちながらも、haccobaの経営の自由度を保つために議決権は持たない。いわゆる「デットとエクイティの中間のような投資」です。
佐藤さん:今回の提示いただいた条件は、haccobaや地域の未来を考えてくださったものだと思っています。今後、haccobaは上場やM&Aを含めて、性質の違うお金を入れたくなるかもしれないですし、他の投資家に入ってもらう可能性もゼロではありません。それらも考慮した上で、バリュエーションや転換比率を調整していただきました。
具体的な条件を考える際は、Zebras and Companyが「株式会社陽と人」に投資した際に開発した投資スキーム「LIFE type1」も参考にさせていただいたんです。
参考記事:https://www.zebrasand.co.jp/1254
隈本さん:haccobaが自由に経営をして、長く地域に貢献してもらえることが一番大事だと考えているので、こちらとしては大きな利益を出さなくてもいいという気持ちで取り組んでいます。
文化づくりのために、スピードとスケールのバランスを意識
——投資に至った背景を伺いたいと思います。haccobaが資金調達をした背景を教えてください。
佐藤さん:ちょうど海外への進出を視野に入れ始めたタイミングでもあり、資金調達を計画していました。創業してからは、地銀からの融資や助成金などを活用して酒蔵を営んでいましたが、もう少しスピード感を出すための調達がしたいと考えていたんです。
ただ、それはスタートアップ的な投資とも違うような気がしていました。急成長を前提とした資金調達をしてしまうと、どうしても酒蔵としての意思決定に歪みが出てしまうのではないか、と。
僕らがやっている事業は「時間をかけるほど価値が高まる事業」です。酒づくりは脈々と後世につないでいくことに価値があるし、地域づくりは一時の繁栄よりも長く続いていくことのほうが大切。お酒づくりも地域づくりも、一気に変化させるのではなく、昔からある伝統と今の価値観をすり合わせていくように進めていきたいと思っています。そうした事業の特性に合う資金調達の仕方を模索していました。
——より大型の融資ではいけなかったのでしょうか?
佐藤さん:融資だけでは「文化づくり」というスケール感に辿り着けないかもしれないと考えていました。文化をつくるには、巻き込むステークホルダーが多様なほうがいいですから。人も資金も多様性のある企業になりたいと考え、融資でもなく、スタートアップ投資でもない形になったんです。
——一方、JR東日本ローカルスタートアップが、投資第一号としてhaccobaを選んだのはなぜでしょう。
隈本さん:「地域に根差した企業を応援する」という活動の意味合いに、最適なパートナーだと考えたことがひとつ。もうひとつは、4年来の長い付き合いのなかで、太亮さん(佐藤)のことを、経営者としても、人としても信頼していたからです。
僕らの出会いは4年前。まだhaccobaが設立される前のこと。福島県の小高町で開催されたとあるワークショップで席が隣になったんです。
当時の小高は、常磐線が全通していない場所もあり、福島の沿岸地域は避難解除が出ていない場所もありました。まだ震災が終わっていないことを目の当たりにして驚いていた僕に、「東京から移住して酒蔵をやろうと思っている」と、太亮さんは語りました。
すごい青年がいるなと可能性を感じた僕は、「無人駅になる駅舎を活用して、なにか一緒にやりませんか?」と持ちかけたんです。
佐藤さん:まだ自分の酒蔵すら持っていなかったので、その時は「面白いですね!」くらいのリアクションしかできませんでしたよね。
隈本さん:そうですね。ただそれから、連絡を取り合う関係性になりました。その間に、haccobaのクラフトサケを即完売するブランドに育てる経営の力や、都会と地域の両方を視野に入れながらの方を置いてけぼりにせず、時間をかけて信頼関係を築く姿を見ていて、信用できると確信したんです。
そして、JR東日本ローカルスタートアップの立ち上げの話が出てきた際に、もう一度相談してみることに。haccobaもちょうど資金調達をしようとしていたこともあって、今回の投資に至りました。
無人駅を再利用し、地域文化のシンボルとなる醸造所をつくる
——今回は資金のやりとりだけではなく、2社による協業もあると伺っています。
佐藤さん:無人駅になったJR東日本の駅舎を使って、haccobaとしては3つ目となる醸造所をオープンしようとしています。駅のホーム直結で醸造所がある事例は、調べた限りでは世界初。無人駅についたら酒づくりの様子が目に入ってくるのは、景色として面白いはずです。
これから新しい文化をつくろうとしている町のワクワクした雰囲気を、入り口から伝えるような拠点をつくれたらと思っています。
haccoba 第二の酒蔵、浪江醸造所
隈本さん:使われなくなった駅舎を、シンボリックな存在として生まれ変わらせたいと考えています。地域のみなさんも通勤通学で日常的に使っている場所なので、さまざまな人が訪れる拠点になりそうです。
この協業がうまくいってパッケージ化ができれば、他の駅舎にも展開できると思います。駅舎がある各地域で、産業をつくることの支援になるはず。各地域にそうした産業ができ、そこに雇用が生まれ、持続的に成長することができれば、駅の存在価値も復活すると考えています。
佐藤さん:最近、新しく醸造所をやりたいけれど、場所を含めどうしようか迷っている人も多くいます。そうした方々と、JRさんの全国600カ所ほどある無人駅のリソースを掛け合わせることができれば、インパクトは大きいですよね。
クラフトサケブリュワリー協会という同業者団体をつくっているのですが、ゆくゆくはそこと連携して、新しい酒蔵を立ち上げるスキームをつくり、酒づくりの文化を盛り上げる新しい打ち手にしていきたいです。
——まさに、酒づくりと地域文化づくりの両方につながる協業ですね。いつ頃のオープンを予定しているのでしょう?
佐藤さん:今年(2023年)の10月くらいから着工して、早ければ年内にオープンを目指しています。後ろ倒しになる可能性はありますが、なるべく早く提供できるようにがんばります。
家族、会社、地域。新しい文化継承の挑戦を、この投資から
——大企業と地方スタートアップの投資・協業は、これから増えていくと思います。取り組みたいと考えている方に伝えられる、今回の取り組みを通じた学びがあれば教えてください。
佐藤さん:投資を受ける事業者側としては、誰と組むかを焦らずに考えることが大事だと思います。やはり、地方で事業をやるには、歴史や文化、人の生活様式など、現場にいないとわからないことがたくさんある。それらを大切に思ってくれる方が、投資する側にもいるということを理解し、焦らずにどのようなお金を入れていくかを考えるのが大切です。
その意味では、設立当初から、融資やベンチャー投資を受けるかどうか、IPOやM&Aを目指すかといった、さまざまな選択肢を考慮しながら資本政策をしてきたのが良かったのだと思います。焦る必要がなかったですし、今回のような新しい投資の形にも出会えました。
隈本さん:今回はタイミングもよかったですし、長い間築いてきた信頼関係があったからこそ実現した投資・協業でした。実は、僕は太亮さんが他の醸造所をDIYしようというときにも、ボランティアとして手伝ったんですよ。作業は大変でしたが、物理的に一緒にいたことでより深くお互いのことを知れました。
また、投資した側の観点で振り返れば、自社の価値観や強みを生かした投資を行うことが大事だと思います。投資の技術や力量でいえば、もっと先を行っている先輩投資家や企業はいる。でも、全国各地に駅がある僕らだからこそ、地域への寄り添いには強みがあります。目指しているものや、考え方が近く、かつお互いの強みを活かせる形の投資と協業をしていくことが大事だと思います。
——最後に、haccobaの今後の展望を教えてもらえますか?
佐藤さん:haccobaを1000年続く酒蔵にしたいと考えています。冗談に聞こえるかもしれませんが、真剣にそのくらいのスコープで意思決定をしています。
そう考えるのは、「文化」を扱うことの難しさを感じているからです。お酒づくりも地域づくりも、これまで続いてきた伝統や文化を歪めてしまう可能性が少なからずある。過去や未来への想像力を持ちながら、「1000年続く酒蔵の初代である」という意識で事業を進めていきたいと思っています。
佐藤さん:あと、今回の投資には個人的な裏テーマがあるんです。それは「新しいファミリービジネスの形を模索する」こと。100年以上続く企業は、ファミリービジネスで経営しているところが多いと思います。ただ、ファミリービジネスはガバナンスが効きづらい側面もある。
血の繋がったファミリーだけではなく、外部の人や資金も入れるけれど、それでも脈々と続いていく「新しいファミリービジネスづくり」に挑戦したいと思っています。家や家族の考え方がアップデートしていく現代において、家業とはなにか、事業をどう残していくか、新しい事業継承の形とはなにか。そうした問いへの自分なりの答えを見つけていく一歩目が、今回の投資だと考えています。
PROFILE
ゼブラ編集部
「ゼブラ経営の体系化」を目指し、国内外、様々なセクターに関する情報を、一緒に考えやすい形に編集し、発信します。