2023.10.17 ZEBRAS

「お肉大好きビーガン」による国民的代替肉ブランド「De Vegetarische Slager」(オランダ)


「お肉大好きビーガン」による国民的代替肉ブランド「De Vegetarische Slager」(オランダ)のイメージ

「国内サステナ企業1位」の座を争う代替肉ブランド

オランダの代表的なゼブラ企業として、「生産過程に奴隷ゼロ」を目指して国民的チョコになったTONY’S CHOCOLONELYを以前ご紹介しました。そのTONY’Sとここ数年、国内企業のサステナ度ランキングで1位と2位のデッドヒートを続けているのが、本日ご紹介する植物性の肉代替品メーカー「De Vegetarische Slager(=ベジタリアン精肉店)」です。

2022年のオランダ国内企業を対象とした「サステイナブル・ブランド・インデックス」では、同ランキング開始から4年連続で首位を守っていたTONY’Sを抑えて1位に輝き、サステナビジネス界隈で大きなニュースとなりました(2023年はTONY’Sが奪還し、両社の競争がますます注目を浴びています)。

 (同社公式HPより)

オランダのスーパーのベジミートコーナーでは必ずといってよいほどに最も目立つ場所に数種類並んでいる、アールヌーヴォー調の勇ましい女性のロゴが印象的なこのベジミートブランド。

このロゴは、環境意識が高く、強く知的な現代女性の象徴で、一時キャッチフレーズのように発信していた「週に1度はうちのベジミートで旦那さんを騙してください(健康や環境を意識してのプラントベース食への移行は、肉好きな夫に反対されるケースが多いことを踏まえて)」というメッセージを体現したもののようです

たしかに左手に持った巨大な包丁と不敵な笑顔からは、右手に持ったお上品なニンジン以上の何かを断ち切ろうとする意志が伺えます。

創業者は「畜産農家のおじさん」 同社の意外な軌跡

さて、このベジミートブランドが何を断ち切ろうとしているかという問いへの答えは明確で、彼らは動物福祉とサステイナビリティのために、肉食文化を可能な限り駆逐することをミッションとしています。

ロゴの女性のイメージも強い上に、ベジミートという製品の特性上、ヒップで現代的なイメージを強く持たれてはいますが、なんと創業者は「生粋の農家のおじさん」。しかも「お肉を食べるのが大好き」だった人です。

Korteweg氏(同社公式HPより)

1962年生まれのJaap Korteweg氏は、畜産と農作を並行して行う生粋の混合農家の家庭に9代目として生まれました。しかし、家畜を手にかけるのが嫌いで、18歳の時に親から継いだ混合農家を有機農業一本に変換した上、組合を立ち上げて畜産を行わない農家も生活して行けるよう政府に働きかけて補助を獲得します。

それでも、すでに調理されたお肉を食べるのは大好きで頻繁に口にしていた彼にとって、食肉文化からの決裂を決定的にしたのが、1997~19988年に大流行した豚コレラ・狂牛病でした。

オランダ国内でも1年余りの間に1100万頭以上の豚が殺処分され、死体の処理が追い付かなくなった政府から「(Korteweg氏の農場の)農作物のための貯蔵庫を、豚の死体の一時保管のために貸し出してくれないか」という打診があったのです。

自分の貯蔵庫に累々と積み重なる豚の死体を想像した同氏は、提示された高額なレンタル料にもそそられず即断でその打診を断ります。さらに、何千万頭もの動物の命が人間の都合で利用されたり捨てられたりしている事実に思いをはせ、「このシステムはおかしい」と、今後一切肉を食べないことを決めました。

一方で元々肉好きだった彼にとって、野菜とフルーツだけの日々の食卓は味気ないものでした。そんな中、フランスでの休暇中に出会ったオランダ動物党の党員Niko Koffeman氏と意気投合した彼は、「動物を殺さずに『肉』を作るメーカー」のビジネスアイディアを閃きます。

科学系の研究員とシェフを雇って商品開発に乗り出し、完成した大豆とルピナスで製造した「肉」(と一部魚)を販売するためにデン・ハーグに昔ながらの精肉店のような店構えの「De Begetarische Slager(ベジタリアン精肉店)」をオープンしたのは、2010年10月4日、動物愛護デーのことでした。

「ベジタリアン精肉店」(同社公式HPより)

躍進を遂げた同社の「ベジミート」

その「精肉店」の「肉」は、「本物の肉と見分けがつかない」と大きな反響を呼び、オランダ国内の新聞はもとよりThe New York TimesやThe Independentといった欧米の大手新聞社が、こぞって「試食したが、本物の肉だと思った」「肉の時代の終焉か?」と書き立てました。

まだ、ベジミートはまずいということが常識だった時代に、「本当に肉の味がする」、それは物珍しく、テレビ番組でタレントを同社の製品で騙すドッキリが放映されたり、サステナにアンテナの高い企業がイベントで同社の「ハンバーガー」を配布して食べた後にネタバラシをしたりといったブームが起きました。話題が話題を呼び、ハイエンドなレストランでの提供や大手スーパーチェーンでの販売が次々に決まります。

さらに「ベスト・ヴィーガン製品賞」など製品の受賞はもとより、PETAによる「最も動物にやさしい企業賞」や「最もクールな企業賞」、また創業者としての「起業家大賞」「サステイナブル起業家賞」「市場改革者賞」など、様々な賞を受賞します。

こうなると必要になるのが、大量生産のための施設。製造工場建設のための資金集めはクラウドファンディングで行われましたが、同社製品のファンの消費者や企業がこぞって協力した結果、2015年の開始から3週間で目標の250万ユーロを達成。2年後の2017年に、創業者Korteweg氏の故郷にほど近いブレダに自社工場をオープンしました。

以降、販売網はますます拡大し、近隣のベルギーやドイツはもとより欧州各国、さらにはアジアにまでマーケットを広げました。

また、時流を意識してプラントベーストへの移行を敏感に取り入れたファストフードチェーンも同社に注目。2018年にはBurger Kingで欧州25カ国でのプラントベースバーガーへの採用が決まり、サンドイッチチェーンのSubwayもそれに続きました。今年はアムステルダム発でオランダ・ドイツに300店舗以上を展開するピザチェーン「New York Pizza」とのコラボも発表されています。

 (同社公式Facebookより)

「肉を名乗るな」と警告を受けたことも

そんな飛ぶ鳥を落とす勢いだった同社ですが、思わぬアクシデントも経験しています。最も大きな話題となったのは、工場をオープンして意気揚々だった2017年にNVWA(オランダ食品・消費者製品安全庁)から警告を受けたことでしょう。

同社の製品が「チキン」を名乗ることで、数十年に渡って養鶏業者が築き上げてきた「チキン=おいしい」というイメージに「タダ乗り」している、という業界からの訴えがあり、製品名に「チキン」「ビーフ」などの言葉を使わないように、との警告を受けたのです。

政府は、「消費者に対する透明性のため」を表向きの理由としましたが、現在ベジミートの商品名における肉を連想させるキーワードの利用禁止は、欧州の多くの国で規制導入検討事項となっており、多くの場合、利益が大きく伝統的な畜産業に政府が肩入れしているとの疑惑がもたれています。

同社はそれらのキーワードは消費者に味のイメージを伝えるために必要だとして、「ホットドッグは犬が入っていなくてもドッグを名乗れるのに」的なジョークを主張して、現在も法規制に反対する運動をSNSなどを通じて継続しています。

日本人の筆者にとってその味は? 

さて、ここまで読んでくださった方の中には、「本当にそんなに肉の味に近いの?」とちょっと疑問に思った方もいらっしゃるかもしれません。なので改めて、近所のスーパーで2種類購入して試食してみました。

まずは「チキンブロック」。見た目も、ほろほろと崩れる繊維の構造も、たしかに鶏肉にそっくりです。味も柔らかくてジューシーな鶏肉(ちょっとゴムゴムしている?)という感じで、濃いめの味付けで提供されたらオランダ人なら分からない人も多そう。

ただ一つ、おそらく私が日本人なために起きている誤算は、おそらく原料の大豆から来る風味と食感があまりになじみ深いこと。鶏肉と「ゆば」の中間のような味、といえば、私たち日本人はだいたい想像がつくのではないでしょうか。

「チキンブロック」調理例(同社公式HPより)


もう一つの「ハンバーガー用パテ」はもう完全に「ハンバーガー」でした。スパイスと肉の風味が高く柔らかく、もう今後、一生ハンバーガーはこのパテしか食べられないとしても一向にかまいませんといった感じです。また今回は入手できませんでしたが、ウナギ絶滅危機と小骨が心配な日本人の私としては、同社の「プラントベースウナギ」も大変気になるところです。

創業者の次なる野望は「牛乳を使わないチーズ」 

さて、そんなDe Vegetarische Slagerは、その商業的成功により植物性代替肉メーカーとして初の上場を検討していましたが、米国の同業「Beyond Meat」が先んじて上場してしまったため方向転換し、最終的には2018年にUnileverに売却する道を選びました。

創業者のKorteweg氏はその売却した資金で現在、牛乳を使わずに作るチーズを製造するスタートアップ「Those Vegan Cowboys」を立ち上げ、25人の研究者とともに2026年の発売を目指して鋭意開発中です。

「ビーガン・カウボーイ」としてのKorteweg氏(右)と、牛の解放の象徴である金属製の牛「マーガレット」ちゃん(左)

製品はまだ研究中で、少し前に発表した試作品は「チーズの味もしないしカルシウムも入っていない」と酷評されましたが、同氏は全くめげていないようです。「草を材料に、漬物やビールと同様の発酵技術でチーズに限りなく近いものを作る。そして牛を牛乳生産の労働から解放するんだ!」と各メディアに満面の笑みでビジョンを語っています。

Korteweg氏の動物と環境への愛が詰まった「植物ベースの肉」と、その弟ブランドによる「草ベースのチーズ」。すでにブランドがBurger KingやSubwayといった私たちにもおなじみのチェーンにも供給網を構築している事実を鑑みるに、日本でも気軽に味わえるようになるのはそう遠い未来でもないかもしれません。

文:ウルセム幸子
編集:岡徳之(Livit)http://livit.media/

PROFILE

ウルセム幸子

3児の母、元学校勤務心理士。出産を機に幸福感の高い国民の作り方を探るため、夫の故郷オランダに移住。現在執筆、翻訳、日本語教育など言語系オールラウンダーとして奔走中。